魔王と聖痕
「まずコレを見るっす。」
そう言って地図を広げるリィズ。
「ココがアイガス王国で、西南のリズノア王国、東のトリニティ帝国に挟まれてるっす。このアガルタの城はアイガス王国の最北端にあるっす。」
そういいながら地図に印を付けていく。
「ココより北はセドラ山脈と呼ばれる険しい山で、この山を越えたものはいなく、この先がどうなっているのかは誰も知りません。」
「成る程な、つまりココはアイガス王国の辺境って訳か。」
「そういうことっすね。城下町があるだけで、後は周辺に小さな農村がいくつか、特産品があるわけでもないので、ハッキリ言って見捨てられている土地っす。」
「だから隠れ家に最適と言うことなのね。」
「実際、ここに攻めてこようとしても、城の南側は何もない荒野が広がっていて、ここを越えて来るには、補給線も長くなるし、身を隠す場所もないので、遠射砲で狙い撃たれるだけっすから厄介っす。」
「そして苦労した割に得られるものはない、と。」
「そういうことっす。」
「じゃぁ、サリアやネムちゃんは、ここにいる限り安全ってこと?」
カナミが少し安心した感じでリィズに聞くと、リィズは首を振る。
「微妙なとこっす。」
「どう言うこと?」
「アルベルトが気付かなかったのか、気付いていて報告しなかったのかまでは分からないっすけどね、あの将軍、結構微妙な立場にいるっすよ。」
「微妙?」
「そうっす、王族を公開処刑したのがマズかったっすね。あれで、国民の心が離れて行ってるっす。あの王様、あれでも国民にはかなり慕われていたようっすから。」
そう、アルベルトとは別にリィズも王都に行っていた。
見知らぬ奴からの情報を鵜呑みにするほど平和ボケはしていないつもりだ。
実際、リィズの報告を聞くと、アルベルトが報告していないことが山ほどある。
俺に知らせない様に、あえて伏せてあるというのならまだいいが、本当に気付いていなかったのであれば問題だ。
「なるほどな。……それで?」
「城下町を含め、王宮内でも将軍に不満を持つものが多く、常にピリピリしてるっす。少し煽ってやれば、再度クーデターが起きる感じっすね。それに加えてリズノア王国との関係も上手くいってないようっす。」
「なんで?国の1/3も売り渡したんでしょ?」
カナミが不思議そうに聞いてくる。
「それが、当初の密約では南側半分を渡すって言ってたらしいっす。それが実際には国境に隣接した南西部分1/3だったという事で怒ってるっす。」
「まぁ、約束を違えられたら怒るけど、流石に国半分はやり過ぎだろ?」
「1/3でも多いと思うけどなぁ。」
「当の将軍もそんな感じなんすよ。そこで、リズノアは「約束が違うのだから」と、当初約束していた売却金を1/10しか払ってないそうっす。」
「……どっちもどっちだなぁ。」
「ホント、勝手にやっててって感じだけどね。」
「それでもいいんだけどなぁ……イヤなんだろ?」
「ウン、サリアちゃんやネムちゃん、ここに来てから全然笑ってくれないのよ。やっぱりあの子達には笑って欲しいからね。」
カナミが寂しそうに笑う。
俺もカナミのそんな笑顔は見たくない。
カナミがいつもの笑顔に戻るのに、あの子達の笑顔が必要というなら、俺はその為に動くだけだ。
ただ、どう動くかが、問題なんだが……。
「後、東の帝国の動きが怪しいっす。」
リィズが地図上の東側を指す。
「トリニティか……怪しいってどんな感じなんだ?」
「時間が無くてはっきりしたところまでは分からないっすけど、この辺りの領主が軍備を急速に整えてるっす。」
そう言いながら、アイガス王国と国境を接している辺りの場所を3か所印を付ける。
「軍備増強……アイガスに攻めて来るという事か?」
「そこまでは分からないっす。単にリズノアと組んだアイガスを警戒してるだけかもしれませんし。」
「王宮にいる将軍とやらは、その事を知っているのか?」
「知ってるっすよ。だからピリピリしてるっす。」
「成程な。折角国を手にしたのに、一歩対応を間違えば東西から攻められる。加えて、足元にも火がついてるとなれば……確かに微妙だな。そうするとその将軍が狙うのは……。」
「サリアちゃんやネムちゃんって事ね。」
カナミは得心が言ったというように頷く。
「そういう事だな、後は彼女たちがどう思っているかで今後の情勢が変わっていくな。」
コンコン……。
丁度、リィズの話に一区切りついたところで、ドアがノックされる。
ドアを開けると、そこにはこのアガルタ城の城主の使いが、お茶会の招待状を携えて待っていた。
「ふーん、お茶会ねぇ。」
「はい、王女様二人と共にお招きし、今後について語らいたいと申しております。」
「OK、招待を受けるよ。丁度、こっちも話がしたいと思っていたしな。」
「畏まりました。では三の刻になったらお迎えに上がります。」
城主の使いは、恭しく頭を下げると去っていった。
「って事だ。だけど、城主ってどんな奴だっけ?」
ここの城主とは、転移してきた時に一度会ったっきりだ。
結構な年だった事と、目に入れても痛くないほど可愛がっている孫娘がいる事ぐらいしか覚えていない。
「おじいちゃんっす。」
「いや、それは分かってるんだけどさ。」
どうやらリィズも知らないらしい。
俺はカナミに目を向ける。
「おじいちゃんね。リノアが可愛いの。……お持ち帰りしていいかしら?」
カナミも、俺と同じ認識だった……いや、孫娘の名前を知ってるだけ、俺よりすごいのか?
「……まぁ、会えばわかるだろ。」
◇
「ホッホッホッホッホ……よく来てくれたのぅ。」
上座に座る城主ガストール=フォン=アガルタがにこやかに出迎えてくれる。
「暇だったからな。」
「ホッホッホ……では、今しばらく、この爺の暇つぶしに付き合ってもらえぬかのう?」
「リノアは?リノアがいないなら帰るわよ。」
「ホッホッホッホッホ……リノアなら今お粧し中じゃ。聖女殿を招待したと言ったら張り切ってのぅ。この爺はちょっとじぇらしぃじゃよ。」
「そうなの?この間、私の所においでって誘ったら「おじいちゃんが淋しがるからゴメンね」って断られたのよ。」
「オッホッホッホッホッホ……それはそれは。」
「見てなさいよ!そのうち、帰りたくないのって言わせて見せるんだからねっ!」
「いい加減にするっす!」
おかしな方へヒートアップし出したカナミを、リィズがハリセンで叩く。
「遅くなりまして申し訳ありません。」
カナミがリィズに叩かれていると、サリアたちがやってくる。
「レイフォード様たちも御呼ばれされていたのですね。」
俺達の姿を見てサリアが一礼する。
サリアたちが席に着くと、各自にお茶が用意される。
「お姉さま、お待たせしました。」
カナミの所にはここの城主の孫娘、リノアがお茶を注ぐ。
そしてその後はカナミの膝の上に、ちょこんと乗っかる。
「ウン、リノアは可愛いねぇ。お菓子食べる?」
カナミは収納から作り貯めたお菓子を取り出してリノアに与える。
「ありがとうございます。お姉さまのお菓子はとっても美味しいのですよ。」
クッキーを両手で持って、はぐはぐと食べる姿は小動物みたいで可愛い……というか、いつの間にカナミはこんなに仲良くなってるんだ?
「さて、揃った様じゃな。」
孫娘が餌付けされているのを微笑ましそうに見ながら、ガストール老が口を開く。
「ガストール様、本日はどのような御用なのでしょうか?」
サリアが真っ先に口を開く。
「うむ、実はな、先日、王都のエイモスから王女を引き渡せと言ってきたのじゃよ。」
その言葉を聞いて、アルベルトとガイルが立ち上がろうとするが、サリアがそれを制する。
「それで、ガストール様は何と?」
「もちろん、そんなのは知らんと突っぱねたがの。」
「ありがとうございます。」
「しかしじゃ、近いうちに兵を送って来るじゃろう。王女の姿が見つかってしまえば、言い逃れも出来なくなる、さてどうしたもんじゃろう?」
ガストール老は俺の方を見ながら言う。
「それは俺の決める事じゃねぇな。俺が国王に頼まれたのはここまでの護衛だ。この先の事については何の義理もない。まぁ、ここからどこかへ逃げ出すというなら、出ていくついでに送ってやるぐらいの事はしてやるけどな。」
「キサマっ……グッ……。」
俺の言い方に、我慢できないと、飛び掛かろうとするガイルをアルベルトが抑える。
「抑えろ!奴の言い分は正しい。」
「ガイル、アルベルト、控えなさいっ!」
サリアは二人を止めるとガストール老の方へ向く。
「ガストール様は私にどうせよとおっしゃられるのですか?」
「わしは何も言わぬよ、決めるのはサリア王女、お主じゃ。」
「そう……ですか……。」
サリアはその言葉に、黙って俯いてしまう。
まぁ、まだ成人もしていない王女に、この先の重い選択をさせるのは酷だとは思う。
しかし、サリアがこの先王族として生きていくのなら、避けては通れない道だ。
それが分かっているから、ガストール老も何も言わないのだろう。
「サリア、お前には三つの選択肢がある。一つはこのまますべてを忘れて一人の女の子として生きていく道だ。なんなら安全に暮らせる街まで送って行ってやってもいいぞ。」
俺の言葉をサリアは黙ってじっと聞いている。
「助言してあげるなんて、にぃには相変わらず甘いっすね。」
リィズの呟きを無視して話を続ける。
「二つ目は、そのエイモスとやらに投降することだ。奴の狙いは国民の不満の解消だから殺されることはないだろう。傀儡の女王に仕立て上げられるか、奴の妻として利用されるか分からないが、国民の為に総てを諦めるもよし、耐えて内側から切り崩すのも良し……お前の選択次第だな。」
「……もう一つは……何でしょうか?」
黙って聞いていたサリアが初めて口を開く。
「……言わなくても分ってるだろ?」
「抗う事……戦う事ですね。」
「そうだ、戦って国を取り戻す……だが、言うほど簡単な事ではない。アガルタの協力が取り付けられたとしても、本国との戦力比は25:1……まともに戦って勝てるものではない。」
「……それでも戦うと言ったら……レイフォード様はお力をお貸し願えますか?」
ふんっと、俺は鼻を鳴らしてサリアに応える。
「条件次第だな。言っておくがこの魔王の助力を易々と得られると思うなよ。」
サリアは立ち上がり、俺の前に来ると跪く。
「レイフォード様、私は何も対価を持ち合わせておりません。私が差し出せるのは私自身のみ……この国を取り戻した後ならば、私をあなた様の自由にしてくださいませ。ですので、どうかこの国を取り戻す為、お力をお貸し願えませんか?」
「自由にというが、国はどうする?取り戻したはいいが指導者がいないというのは無責任じゃないのか?」
「ネムがいます。ネムと、それを支えてくれる伴侶が居れば、私が居なくても何とかなるでしょう。国を取り戻すまでは私が、その後はネムが王女としての責任を全う致します。」
「覚悟は出来ている、というわけか。」
「はい。」
「ならば……まずはこのアガルタを攻略して見せろ。話はそれからだ。……言っておくが、ここのタヌキは手強いぞ。」
俺はそう言って部屋から出ていく。
リィズとカナミが慌ててついてくる……が。
「カナミ、その子は置いてきなさい。」
「えー、なんで?」
「その子もアガルタの子だから。サリアの攻略対象なんだから置いていきなさい。」
「えー、うーん……。リノア、そう簡単に攻略されちゃダメだからね。」
「はい、お姉さま。お任せくださいな♪」
リノアはそう言って、トテトテトテーっとガストール老の下へ走って行く。
「さあ、後は寝て待つか。」
「もぅ、センパイは素直じゃないね。」
カナミが抱き着いてくる。
「女の子に甘いんっすよ。」
リィズも逆側にしがみついてきた。
「でもね、センパイ。」
カナミが真面目な顔で告げてくる。
「もう、正妻の席は空いてないからね?」