アイガス王国にて
「勇者様にお話しするにはとても恥ずかしい事なのですが………。」
そう言ってサリアは話し出す。
「ちょっとストップ。」
「は?」
話をやめさせる俺を、サリアは怪訝そうな顔で見上げる。
それもそうだろう、悩んで葛藤した挙げ句、ようやく話をしようと勇気を振り絞った矢先に止められたのだ。
「その話、重いか?」
「えっと……。」
サリアは何を聞かれたのかわからないって顔で見上げてくる。
「つまり、その話はお前さんの苦労や、ドロドロとした人間関係とか、後はそうだな……身内の不幸話とかが入ってるか?って聞いてんだよ。」
「えっと……あ、はい。概ねそんな感じです。」
「帰る。」
「ま、待って下さい。勇者様!」
「やだ、待たない。」
あの国王、ハニトラを仕掛けてきたと思ったら、さらに厄介な毒を仕込みやがって………………。
人の良さそうな顔にすっかり騙された、と思ったところで思い出す。
王女を呼んだのはカナミだった。
そして、当の本人は、もう一人の王女を拉致……連れてどこかへ行ってしまった。
「勇者様お願いです。どうかお待ちください。」
サリアがしがみついてくる。
俺は諦めて、席へと戻る。
どうせカナミが戻ってくるまで待つしかないのだ。
決して、この二の腕を包み込んでいるサリアの柔らかさに負けた訳じゃないからな。
「話を聞く代わりに、その『勇者様』ってのをやめてくれないか?あんな奴らと一緒にされたら、背中がむず痒くなる。」
俺は二の腕に当たるサリアのふくよかな双丘の感触を楽しみながらそう告げる。
「はぁ………、わかりました。でも、それではどうお呼びすれば……?」
「レイフォードでいいよ。それか『お兄ちゃん』だな。」
「はい、わかりました。お兄ちゃん。」
背筋がゾクゾクとした。
大人びた所作で誤魔化されがちだが、サリアの年はソラとそれほど変わりないはずだ。
ソラも俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶが、サリアのソレは、何とも言えない背徳感があった。
「ゴメン、ヤッパリ『お兄ちゃん』はナシでオネガイシマス……。」
俺がそう言うと、サリアはとても悲しそうな顔になる。
「お兄ちゃんは……ダメ………ですか?」
いや、その潤んだ目で見上げて来ないように………。
「私………優しいお兄ちゃんが居てくれたらって………ずっと思ってたんです。」
抱き抱えている俺の左腕を、更にギュッと抱き締める。
「おにぃちゃん……好き……。」
サリアは小さくそう言うと目を瞑りも軽く唇を突き出す。
俺は何かに導かれるように顔をサリアに近づけ…………。
パシッ!
後、数cmと言うところではたかれる。
「にぃに、何流されてるっすか!」
振り返ると、そこにはハリセンを手にしたリィズが鬼のような形相で立っていた。
「全く……油断も隙もあったもんじゃないっすね……にぃにの節操なし。」
「イヤ、これはだなぁ。」
「大体、アンタはなんでにぃにの腕を抱き抱えてるっすか?」
リィズが言い訳を聞いてくれない。
「だって。お兄ちゃんが、こうしてないと逃げ出すって、言うから……。」
「お兄ちゃん!?」
リィズがジロリと睨んでくる。
「イヤ、だから……ね?」
「ハァ、カナミもにぃにも妹スキーなのは大概っすよ……でも……。」
ジッと俺を睨んでいたリィズだが、不意にその表情が、態度が、しおらしい雰囲気に変わる。
「おにぃちゃんは、新しい妹が欲しいの?リィズじゃダメ?リィズの事嫌いになった?………リィズは………いらない子……なの?」
はにかんだ笑顔をしながら、瞳に涙を溜めて、何かを堪えるようにしながら話しかけてくるリィズを見た途端、俺はサリアの腕を振り解き、リィズを抱き締める。
「バカな事言うなよ。リィズを嫌いになんかなるものか!」
「……お兄ちゃん………リィズの事……好き?」
「あぁ、大好きだ!」
「……カナミより?」
「……………………………同じぐらい?」
「ぶー、そこは「カナミより」って答えるとこっすよ。」
リィズはニッコリと微笑むと、スルリと俺の腕の中から抜けだしサリアと向かい合う。
「と、まぁこれ位は出来ないと、にぃには落とせないっすよ。」
リィズは呆然としているサリアにそう告げる。
サリアは、茫然としながらも、リィズと俺を交互に見ている。
「えっと、その……私はそう言う事が苦手で……あの子なら、ネムならもっとうまくできるのでしょうが……。」
力なく呟くサリア。
「あー、カナミが連れて行った子ね。……まぁ、今頃はね……。」
リィズが困ったように言いかけると、カナミが戻ってくる。
腕にはネムを抱いたままだ……心なしかネムの瞳から光がなくなっているように見える。
「あれ、センパイどうしたの?」
カナミは打ちひしがれている俺を見ながらそう声をかけてくる。
「イヤ、女の子って怖いなぁって思ってさ。」
「今更だよ?」
カナミがキョトンとした感じで言ってくる。
そうか、今更なんだ……。
ブツブツ呟く俺から視線をはずし、リィズを見るカナミ。
しかし、リィズは何でもない、と首を振る。
そんな事をしている間に、ネムがそっとカナミの拘束から抜け出しサリアの元へやってくる。
(サリア姉様、今までゴメンナサイ。私解ったんです。私が今までどれだけ姉様に酷いことをしてきたのか、それにも関わらず、姉様が私を助けてくれていたことも。だから、姉様、私と一緒にココから……)
ネムが小声で、サリアに訴えかけているところに、カナミの声がかかる。
「ネムちゃん?」
「ひ、ひゃいっ!」
「これからみんなでおやつでしょ?そんな時はどうするんだっけ?」
笑顔で手招きをするカナミの元へぎごちなく戻るネム。
「お、お姉ちゃん、ネムの作ったおやつ、食べてくれゆ?」
そう言いながら、カナミから受け取ったお菓子をサリアに渡そうとするネム。
「違うでしょ!そこはもっとおずおずとしながら、後セリフの中に一生懸命作った事をもっとアピールしなきゃ。」
すかさず、カナミから演技指導が入る。
思った通りだった。
そして、何が起こっているか解らないサリアが、助けを求めるように俺達を見る。
サリアはきっと王女として相応しく、と厳しく育てられて来たのだろう。
そして、ネムはそんなサリアを見て、うまく立ち回ることを覚えたに違いない。
サリアが誉められたときは、真似をして……ただ真似するだけでなく、年下であることもアピールしていたんだろう。まだ小さいのに頑張ってるよ、と見えるように。
サリアが叱られたときは、同じ事をしないようにしたり、時にはサリアを庇ってみたり、と上手く立ち回ってきたのだろう。
瞬時に状況を理解して、最適な行動を起こせる判断力、あの年でそれが出来ると言うことは、才能があると思う。
ただ、やはり幼さゆえか、経験が圧倒的に足りてないんだよな。
最初の自己紹介の時も、緊張から噛んだのは素だろうが、その時のカナミの反応を見て、カナミに気に入られようと意識的に動いていたのだろうけど、俺やカナミが天然なのか計算なのか分からないはずがない。
まぁ……さっきのリィズの域にまで達すれば別なんだけどな。
そして、カナミもネムのそんな様子を見て「この子はきっとあざとさを身につけなければいけない環境にいたのだ」と勝手に解釈し「だったら私が力を貸して立派な『あざとい妹』にしてあげよう」と思ったに違いない。
前にも似たようなことがあったから、俺の予測はそれほど間違っていないはず。
そのような事をサリアに伝えると、凄く複雑そうな表情の後、ぽつりと呟く。
「ネム……不憫な子……。」
「それでセンパイ、このね……ッ、『範囲結界』!」
カナミが何か言いかけて、途中で結界魔法を唱える。
『大いなる風の盾』
『封印されし空間』
ほぼ同時に異変に気付いたリィズと俺もこの周辺内を守る防護結界を張る。
「えっ……なに?どうしたの?」
訳が分からずオロオロしているサリア。
「こっちだ!」
結界内にサリアを引っ張り込む。
直後に大爆発が起き、部屋全体を揺るがす。
「クッ……何だ!」
ドォォォォンッ!
この王宮が何者かに攻撃を受けた事は間違いない。
だが相手は?
王の言っていた隣国の奴等か?
だけど、ここは王宮で、国の中枢だ。攻撃を仕掛けるのは容易ではないはず。
また、攻撃されることを事前に察知できない程、この国の防衛網がザルだとは思えない。
……という事はクーデターか?
俺のその予想は飛び込んできた伝令兵の報告によって確実となった。
「クーデターです。反国王派が隣国の起動兵器を招き入れたようです!」
「なんだとっ!」
「クーデターを起こした将軍から声明が出ています……『国王は悪魔を呼び出した。城壁が半壊したのもその悪魔の仕業である。我々は反乱を起こしたのではないっ!国を守るために立ち上がったのだっ!』と……。」
カナミとリィズが俺の方を見る。
「悪魔じゃなくて魔王だって言っても……無駄なんだろうな。」
カナミとリィズがコクコクと頷く。
「あー、クーデターを起こした奴を皆殺しにすれば解決するか?」
一応国王に聞いてみる。
「それは魅力的な言葉だが遠慮しよう。それでは悪魔を呼び出したという事を認めることになってしまう。其方たちに紋章が無いのは事実だからな。」
国王はそう答えると、各所に指示を出し、それに従い騎士や兵士達がかけてゆく。
「そうだ、勇者殿。我が娘、サリアとネムを安全な場所まで護衛してもらえぬだろうか?これくらいのお願いは聞いてもらえるだろうか?」
「そうだな、こうなったのは大本を正せば自業自得だ。だからと言ってあの子達が巻き込まれるっていうのもおかしな話だからな。あの子達が同行を了承するなら、同行している間は護る事を約束しよう。」
「ありがたい……サリア!」
国王が呼ぶと、サリアは駆け寄ってくる。
「お呼びでしょうか?」
「サリアよ、お前の力を使い勇者様達をアガルタ城までお連れしろ。その後の事は全て勇者様の御心のままに従うのだ。」
「はい、仰せのままに。」
「サリアよ、こんなことくらいしか出来ぬ父を許せ……。ガイル、アルベルト、お前達もいっしょに行け……娘たちを頼んだぞ。」
「「ハッ!」」
国王はそれだけを告げると他の騎士たちと共に部屋を出て行った。
「サリア……。」
黙って立ちすくむサリアに声をかける。
サリアは軽く頭を振ると笑顔を作って俺の方へ振り向く。
「勇者様……いいえ、レイフォード様。王の命を果たしたいと思います。皆さまとこちらへお願いします。」
サリアの言葉に、皆が近くに集まる。
皆が近くに来るとサリアは呪文を唱え、サリアを中心に半径2mほどの光の輪が出現する。
「皆さん、私がいいと言うまでこの輪の外に出ないでくださいね。」
そう言ってサリアは両手を合わせて握りしめ、瞑目する。
彼女の左の拳に光る紋様が現れる……あれが紋章って奴か。
「いきます!ルナ・ヴァルド・レ・アガルタ!」
サリアの呪文と共にサークルの中が光に包まれる。
次の瞬間、サークルの中にいた者たちすべてが掻き消えた。
◇
「やっぱり、噂通りだったよ。」
王宮の様子を見に行っていたアルベルトが、戻ってきて開口一番そう言う。
王宮襲撃のあの事件から半月。
俺達はアイガス王国辺境のアガルタ城という小さな城で、特に何をすることもなく日々を過ごしていた。
噂ではあの後、クーデターを指揮していた将軍が王宮を制圧、王宮内にいた王族は皆公開処刑されたそうだ。
そして国の1/3を隣国のリズノア王国に売り渡したとの事だった。
「やっぱり、そうですか。」
サリアの顔が曇る。
「他には、特に変わった事はなかったな。国民も多少の混乱はあったものの、今では以前と変わらない様子だったな。」
「それだけが救いですね。」
アルベルトの言葉に、サリアが少し頬を緩める。
「それで、アンタらはどう動くつもりなんだ?」
それまで黙って聞いていたガイルが俺達に聞いてくる。
「センパイ、アーン……。」
「ありがと……モグモグ……うまいな、コレ。」
「それ私が作ったっすよ。こっちもアーンっす。」
「あーん……ウン、イケるなぁ。」
もぐもぐもぐ……。
「で、なんだって?」
俺は左右を美女二人に挟まれながら、いつものごとく食事をとっていたのだが、それがガイルにはお気に召さなかったらしい。
「だからお前はどうするって聞いてるんだよっ!毎日毎日女を侍らかせて、何もせず、いい身分だなぁ、おいっ!」
「ガイル、おやめなさい。私達にレイフォード様の事をとやかく言う資格はないのです。」
「しかし姫様……。」
「私達は、私達が出来る事を考えましょう。……レイフォード様、聖女様、ご気分を害された事お詫び申し上げます。」
サリアが一礼して部屋を出ていく。
アルベルトとガイルがその後をついていく。
「……いいのよ、行ってらっしゃい。」
膝の上でオロオロしているネムに、カナミがそう声をかける。
ネムは少し悩んだ後、カナミに頭を下げて、部屋を出て行った。
誰もいなくなった室内に取り残された三人。
「にぃに、マジな話、これからどうするっすか?」
「そうだなぁ……カナミの方はどうだ?」
カナミに視線を向けると、彼女は黙って首を振る。
「そうか……。」
「ウン、ずっとダンマリ。」
「リィズの方は?」
「まぁ、それなりに情報を集めたっすよ。」
「じゃぁ、その情報をもとに、そろそろ動くかな。」
「分かったっす、じゃぁ、これを見るっすよ。」
リィズは懐から地図を取り出した。
女神たちの思惑通りに動くのは癪だが、今は、あえて乗ってやろう……ぼーっとしてるのも飽きたしな。




