お友達?
前日の事もあり、エルナは震えながら授業を受けた。
ただでさえ特待生として、値踏みされている立場の彼女にとって、失敗を晒す事は推薦者をはじめ様々な人間に迷惑がかかるが、それとは関係無く、エルナはシンプルに周囲の目にビクビク怯えていた。
しかし今日はいつもとは少し違う。
「エルナさん!次の授業は同じでしたよね?迎えに来たわ!」
レレア・ダウ。早速エルナとの距離を縮めようと、彼女は授業が終わるたびにエルナに話しかけてきた。
「エルナさん先生の話分かった?」
「エルナさんとまた離れ離れなんて、昼食は一緒にとりましょう!」
「エルナさんあの問題分かったの!すごい!」
わざとらしいほどエルナと目を合わせ、貴族らしからぬ砕けた口調で、エルナの欲しがりそうな言葉を吐き続ける。
友人というよりかは太鼓持ち、媚びを売るような振る舞いであり、人によっては卑しさや不快感すら覚えるほど露骨な物であったが。
「(こんなに話しかけてくれるし褒めてくれる、本当に私と友達になりたかったんだなぁ)」
エルナは浮かれていた。前世まで遡っても友人と呼べる存在が皆無な彼女ににリップサービスの区別などできない。一限目の震えはもう彼方まで飛んでいた。
「な、なんかレレアちゃんずっと喋ってるくれる、嬉しい」
「あたりまえでしょ、エルナさんは私にとって命の恩人なんだから!」
「えへ、えへへ」
あの時助けて良かったと、エルナは心の底から思った。レレアが話しかけてくれるおかげで、次第にエルナも自分から喋るようになった。吃ってうまく伝えられない事も多かったが、そんな時はレレアが察してくれた。
レレアとは当たり障りのない事しか話せない、彼女達は決して何か共通の趣味がある訳でもなければら育ちも違う。それでも、合わない会話すら楽しく、幸せだと思っていた、最初の頃は。
数日後
「……つかれた」
合わない者同士はやはり合わないらしい。レレアはアレから毎日エルナと食事を摂るし、授業後は毎回迎えに来た。朝から夜の部屋に戻る時間まで、一人の時間が無いのだ。
なんとも贅沢な話だが、元より根暗のエルナにとってレレアの常に慕って持ち上げてくるところがむしろ重みになっていた。
疲労困憊。レレアが押し付けてくる紅茶だののおかげで寝付きは前より良いが、それより精神が限界だった。
少しは何か言った方が良いと思い、エルナは何度かレレアに「少しだけで良いから一緒にいる時間を減らそう」と言おうとした。しかし。
「エルナさんは頑張っていますよ」
「エルナさんはすごいです!」
「エルナさんみたいな魔術師他に今まで見た事ありません!」
エルナは沈黙を選んだ。
目を輝かせながら慕ってくれるレレアを、拒否できなかったのだ。それに一緒に居るのをやめたら、もう話しかけてくれなくなるかもしれない。
苦肉の策として、一つだけエルナが覚えた技がある。
「あ、あのレレアちゃん!」
「はい、どうしました?」
「……ちょっとトイレ行ってくるね」
レレアもこう言えば大人しく、その場で待っていてくれる。
短時間だが、エルナにとってはまさにオアシスだった。
「それじゃあ!直ぐ戻るからね!直ぐだから!」
「はい!」
「……」
「…………」
「……疲れた」
―――
エルナは少し遠くの廊下で英気を養う。なまじ広い校舎には、時間によってほぼ無人になる廊下が山のようにある。エルナにとってのオアシスだ。
「ぷはー……友達、向いてないのかな」
よくよく考えたら、エルナは友達ができない以上に、誰かと生きていく事に向いていないのかも知れないと、そう思うようになっていた。
合わせるのがキツいのだ、しかし断るのもキツいのだ。こう言う人間は最初こそいい顔をして、離れられるタイミングで離れようとする。自分が悪いのだという自己嫌悪を感じて、相手だって悪いんだという他責を隠し込んで生きていこうとする。
「……このままじゃしんどいよ」
分かってはいるが、人は簡単に変われるなら人気のない廊下でまどろんだりしない。
そう思っていたエルナだが、どうやら人っこ一人いないわけではなかった。廊下の向こうから、三名ほどの足音が響く。どれだけ人が居なくても、足音ぐらいはどこからともなく聞こえてくる物。しかしその足音はだんだんと大きくなり、エルナの近くで停止した。
「特待生の方、ですね?」
顔を上げると、いかにも育ちの良さそうな少女が立っていた。おそらくこう言った色を珊瑚と形容するのだろうと感じる、鮮やかな赤毛の娘だった。取り巻きと思われる二人も品があり、とてもエルナに話しかけてくるような相手ではない。
「えっ、あの」
「ああ、そんなに警戒なさらないで、ただ私達、貴女が心配で」
「ねえ?」と、取り巻きと目配せし合う赤毛の娘。エルナはその場の空気に、非常に不味い物を舌の根に感じる。エルナにとっては幾度となく見てきたが、実際に関わるのは初めてな人種だった。
「貴女、最近ダウ男爵令嬢とよく一緒に居るでしょう?」
「人の交流関係に口を出すのは、出過ぎた行為かも知れませんが、彼女と関わるのはその、あまり良くないかも」
「そう!それで、オリビア様は貴女が心配で声をおかけになったの」
取り巻きがここぞとばかりに、赤毛の娘、オリビアをアシストするような言葉を言う。
それが終わるのを待って、再びオリビアが話出す。
「彼女の実家は元豪商とはいえ平民の身、爵位だってお金で買った物ですからその、品性が少しばかり欠如しているわ。それき、特待生である貴女に真っ先に話しかけたのも、成り上がりに貪欲な証拠ではなくって?」
エルナでも分かる、彼女達は意地悪なのだ。どうでもいい人間が少し不幸なら面白い。とりわけそれを自発的に起こそうとする、そう言う人種だ。
しかしそれを分かっていたとして、相手の言葉に揺さぶられないほどエルナは大人じゃない、エルナにとって考えたくもない可能性が露呈した。
レレアが自分と友達になってくれたのは、自分がレレアを助けたからだ。もしただエルナのこれから上がる地位をアテにしているなら、むしろ今すり寄ってくる事があるだろうか。
「彼女、前は他の下級貴族に取り入ろうとしていたのだけれど、やっぱり元平民はマナーの差に隔たりがあるし、こちらへの接し方が押し付けがましかったのよね」
前の段階で、貴族に取り入ろうとしたが失敗して、ちょうどよくエルナが居たから、新しく擦り寄りに来たと考えれば筋が通ってしまう。それに、レレアの押し付けがましい接し方には心当たりがあった。
「とにかく、心配なのよ私達。特待生ともあろう高貴な貴女が、あんな人に利用されるなんて」
「どうか考えてちょうだい、信用するべきなのは誰なのか」
エルナは三人を振り切って、元いた食堂に戻る。
意地悪で言われているのは分かっていた。分かっていても、エルナの中に大きな一つの可能性が産まれる。
「エルナさん!お帰りなさい、遅かったから心配しちゃった」
レレア・ダウは、本当に友達なのだろうか。




