『光を生む瞳』
ティタン神族の女神テイアは、天空の広がりを見上げる。
神話が始まるよりも前、世界には形があったが、輪郭はなかった。原初の混沌から大地ガイアが生まれ、天空ウラノスがそれを覆った時代、彼女はその狭間で息を潜めていた。
テイアの役目は「見る」こと、そして「見せる」こと。
金がなぜ黄金に輝くのか、銀がなぜ冴えた光を放つのか、澄んだ水がなぜ空の色を映すのか。森羅万象に「輝き」という名の視覚を与えたのは、彼女の息吹だった。
「お前は何を見ているのだ、テイア」
背後から低く柔らかな声がした。兄であり、夫でもある高天の神ヒュペリオンだ。彼の手が彼女の肩に触れると、そこから一条のぬくもりが広がった。
「すべてよ、ヒュペリオン。けれど、まだ足りないの。世界は美しく造られたのに、これを見届ける光が、まだ定まっていないわ」
テイアは自らの瞳を指先でなぞった。彼女の瞳は水晶のように澄み、あらゆる色彩の根源を宿している。
「私たちの子供たちが、その答えになるのだろう」
ヒュペリオンが微笑む。ふたりの間には、まもなく三つの命が宿ろうとしていた。
最初に生まれたのは、燃えるような金髪を持つ少年だった。
テイアはその子の額に口づけをし、自らの一番熱い輝きを分け与えた。
「お前は**ヘリオス**。日輪の車を駆り、大地を隈なく照らしなさい。あらゆる命に朝を告げ、歩むべき道を指し示しなさい」
ヘリオスが駆け出すと、世界に初めて明瞭な昼が訪れた。山々の頂がくっきりと浮かび上がり、木々は芽吹き、海は青く澄み渡った。
次に生まれたのは、白銀の衣をまとった静かな少女だった。
テイアはその子の柔らかな髪を撫で、自らの内に秘めた静謐な光を宿らせた。
「お前は**セレネ**。兄が去ったあとの空を渡り、銀の光で夜を包みなさい。休らう者たちを見守り、暗闇の恐れを和らげるのです」
セレネが微笑むと、夜の闇はただの漆黒ではなくなった。銀色に縁取られた雲が流れ、夜露が宝石のように輝いた。
そして最後に生まれたのは、薔薇色の指を持つ、いたずら好きな末娘だった。
「お前は**エオス**。夜と朝のあわいに立ち、サフラン色の帳を開きなさい。兄の訪れを知らせ、世界に希望を満たすのです」
エオスが空へ羽ばたくと、東の地平線が茜色と薔薇色に染まり、朝露が光を帯びて息を吹き返した。
こうして、テイアの子供たちは空の運行を司る光となった。
時が流れ、神々の覇権を争うティタノマキアの嵐が吹き荒れた。ゼウスらオリュンポスの若き神々が立ち上がり、父祖の世代であるティタン神族はタルタロスの深淵へと落とされていった。
しかし、太陽を、月を、曙光を世界から奪うことは誰にもできなかった。
激しい戦火のただなかでも、テイアは静かに空を見守り続けた。大地が裂け、雷霆が轟こうとも、朝が来ればエオスが空を染め、昼にはヘリオスが天を翔け、夜にはセレネが静かに光を投げかける。
彼女の生み出した光は、もはや神々の争いすら超越していた。
すべてが終わり、静寂が戻った世界で、テイアは山頂の岩に腰掛けていた。
勝利したオリュンポスの神々も、この原初の輝きの母には手を出さなかった。彼女は権力を求めず、復讐を望まず、ただ世界が美しく見えているかだけを案じていたからだ。
足元に、一羽の小鳥が降り立つ。朝露を浴びたその羽が、昇り始めた陽光を受けて七色に瞬いた。
「見えているわね」
テイアは微笑む。
「世界は今日も、息を呑むほど美しい」
澄み渡る蒼穹へ、彼女はそっと手を伸ばした。その指先からこぼれた透明な光が、地上のあらゆる命の瞳に宿り、今日という日を鮮やかに彩っていく。




