聖女 -3-
香奈美の聖女ストーリーその3です。
そろそろ、本編の時系列に追いつけるといいのですが……(^^;
「ま、待て、話し合おうじゃないか?そのために来たのではないか。」
小太りの神官服を着た男がそう言ってくる。
額には脂汗が浮かび、時々胸を押さえては痛みに耐えている。
「話し合い?……貴族様のお話合いって、力任せに言い聞かせるものじゃなかったんですか?さっき、あなた様はそう言いましたよね?」
私は、更に眼力を強くする……。
「それに……私は、何もしてませんわ……。ただ、理不尽なあなた様に対して睨みつけているだけですわ。」
私は何の力も持たない平民ですからねと言い添える。
「さぁ、話し合いましょうよ……あれどうしたのでしょうか?」
眼前の男が、泡を吹いて倒れていた。
「待ってくれ……話し合いをしたい。……君も、そのために来たんじゃないか?」
洗練された物腰の若い男が声をかけてくる。
「あなた様もですか?……可笑しな事をおっしゃられるのですね。……私は最初から話し合いをと申しているじゃありませんか?……それとも、あちらの方の様に『貴族の話し合い』をお望みですか?」
若い男は「待ってくれ、しっかりと話し合いたいんだ。」というと、近くの者に命じて、小太りの神官を奥へ下がらせる。
また、散乱したものを片付けさせ、場を整えなおす。
しばらくして、部屋の中が整うと、控えていた者たちは逃げるようにして部屋から出ていき、この場には私と若い神官……エリクシードと名乗った……と、数名の側使えだけが残された。
「待たせてすまなかった。座ってくれたまえ。……後、そろそろ、その威圧を解除していただけると大変ありがたいのだが?」
「あら?威圧って何のことでございましょう?私はただ「理不尽な事柄には屈しない」と決意しているだけですのよ?」
この神官……エリクシードは中々に出来る男の様ね。
私は、眼前の男への評価を改めながら、威圧を解き、示された席へ座る。
と同時に側使えがお茶を入れてくれる。
「改めて、自己紹介をさせてもらおう。私はエリクシード=フォン=シュタインベルグだ。君にならエリクと呼んでもらっても構わない。」
と言って、優しそうな微笑みを向ける。
ふーん、懐柔策と来ましたか。
まぁ、それなりに整った顔立ちだし、家名からして結構上位の貴族出身っぽいっし……まだ、女だからと、甘く見ているようだけど。
「ご丁寧な挨拶恐れ入ります、エリクシード様。私は『ナミ』と申します。御覧の通りただの農民ですわ。」
ですから不作法はお許しくださいね、と告げておく。
「あぁ……うむ……して、今回の事だが……。」
私の反応が想定外っぽかったみたいね。ちょっと動揺してるみたい。
「私は何も存じ上げませんわ。ただ、懇意にしている商人さんを脅し、村に圧力をかけてきた上で『話があるから』と呼び出されましたの。」
そう、私は怒っているのだ。
正直、この神殿ごと潰しても構わ無いと考えている。……今の私ならそれくらいの力はある。
ただ、誰がどのような目的で指示を出したのかを知らないと、ここを潰しても意味がないと思って呼び出しに応じてきたのだが……。
「……申し訳ないが、私の知らぬことだ。私は、神殿にとって益のある話があるので同席してほしいと神官長に頼まれていたのだが……。」
だから詳細を教えてほしいとエリクシードが言う。
先ほどの小太りの神官、あれが神官長で、ここの神殿を取り仕切る立場の者だったらしい。
それでなぜエリクシードがというと、彼は実は、ここの領主の息子で……とはいっても妾腹故に跡目争いを避けるため神殿に身を置いているのだが……彼に、自分の有能さを見せつけようと神官長が呼んだというわけらしい。
確かに、私が普通の農民の娘で、言われるがままに神殿に益をもたらせば、神官長の功績という事になったのかもしれないけど……ね。
「御自分のあずかり知らぬこと……すべては部下が勝手にやったことだ……お貴族様がよく使うお言葉ですよね。」
私は多少嘲りを含んだ口調で答えてみた。
案の定、周りに控えていた側使えがいきり立つ……が、それをエリクシードが抑える。
「すまぬ……としか言いようがない。正直私は、君が何者かさえ知らされておらぬのだ。」
「別に、お貴族様が気にすることではございませんわ。お貴族様と農民風情が同じ場にいることがおかしい……ましてや一緒にお茶を嗜むなど……農民は分をわきまえろ!という事なのでしょう?」
私はそう言って挑発してみる。
「いや、私はそのような事思っておらぬ。其方の事は客人と同じように扱っているつもりだが?」
エリクシードは挑発に乗ってこなかった……余裕の表れか、単に気づいてないだけなのか……。
「それは失礼いたしましたわ。それはそれとしていいお茶ですわね……香りからすると、ミラ茶のオータムミルかしら?良い趣味をしていらっしゃいますわね。」
私がお茶の事を口にすると、エリクシードが身を乗り出してくる。
「見たところ、まだ、口をつけてないようだが、香りだけでわかるのか?大したものだ。其方の言う通り、タランザム地方のミラ茶だ。気に入っていただけると思うが……。」
……お茶は彼の趣味なのだろう。私が銘柄や、摘んだ時期まであてるとは思ってもいなかったに違いない。感心したように言ってくる。
だから私はもう一つ爆弾を落とす。
「そうですわね。ご自分は良いお茶を楽しみ、相手には道端の枝葉から抽出したお茶……しかも、薬入りをお出しする……良いご趣味ですわね。」
私の言葉に、さすがのエリクシードも顔色を変える。
「さすがに無礼が過ぎると思わぬか?」
おぉ、キレてるキレてる。
「ではこのお茶を楽しんでみてはいかがかしら。私はまだ口をつけていないのはご存じかと存じ上げます。……ミラ茶と同じ色合いを出すあたり、かなりテ慣れたものだと感心してしまいますわ。」
私はエレイクシードの方へお茶を差し出しながら、ちらりと側使えの方に視線を向ける。
……そっちから仕掛けて来たんだもの、私の所為じゃないわよ。
エリクシードはカップに口をつけようとして、寸前でとどまる。
……おぉ、わかったみたいね。てっきりそのまま飲むと思ったんだけど。
「アズール!このお茶を入れたのは誰だ!」
エリクシードが、一人の側使えを呼んで問いただす。
「も、申し訳ございません!神官長殿より、このお茶を出すよう指示されておりまして……申し訳ございません。」
アズールとよばれた側使えがひたすら平伏して謝罪している。
まぁ、妾腹とはいえ、領主の息子の客人に失礼を働き、恥をかかせたのだ……かなり重い処分になるんだろうなぁ……自分で誘導したことだけど、気が重い。
仕方がないなぁ……。
「あの、エリクシード様?お話というのはお茶の自慢だけでしょうか?でしたらそろそろお暇頂きたく存じます。」
言外に、話がないなら帰るぞ!と言ってみる。
「ナミ殿、いや……しかし、このまま放っておくわけには……。」
「そんな些末事より後回しになされるようなお話には、意味がないと存じますわ。」
……あとは私の判断で進めると言ってみる……んー、伝わってるのかな?お嬢様言葉って難しいねぇ。
「いや、失礼した。」
エリクシードが居住まいを正し向き直る。
どうやら、こちらを優先してくれるらしい。
アズールとよばれた側使えが、お茶を入れなおすために立ち上がる。
茶器を引き下げるため、近くに来た時に、私は小さな声でつぶやく。
「貸し一つ」……と。
「あーもうやめ!」
私はエリクシードに対しての態度を一変する。
「もう、かしこまったの、めんどくさい。先にこちらの言いたいこと言わせてもらうわ。」
急に態度を変えた私を見て、エリクシードが目を丸くしているが気にしない。
「いい?あの神官長が先日からしてきたことはね……。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私がマリノさんに、商品の知識を売り渡したてから数日で、マリノさんは販路を広げていた。
マリノさんの元には腕のいい職人さんも数多くいたらしく、新しいものとはいえ、瞬く間に制作するだけでなく、この街の人々に受け入れやすいような改良までしてしまったのだ。
それが売れないはずもなく……しかも物がものなだけに貴族間で急速に広まっていった。
カランカラーン。
私が店のドアを開けるとドアに設置された呼び鈴が鳴る。
「こんにちわー、マリノさんいる?」
「あぁ、これはナミ様いらっしゃいませ。旦那様が奥の間でお待ちです。今案内いたします。」
私を出迎えて、案内してくれるのはゲリルさん……私が最初にこの店でやりあった丁稚さんだ。
今では、私を賓客のように扱ってくれている。
案内された部屋にはマリノさんとミザルさん、それともう一人、女性がいた。
「こんにちわーって、エリィも来てたの?」
マリノさんたちと一緒にいた女性……エリィスゥンはマリノさんの婚約者で。、マリノ商会の服飾部門……というより今では私専用の窓口『ナミ部門』の責任者だ。
私が提供するモノは、女性視点の者が多い為、正直マリノさんやミザルさんでは判断付きにくいものもあるのだが、エリィはそのあたりを補い、尚且つ大きく広めるのに手腕を発揮している。
はっきり言って、最近のマリノ商会の売り上げの7割は、私の知識とエリィの腕があっての物だったりする。
「エリィがここに居るってことは、もしかして……。」
「そう!試作品が出来たの!早速着てみる?」
「もちろん!」
じゃぁ出て行ってとマリノさんとミザルさんを部屋から追い出すエリィ。
「じゃーん!」
口で効果音を言ってエリィが出してきたものは、私がお願いしていた巫女服だ。
巫女服と言っても、よくある神社の緋袴スタイルではない。
……まぁ、原形はそれなんだけど……もはや原型とどめてないからね。
私がというかUSO内で「カナミ」が来ていた衣装をもとにデザイン画を起こしてエリィにお願いしたのだ。
それがこうして、しっかりとした衣装になっている……私は早速着てみる事にした。
「言われたとおりに作ってみたんだけど……はぁ、そう着るものなのね。」
エリィは私の着替えを感心したように見ている。
こっちの服装とは全然違うからわからない部分が多かったそうだ。
それでも、あれだけのデザイン画で、ここまで作っちゃうんだから凄いよね。
白を基調としたワンピース。内張は緋色を使い、袖口や襟元など縫い目っぽく見せたデザイン部分にも緋色を使用しているので、赤と白のコントラストが素晴らしい。袖口は大きめに広げてあり、またワンピースの裾部分も広げてあるので、ゆったりとした雰囲気を醸し出す。
スカートが広がるようにペチコートをつけ、上から重ねるように緋色のスカートをはく。
ひざ丈ぐらいのフレアスカートが翻る……うーん、アイドルのステージ衣装をイメージしてもらえるとわかりやすいかな?スカートの緋色と、所々から見せているワンピースの白が相まって、素晴らしいコントラストだわ。
背中というか腰のあたりにある大きなリボンは飾り、それと同デザインのリボンを頭に着ければ完成だ。
「どう?」
着替え終わった私はくるりと一回転してエリィに感想を求める。
「……。はっ、つい見とれちゃった。何て言っていいのかしら?こう……胸の奥にずんと響くような……。」
どうやら、この世界でも「可愛いは正義」が通用するらしい。
「これは私専用だからねぇ。」
普通に売り出すなら……と、リボンやレース等の華美な装飾を取りやめ、袖口やスカートの広がりを抑えて、実用に向くアレンジを提案し、自分用に注文もしておく。
「そういえばもう一種類の方は?」
「ちゃんとできているわ。ちょっと待っていてね。」
そう言って、エリィは別の包みを取り出し、着替え始める。
こちらは、白と黒のコントラストに要所要所にレースとフリルをふんだんに使用した逸品。
いわゆる「ゴスロリワンピース」だ。
「エリィ……見違えたわ。可愛い!」
私はゴスロリ姿のエリィに抱き着く。
しばらくエリィを撫でまわしながら、胸が大きい人には袖をなくし、胸元を強調するデザインとか、逆に胸元に自信のない人には、レースやリボン等でアレンジするなどの案をいろいろ教えてあげる。
エリィは、満足げにうなずいている。
これでしばらくすれば、街中にゴスロリファッションがあふれかえるだろう。
「あ、どうする?一応マリノさんたちに見せる?」
エリィが聞いてくる。
「見せるのは良いけど……エリィのその格好見たら、マリノさん暴走しちゃうかもよ?」
私はそう言ってニヤニヤ笑う。
「うぅー……でもでも、ナミの方が可愛いって思われるかも……。」
乙女心は複雑だ。
その後、私達の姿……特にエリィの姿を見たマリノさんが「急用」を思い出し「エリィと一緒に」出かけてしまったため、その日は解散となった。
そんな感じで、マリノ商会は順調に売り上げを伸ばしていったのだが、ある日私はマリノさんから呼び出しを受ける事になる。
「先日、エリィが襲われた。」
マリノさんの言葉に、私は言葉を失う。
「っ……エリィは……無事……なんですか?」
「あぁ、そのあたりは大丈夫だ……今回は単なる警告らしい。」
女性が襲われるってことは……と心配したのだが、一応無事らしい。でも、警告って……?
「実は、少し前から、脅迫を受けていてな……まぁ、この世界ではよくある事だからと無視していたんだが……。」
マリノ商会の急成長の裏に何があるかを喋れと脅されていたらしい。
エリィもその関係で襲われ、次はないと脅されたそうだ。
「申し訳ない、君の事を喋ってしまった。」
マリノさんが謝るが……。
「謝らないでください。そもそも私のせいでエリィが襲われたって事じゃないですか。」
マリノさんは、私の所為じゃない、むしろ喋ったせいで君に何か事があったらと……しきりに言ってくれていたが……。
「私の事は大丈夫です。それより、エリィのこと見てあげててくださいね。今までありがとうございました。」
私はマリノさんに別れの言葉を継げる。
マリノさんによれば、裏で貴族が動いているらしいので、しばらくは、私はマリノさんたちに接触しないほうがいいだろう。
マリノさんに別れを告げると、私は急に村の事が気になった。
農村から街までは結構距離があるので、最近は村に帰っていない。
それなりに稼いでいるし、仕送りしていればいいだろうと、余り連絡もしていないのだが……。
様子見に帰ってみようか……そう思い、私は村に戻ることにした。
「どうしたの、これ?」
私は近くにいたおじいちゃんに聞く。
村の状態はひどいものだった。
畑は荒らされ、壊された家屋もあり……なんといっても、お風呂が打ち壊されていた……せっかく作ったのに。
家に帰った私を出迎えたのは更に酷いものだった。
「……ナミ?・……ナミなの?」
家にはメイがいた。明かりもつけずにうずくまって……。
「ウン……おねぇちゃん、これは……。」
「アンタの……アンタの所為で私は……お母さんも……!」
メイは半狂乱になり、近くの物を手あたり次第ぶつけてくる。
「アンタが!アンタがいなければ!」
メイが泣きわめき手が付けられない。
私は、モノがぶつかるにも構わず、メイの元まで何とかたどりつき……ギュっと抱きしめる。
「ごめんね、ごめんねお姉ちゃん。」
私の腕の中でメイが暴れるが、私は抱きしめ続け謝っていた。
しばらくして、落ち着いたメイが話してくれた内容はひどいものだった。
ある日突然、貴族を名乗る者達が村にいきなりやってきたそうだ。
「ナミという娘はどこだ」と言って私を探していたらしい。
貴族たちの態度は酷いもので、備蓄してある食料を食い荒らし、戯れに畑をグチャグチャにし、村の女たちを犯して回ったそうだ。
「私も……犯されそうになって……それを止めに入った父さんが殺され……目の前で母さんが犯され……ウッ……うぅ……」
結局、犯されながらもメイを守ろうとした母もどこかに連れていかれ、メイも貴族たちの慰み物になったという。
貴族たちはひとしきり楽しんだ後、私に「神殿迄出頭するように」という伝言を残して帰っていったそうだ。
……私を呼び出すため……たったそれだけの為にこんなひどい事を……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私が今ここに居るのはそういうわけ。さて、エリクさん?そこまでして、私を呼び出した理由は何ですか?」
私は再び威圧を向ける。
「正直ね、神官長だろうが何だろうが関係ないのよ。お貴族様にとって平民は同等じゃない。どう扱っても問題ない。そう言うならね、私も言わせてもらうわ。」
私は更に威圧を込める。
「私にとって貴族だろうが何だろうが関係ない。私は大事なものを守る為なら世界でも神でも敵に回してみせる!」
ここで、私は改めてエリクシードを見て問いかける。
「さて、エリクシード様、私を呼び出した理由……教えていただけると嬉しく存じます。」
にっこりと微笑みながらどう答えるのかを待つ。
……あ、ヤバい、威圧を抑えめにしてる分魔力が別方向に漏れちゃってる。
部屋がガタガタとなっている。所々でヒビの入る音がしている……。
「あら、あら……この教会が崩れ落ちる前に答えていただけると嬉しく存じますわ。」
……香奈美がラスボス化しています。
聖女の欠片もないです。
長くなりすぎるので、前後編で分けます。