トリニティ帝国へ ~後編~
「ポテト5人前、あがったっすよ。」
「ありがと。追加で10人前お願い!」
「ゴメンナサイなのです。飲み物は、お隣で注文してください、なのです。」
アルティアの街の中央、いつも屋台で賑わうこの一角だが、今日はいつも以上の賑わいを見せていた。
その原因は、今日新しく開店した、一つの屋台だった。
その屋台で売っているものは誰も見たことがない食べ物で、普通であれば、初めて見る食べ物は敬遠されがちなのだが、ここは各地から様々なモノが集まる街というプライドが、多くのチャレンジャーを生み出している。
そして、そのチャレンジャーの一人が食し、そのあまりにもの美味しさに、追加で山ほど購入したことから、遠巻きに見ていた人々が長蛇の列を作ることになった。
かくして、誰も食したことの無い『ポテトフライ』なる謎の食べ物を売る三人の美少女の噂は、瞬く間に広がり、更なる列を作るのだった。
「まさか、ここまでバカ売れするとはねぇ。」
「あ、にぃに、お芋は買えたっすか?」
リィズがポテトを揚げながら聞いてくる。
「あぁ、買い占めてきた。店の親父が唖然としていたぞ。」
「買い占めたって……どんだけっすか。ドン引きっすよ。」
「そうは言うけどなぁ、下手したらそれでも足りないかも知れないぞ。」
俺はそう言いながら、筒状の機械に買ってきた芋を放り込んでいく。
この機械は、上から芋を入れると、内部でスティック状に切り刻まれて、下から出てくると言う仕組みになっている。
この屋台のために、今朝方急遽作成したものだが、役に立っていてよかった。
と言うか、これがなく、一々手で切っていたら捌ききれないだろう。
リィズは、出てきたスティック状の芋をまとめて油の中に放り込み、適度に掬い上げて塩を振りかけ、一人前づつに小分けして容器に入れていく。
かなり手慣れた感じだが、出来上がるそばからカナミとリノアが持って行くので、とてもじゃないが生産が追いつかない。
かと言って、生産量を増やそうにも、この屋台の設備では、これ以上は無理だ。
俺は芋をセットしながら屋台の前を見る。
そこにはまだまだ長い列が出来ている。
現在並んでいるのは30人ぐらいだが、まだまだ増えそうだ。
売り切れの時にまた一悶着起きそうだな、と笑顔でポテトフライを買っていく客を見ながらそう思った。
◇
「ふぅー、やっと終わったっす。」
「リィズお疲れ。……立てるか?」
「無理っす。背負って行って欲しいっす。」
「リィズが甘えるなんて相当疲れてるのねぇ。」
「まぁ、一人であれだけの数を揚げてたからなぁ。」
俺は、ぐったりしたリィズを背負い、屋台を人目の付かないところまで引いていく。
路地裏の人気のない所で、カナミは屋台を収納バックへしまい込む。
この世界では、こう言う亜空間に物をしまう事の出来る魔法があるのかどうかわからないので、秘密にしてあるが、早い所トリニティ帝国にいる『白聖の虎将軍』とやらにあって、そのあたりの事を詳しく聞きたいものだ。
「センパイの方はどうだったの?」
宿への道すがらカナミが聞いてくる。
ちなみにリノアは、カナミの背で熟睡中だ。
「あぁ、明後日には手続きが出来て橋を渡れることになった。」
「えっ、急にどうして?1週間かかるんじゃなかったの?」
「お前らのお陰だよ。」
俺はそう言って、先程商業ギルドであった事を話す。
◇
今日の売り上げの手数料を支払いに行った時、商業ギルドのマスターに呼ばれて、奥の部屋へ通された。
「やぁ、初めまして。君があの屋台のオーナーかい?」
そこにいた身なりのいい青年が気さくに話しかけてくる。
「一応そうなるが……あなたは?」
「あぁ、失礼した。僕は、カエンデ=サンジョルマン。隣のセレスの街に住んでいるものだよ。」
「サンジョルマン家はセレスの街で代々守護をしている家柄です。」
横からギルドマスターが教えてくれる。
つまり、彼はセレスの街の貴族、しかもそれなりの家柄らしい。
「それで、その貴族様が一介の冒険者に何の用かな?後、口調や態度を問題にするというのであれば、俺はこのままお暇させてもらうぜ。」
「そんな事、構わんよ。もとより、冒険者というものはそう言う者だろう?それより、キミとこうして話す時間を作ってもらった事なのだが……、」
彼はそこで一旦言葉を切る。
どう切り出そうか迷っているようだった。
「僕は今日キミタチの屋台に行ったんだよ。」
「そりゃどうも。お買い上げありがとうございます。」
「アレはいったい何なのだっ!」
「なんだって言われてもねぇ、所詮庶民の食べ物だし、お貴族様の口に合わないからって文句を言われても困るんだが?」
俺はそう言って商業ギルドのマスターを見るが、彼も首を振るだけで、何の役にも立ちそうになかった。
「ちがうっ!そうじゃないんだっ!あの一見粗野に見える見た目。しかし一度口にすれば、ほくほくとした食感に時々混じるカリッとした歯ごたえ。外側の塩気が強く感じるが、実際には、噛み締めると段々わかってくるほのかな甘み……あのような食べ物は初めてだ。教えてくれっ!アレは何なのだ、どうやって作っているのだっ!」
掴みかからんばかりの勢いで聞いてくるカエンデを横目に、俺はギルドマスターに視線を向ける。
それを受けて、ギルドマスターは一歩前に進み出て、カエンデに声をかける。
「カエンデ様。大変申し訳ないのですが、商人、職人などの技術は護られるべきものでありまして、そうおいそれとは外に出せないものでありますれば……。」
「そんなことわかっている。分かっていて無理を承知で言っているのだ。勿論それ相応の代価は支払うつもりでいる。」
本来であれば技術や製法は秘匿されて当たり前の物なのだが、金と権力で無理矢理モノにするというのもまた当たり前のように行われているこの世界において、少なくとも正当な代価を払うというだけ、目の前の男はマシな部類に入る。
だから、俺は彼に告げる。
「教えるのはいいんだが、どうせならお抱えの料理長に直接伝えた方がいいんじゃないか?丁度俺たちもセレスに向かうところだったし。」
「いいのか?そこまでしてもらえるとは。」
「あぁ、どうせついでだしな。ただ向こうに渡る手続きが難航していてな。俺達としては直ぐにでも渡りたいんだが、1週間以上掛かるらしいな。」
俺は言外に、待ちたくなければ、なんとかしろ、と言う意味を含めてそういうと、カエンデにはしっかり伝わった様で、これ以上ないぐらいのにこやかな顔で告げられる。
「大丈夫だ。明日にでも渡ることが出来るように手配しておこう。」
「そうか、それは助かる。」
俺とカエンデはがっちりと握手を交わす、がそこに商業ギルドのマスターから待ったがかかる。
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり明日もう売りませんだと暴動が起きます。さっきから問い合わせが数多くありまして……せめて明日一日は営業してもらえませんか?」
「そんな事言われてもなぁ。」
「お願いですよぉ!助けると思って。明日は手数料いりませんからこの通りですっ!」
土下座せんばかりに頭を下げるマスター。
結局、マスターの熱意に負けて、セレスに渡るのは明後日と言うことになったのだった。
◇
「そうだったんだぁ。でも早く渡れてよかったね。」
「まぁな。ただ、無理を通した分、色々厄介事が有りそうで、それらを解決するために、商業ギルドにもポテトフライを教えることになったから、明日はギルドから2人程派遣されてくる。だから、適当に相手してやってくれ。」
「うーん、余裕があればね。」
「それでいい。」
今日の様子を見れば、明日はもっと混雑することが予測されるからなぁ。
「まぁ、そう言うわけだから、今夜は早く休んで明日に備えようぜ。」
「そうね、リィズもリノアもお休みだし、早くベッドに入ろうね♪
間違っていないはずなのに、何かを間違えた……カナミの笑顔を見ているとなぜかそんな気がしてくるのだった。
そして、それは決して気のせいではなかったことを、俺はその夜、ベッドの中で知ることになる…………。
◇
「三人分お願い。急いでね。」
「お姉ちゃん、こっちは5人分だよ。」
「ハイ、10人分揚がったっすよ。………何やってるっす!早く切るっすよ。」
「ハイっ、ただいまっ!」
「ヤッパリこうなったか。」
俺は戦場となっている屋台周辺を眺める。
その間も芋を切る手は止めない。
昨日使っていた芋を切る機械は、今日は使っていない。
今日の主目的は、ギルドから派遣された人にポテトフライの製法を教えることだから、ここにない機械を遣うわけにはいかない。
確実に落ちる生産量を補うため、朝から大量に芋を刻んでおいたが、そのストックも尽き、今は芋を切っては揚げ、切っては揚げ、を繰り返している。
「ま、それもそろそろ終わるけどな。」
俺は最後の芋を切りながらそう呟く。
「何か言ったっすか?」
「いや、これで最後だって話だよ。」
俺は切った芋をリィズに渡すと、リィズはそれを手早く揚げていく。
「終わりっすか?」
「あぁ、後はあいつらが切っている分だけだ。」
「そうっすか。じゃぁ注文止めないと。」
「大丈夫、さっき伝えたから。」
そう言って表を見ると、カナミとリノアが、列を作っていた客に対して頭を下げている姿が目に入ってくる。
たまに激怒する客もいたが、即座にガタイのいいい冒険者に連れ去られてしまう。
多分商業ギルドが冒険者ギルドに依頼したのだろう。
そうこうしている間にもポテトフライは揚げ上がり、今、最後の一掬いをリィズが容器に移し替えるところだった。
◇
「ハイ、これで手続きは完了です。お気をつけて。」
受付嬢のそんな言葉を背中に聞きながら、俺はみんなの待つ場所へ戻る。
「手続き終わったよ。すぐ渡るか?」
「うん、すでに準備してあるからいつでもいけるよ。」
「早く行くのですよ。大きな河が見たいのです。」
リノアは、初めて別の国へ行くと言うことで大ハシャぎだった。
「大河なんて、上から何度も見てるんじゃないか?」
「おにぃちゃんは何もわかってないのです。上からと下からでは、見える景色が全然違うのです!」
「ハイハイ、じゃぁ、いくか。」
門番に通行証を見せて扉を開けて貰う。
扉が開いた瞬間、ブワッと風が俺たちの顔を嬲る。
「うわぁ、すごいのですぅ。おにいちゃん、早く早く!」
真っ先に飛び出していったリノアが大ハシャぎで俺たちを手招きする。
「良い旅を!」
門番のそんな言葉に見送られて、俺達はアルティアの街を後にする。
そして、目の前に広がる雄大な風景は、リノアでなくとも声を上げたくなるぐらい綺麗だった。
風が吹く度波打つ水面、太陽の光をキラキラと反射させる水しぶき、透明度が高く、橋の近くではかなり深い所まで見え、遠く離れた場所では、鏡のように陸の風景を反転して映し出している。
「素敵ねぇ。」
「なんか、ずっと見ていたい気分っす。」
カナミとリィズが両サイドから、俺の腕に自分の腕を絡めて寄り添ってくる。
「何か、ミリィ達に悪い気もするけど……。」
「苦労してる分の代価っす。ねぇねもわかってくれるっすよ。」
穏やかな気分のまま、しばらくの間景色を楽しむ。
「なんか、すごく久し振りにゆっくりした気分ね。」
「こっちの世界にきてから、こんなボーッとした時間なんてなかったっすからね。」
「お姉ちゃん達ばかりズルいっ!」
俺達がボーッと川面を眺めていると、突然背中に衝撃が走る。
リノアが飛びついてきたのだ。
そのまま俺の背中をよじ登り、肩に脚をかけて座る。
落ちないように手は俺の頭に添えられている。
……要は肩車だった。
「早く行くのですよ。ここからだけじゃなく、もっと別の風景も見たいのですよ。」
リノアのそんな言葉に、俺達は顔を見合わせ笑い合う。
「そうだな。新しい景色を見に行くか。」
俺はリノアが落ちないように、彼女の脚を掴んで支えてやる。
その俺の両腕を、左右からカナミとリィズが腕を添えてくる。
正直、歩き辛くはあるが、急ぐ理由もないので、このままゆっくりと歩いていく。
この橋は1kmちょっとあるので、渡りきるのに少し時間がかかるだろう。
しかし、それでいいと思う。
このゆったりと流れる時間は、きっと掛け替えのないものなのだろうから……。