友達になりたい
エルナは重い瞼を擦りながら、日当たりのいい部屋で起床して、食堂に向かった。
今日はいつも通りの朝、正確にはいつも通りに戻した朝だ。
昨日は朝食時に人に話しかけ、授業で調子に乗り、ダンスでは無礼を働いた。今日はそんな事にはならない。
見栄を張って中央の席になど座らず、端っこの誰も座らないような薄暗い席に座り、誰かに話しかけられないように動く、いたって普通の朝。のはずだった。
「……」
「…………」
エルナの目の前に人が座っている。それだけなら普通にある事だが、目の前の少女は席についてからずっとエルナを見つめていた。
前日の操術の授業で一緒だったのだろうか、それともダンスの際に居たヒルデファンの一人だろうか。
心当たりがありすぎるエルナは食事が喉を通らなかった。前日の失敗の数々はエルナ自身も大きく反省しており、責められても何も言い返せない立場に居る。しかしここまで何も言われずにただ睨むだけなのは、何か言われ続けるより居心地が悪かった。
「あ、あのぉ」
「……」
意を決して顔を上げ話しかけるが、少女は依然としてエルナを観察するかのように見つめている。少女は学院の生徒の中でも一際派手な雰囲気がする人物だった。アッシュブラウンの髪に流行り物の髪飾りを付け、睨みつける目とはミスマッチな大きく整った瞳。エルナはどこかで会った事があるような気がした。
沈黙がしばらく続いたが、不意に少女が話し始める。
「ごきげんよう、エルナ・ドートさん」
彼女は先程睨んでいたのが嘘のように穏やかに、背筋を伸ばして微笑んだ。貴族の令嬢を絵に描いたようなその振る舞いは、どことなく昨日会ったヒルデに似ている。
「私はレレア、レレア・ダウと申します。昨日は助けていただき、ありがとうございました」
「えっ、えっと」
「昨日助けた」と聞いて真っ先に思い出したのは、あの風邪で倒れた少女だ。確かに彼女のような背格好だった。
レレアと名乗った少女は、エルナの警戒を解くためか、口調を砕いて言葉を続けた。
「あの時は本当に死んでしまうかと思ったの、エルナさんは命の恩人だわ」
「そっ、そんな、一人じゃ全然、何にもできなかったし」
「それでも!」
グイグイ来るレレアにエルナはたじろいだ。学院に来てから、ここまで好意的に話しかけられた事があっただろうか。
流行り物に身を包んだよく喋る女の子、まさにエルナとは真逆のレレアはエルナにとっては、失明するほど眩しかった。
「貴女みたいに優しい人、私初めて、私貴女とお友達になりたいわ!」
「えっ、ええ!?」
「あらダメかしら?」
「イいや、ダメってわけじゃ無いけどぉ」
諦めた側から望んでいた展開だが、昨日の事を引きずって弱った小心者のエルナは乗り気になれなかった。
「わ、私なんかより良い人が」
「私は貴女が良いのよ?」
「魔術の学校に入学したのに魔術苦手だし」
「誰だって最初はそうでしょ?」
「ダンスだってできなくて、人に迷惑かけちゃうし」
「ダンスなら私大得意よ!教えられるわ!迷惑なら昨日私もかけてるから気にしないでよ」
エルナの懸念をレレアの明るい言葉が一つ一つ解いていく。あまりにも真っ直ぐな彼女の言葉に、失敗を重ね怖気付いていたエルナの心を徐々に溶かしていった。
しかしあまりにも出来すぎた好奇に、エルナの対して無駄に精度のいいカンが警鐘を鳴らす。このまま安易に手を取って良いのかと。それはレレアにも伝わっていたようで。
「エルナさん」
「えっ、あの、うあ!」
レレアは強くエルナの手を握り、エルナの目を真っ直ぐ見る。昔から人と目を合わせる事が苦手なエルナにとっては、それだけで緊張が臨界点を超えそうになるが、それでもレレアから目を逸らす事が出来なかった。
「私は貴女が良いんです、助けてくれた貴女が」
「あっ、えっと」
エルナは結構なろくでなしだが、善人か悪人かで言われたら善人でいたいタイプだ。ここまで言われて断るのは何か悪い事な気がした。何より自分なんかにここまで言ってくれる人、今後現れないだろう。
「あの、別に私と居ても楽しいわけじゃ無いけど、それでもいいですか?」
「私が楽しくさせてあげるから大丈夫よ!」
そこから少しだけ話をした。レレアの好きな食べ物はサンドウィッチで、実は園芸が趣味らしい。一限目はお互い違う授業なので解散したが。いつもと違う朝は、エルナにわずかながら活力と余裕を与えた。
初めての友達と呼んで良い存在が出来た事による高揚感は、自分はまだここに居ても良いのだとエルナに思わせた。
「……」
いつもの神経質さはどこへやら、レレアの表情の違和感にも気付かぬほどエルナは浮き足だっていた。




