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KGI  作者: び
第一章 始まりと生活
5/5

知るということ

 翌日アレンが家を出るのを見届けてから僕も出かける。昨日受けた依頼の残りを片付けに。

 転移、討伐、転移、採取、転移、転移転移……何度も転移を繰り返して、依頼をこなしていくうちに気付いた。討伐依頼が一番楽。ブランが言ってたように拍子抜けするくらい簡単に終えることができた。最初は刀も握れなかったのに、成長したなぁ……なんて自分でやってしみじみ思う。


 全ての依頼を終えてギルドに戻る。受付の人に証拠品を納めて無事Sランクになれた。後はしょうきゅうしんせい、をするんだっけ。


「SSランクになりたいんですけど」

「かしこまりました、では下へどうぞ」


 下?何しに行くんだろう。ついていくと行先は訓練室だったんだけど、訓練してる人は誰もいなくて客席?円形のホールを囲う壁の上にある席に座ってた。


「あなたにSSランクを与えても大丈夫か、実力がちゃんとあるのかテストします。テスト内容はSSランク討伐依頼に相当するゴーレムを相手して頂きます」


 死なないように保険のかかったテストなわけだ。そして娯楽として観戦されるんだ。まぁ……いいけどさ。見られようが見られまいが何か変わる訳でもないし。


「準備は宜しいですか?」

「大丈夫です」

「カウント開始、3、2、1…スタート」


 アナウンスと共にゴーレムは動き出す。岩のような風体、いかにも硬そうではあるけれど……

 あ、そういえば僕が買ってもらったこの刀ね、文字通り何でも斬れるんだよ。例えそれが岩だろうが鋼鉄であったとしてもね。ブランに武器に魔力を付加させることを教わって試してみたら切れ味が上がってね。付加させる属性でまたいろいろ変わってくるようだけど。


 そういうわけでゴーレムなんて岩の塊、大した驚異でもないんだよね。


 すれ違いざまにゴーレムを両断する。その動きを目で追えた者は存在しなかった。気がつけば黒い影はゴーレムの背後に、ゴーレムは真っ二つに崩れ落ちている。目を疑うような光景。動揺を隠しきれない声はそれでも仕事を全うするために言葉を発した。


「……合格です。SSランク昇格を認めます」

「あの、Xランク目指してるので続けてテストお願いします」


 Xランク、その単語にざわめきが広がる。Xランクはそう易々となれるものでもなく、SSSを何人集めたところで叶わない。そんな高みの存在だから。


 でも身近に2人もいるんだよね。近くにいるのに遠い存在…?まさか。今追いつくさ。


「かしこまりました。ではSSSランクのゴーレムを倒していただきます」


 同じようにゴーレムが起動され、同じように切り伏せようとした。でもそうは上手くいかないらしい。SSとSSSの差だろうか、ゴーレムは思いの外動きが早く、後ろをとるはずが後ろを取られていた。


 慌てて振り向くと目前に岩、危─


 咄嗟に腕でガードをするも無意味に吹っ飛ばされる。あまりの衝撃に腕が潰れてしまいそう、というより潰れたんじゃないかとすら思う。


「いった…くないな、なんだ、そんなに火力はないんだね。」


 見掛け倒しな…腕はなんともないみたい。少し痺れるような感覚はあれど、衝撃ほどのダメージはない。なら、早速反撃といこう。


 追撃のためにこちらへ迫るゴーレムはまた拳を突き出すものだから、思わず手のひらで受け止めてしまう。素手で拳をかざすなんてどっかの誰かにそっくりだなぁ…でも彼の拳はきっともっと重いだろうね。


 なんてことを考えながら触れたままの手のひらに魔力を集めてゴーレムに向ける。そしてイメージする。


「バーン」


 たった一言、それだけでゴーレムは爆発とともに散る。煙が上がり視界が悪い状況だが、もうゴーレムは動く気配はない。煙が晴れると地面に岩片が転がり無残なゴーレムだった物だけがあるのを確認した。


 静かなホールに乾いた拍手とよく聞き慣れた明るい声が響く。


「ゴーレムの攻撃まともに受けてぴんぴんしてるんてすごいね?見かけによらず結構タフなんだね」

「ブラン…またサボり?」

「違うよ!今日は仕事で来ました!!」


 曰くXンクの昇級にはXランクと戦闘して認められる必要があるらしい。今回は時間をもてあましているブランが呼ばれたというらしい。


「つまりサボりでしょ」

「サボりじゃないよ、ちゃんとお仕事してるもん」

「全帝が知ったら怒っちゃうね?」

「ナイショナイショ、まあ時間も勿体ないし早速模擬戦始めようか!」


 返事も待たずに彼は銃を構え、そのまま銃声があがる。


 至近距離──っ!


 咄嗟に横に飛び避けるもまるで見越したかのようにブランはそこに立っていた。銃口は僕を捉えている。


「いらっしゃい」

「余裕そうだね」


 飛んだ勢いのまま刀を振り抜くが、当たるはずもなく距離を取られる。


 ブランの使う銃は魔力弾と実弾両方打ち出す。魔力弾は相殺できるけれど実弾はそうもいかない。加えて魔力弾は属性付加や性質変化もできるため、相殺と言っても簡単じゃない。中距離から遠距離の戦闘は刀のこちらの分が悪い。


「休む暇はないよ?」


 接近させる気は無いのか次々と弾打ち出す。その凄まじい数の弾丸は避けるのだけでも精一杯だ。このままじゃ埒が明かない。


「避けてるだけじゃ終わんないよ、さあさあ、かかっておいで!」

「そう?じゃあお言葉に甘えて…?」


 絶え間無く撃ち出される銃弾の嵐に自ら足を踏み入れる。自爆しようってわけじゃない、距離を縮めるため。魔法により強化された視力なら弾丸一つ一つ目で追える。腕は疲れるけど弾丸全てを切り払うことだって可能だ。


「まじ?」

「わりと!」


 距離を詰めて思い切り強く魔力の塊を叩き込む。当たることはなかったけれどブランは動揺している。……チャンスかな?


「なにそれ!なんで普通に魔力放出してるの!?」

「え、なんで?」

「だって、ノワールはエーテルを媒介にして魔法を使うんじゃないの!?」

「僕、無属性に限れば普通に魔法使えるよ」


 転移やボックスは無属性の魔法だし、身体強化だって普通の魔法だし。そもその最初のボール練習だってあれは僕の魔力から生み出したものだし。まあ有属性に比べたら威力も速度も劣るけれど。


「それに僕、できないなんて言ってない」

「それは確かにそうだけど!」

「そんなことより余所見してていいの?」

「…おっと、これは」


 周囲を見遣ればブランを囲む氷の刃。無数の刃は真っ直ぐに彼に向かっていく。刃の隙間から見えた彼の口元は笑っているように見えた。


 嫌な予感がして咄嗟にその場から飛び退くと、つい1秒前までたっていた場所から黒い煙が立ち上っていた。魔力弾…あの場に立っていたらきっと直撃していたことだろう。


 ブランは無傷のまま笑い、氷の刃は全て相殺されていた。やれるなんて思っていなかったけどまさか無傷とはね。


「すごいすごい、今の避けるんだね。少し前のノワールなら今ので終わってたんじゃない?」

「む、そんなことない。僕も強くなった」

「そっかそっか成長したね、偉い偉い。じゃあ準備運動もこの辺にして…」


 ここから本気。そう耳元で聞こえた。引き金を引く音、反射的に屈んで足を払うが跳んで避けられる。跳んだ瞬間の隙を突きその腹にめがけて魔法を放つ。


「無属性って透明だから面倒だなぁ」

「簡単に躱すくせに」


 談笑しながらも激しい攻防は止まらない。撃っては避けて斬っては避けて、進展はないが体力だけが消費されていく。ブランの方は余裕そうだけど、こっちは生憎体力は少なくてね。


「一撃くらい当ててみてよ」

「当てたら合格?」

「お、よくある感じ。良いよ、俺に一撃入れたら合格にしてやる。とか言ってみたかった!」


 どこまでも楽しそうなブラン。完全に格下だと思われ遊ばれている。でも油断なんてしない。隙なんて作らない。

 それなのに僕の方はもうあまり体力が残っていない。もともと結構弱っていた体、身体強化していても動くのはそんな得意じゃない。でも、僕にできることは刀を振るう事だけじゃないはずだ。


 本気だと言ってブランは魔法を使用していない。これはあくまでも試験。それでも、ブランは危機を感じたら魔法を使ってくるはず。あの日の威圧感は嘘じゃない。魔法を使わせることも出来ないのなら、Xランクなんて名乗れない。

 一撃当てるだけじゃダメだ。ブランにしっかりトドメを刺さなければ。考えろ、どうしたら勝てる?刀じゃ勝てない。なら魔法は?魔力量は多い。魔力量にものを言わせるのだって動くのが苦手な僕の立派な策だ。エーテル媒介にしたら直接攻撃することだってできる。動きを封じる術もある。


 出来ることは、まだ沢山ある。


 ブランを囲うエーテル固定。そして完全に動けなくなるよう鎖で手足を縛る。逃れようと身をよじろうとするも、それすらも叶わない。フードから覗く口元が焦りに歪んでいた。


「これはちょっと、やばいかなぁ」


そう呟かれた。来る。


空気が振動する。地面が割れて足場が崩れる。バランスを崩したところに風の刃が僕を襲う。ブランの魔法だ。ここからが本当の勝負。

風の刃は魔力で相殺、エーテル固定で足場を作る。ブランはっ…いない。先の一瞬で固定が揺らいだ隙に逃げられた。

ならブランはどこにっ!


「ぐっ…」


背後から何かに殴られたような衝撃。壁に大きなクレーターを作りながら僕の体は打ち付けられていた。肺の空気が無理やり吐き出される。


「いやぁ、今のは危なかったよ。やるねぇノワール」


でも、これでオシマイかな。


お終い…?これで?やだ、だってまだ、ブランに一撃も入れてない。何も出来ないまま終わるなんてそんなのっ


「っまだだァ!」

「本当に丈夫だね君っ!今のなんともないわけ!?」


そんなわけあるか、全身痛い。


「じゃ、仕切り直しと行こうか」


「そっかそっか、火炙りと水責めと生き埋めと電気どれが好き?」

「強いて言うなら電気!」

「え、ちょっとそれはそれで反応に困るんだけど。」

「聞いておいて引かないでよ!!」


 彼の抗議も虚しく、お望み通り電気をプレゼントしてブランはそっと意識を手放した。エーテル固定って強くない?魔力自体を無効化されない限り誰が相手でも勝てる気がする。


 なんだ、前半の戦闘必要なかったなって。いや、僕にはこういう戦い方もできると発見出来たから結果的に良しということにしよう。相手の動きを止めて仕留める。そんな戦い方もある。


「チートすぎるよ…いやでもおめでとう、こんな終わり方するとは思ってなかったけど合格だよ。でも魔法が効かない相手もいないこともないから体力つけるのは課題かな。」

「お手合わせありがとー、いま気絶してなかった?」

「起きたよ。」

「復帰はやすぎ。」


 間違いなく耐久最強だと思う。そっか、変態だった。変態は回復力が高いからやり過ぎくらいがちょうどいいって覚えておこう。


「というわけでオーバーランク昇格おめでとう。受付に行ってカード更新してこよ、君の実力は俺が保証する。」


 彼について訓練室を後にする。僕らの立ち去った訓練室では、観戦していた人々のどよめきが暫くやまなかった。

 つい先程までFランクだった者がオーバーランクに昇格した、という事実は尾鰭をつけて、Fランクがオーバーランク相手に圧勝した。にまで盛られてギルドの中で噂になったらしい。黒コートの小さな影、新たなオーバーランクの誕生は瞬く間に口伝てに広まっていった。


 そんなこと知らない僕はブランもといリッカと一緒にギルドの資料室でまったりしていた。


「コート無しで顔合わせるのは2回目だね、改めて見るとほんとに女の子みたいだ。」

「自分の顔見てから言って。君も十分女顔だから。」

「いや、あはは……自覚はある。」


 目を泳がせて曖昧に笑って誤魔化す。そりゃ僕は髪の毛長いしリボンで結ってるけれどね、切ればそこそこ男性に近づくはず。と思ってたりする。そのうち切るかな……?


「ところでなんで資料室に来たの?」

「ついてきたからようでもあるのかと思った。」

「ううん、俺は用ないよ、ハルちゃんについてきただけ。」

「暇なの?僕は魔法とかこの世界のお勉強しに来たんだよ。」


 調べ事するなら資料室と言われてたし、知らないことだらけだからいろいろ知りたいと思った。何がわからないのか、それもわからないから沢山読んで知識を身につけるために。


「それなら学校通うのが1番なんじゃない?俺もアレンも魔法学校の1年生だし、でも年齢が足りないか……」

「僕君たちより5つ年上だよ?」

「……5歳年下の間違いじゃなくて?」

「上!20だよ僕!!失礼な!!」


 下って、下って!そんなに見えないかな……せめて同い年でもさ……5歳下って……10歳じゃん。子供じゃないか……そんなちっちゃくないもん。


「ごめんね、割と本気で年下だと思ってた。それならマスターに相談したら案外入学できるかも……?俺らと同じクラスにおいでよ。」

「5歳も違うのに大丈夫かな。」

「見えないから大丈夫!むしろ年齢たりてるか聞かれそうなくらいだよ。あとはそうだね、異世界小説とか読んでみるといいかも!」

「異世界小説?」

「そう、俺はこっちに来る前そういうの読んでたから割とテンプレですねって理解出来たし。割と役立つ。」


 異世界に転生して最強になって無双するような話だと言う。魔法とかいっぱい出てくるし、この世界に共通するようなことも多いみたいで大変参考になるみたい。


「何冊か貸すから暇があれば読んでみるといいよ!」

「ありがと、家帰って早速読んでみるよ。」


 数冊本を渡されて僕はアレンの家に帰る。まだお昼すぎくらいか、アレンが帰ってくるまで時間もあるし、早速読んでみようかな。


 借りた本の1冊目、それはトラックに引かれそうになった子供を助けに入って代わりに死んでしまった少年が主人公だった。


「子供に自分のせいで他人が死んでしまったという十字架背負わせるなんて重すぎる始まり方……」


 神様が手違いで殺してしまって、お詫びに最強能力を授けて異世界転生。森で能力を確認していたら悲鳴が聞こえて、モンスターに襲われる女の子を発見してその能力で助けてお礼に一緒に国まで行っていろいろ関わるようになる。


「あ、なんかこれ身に覚えあるな……僕は女の子の方だ。」


 ギルドに登録して、帝っていう各属性の最強とかいて、新たな帝として最強に君臨する主人公。一気にその名前は有名になるけど自分の正体は秘密。


「全帝だ、全帝がいる。ふふ、この小説ではこの人強いけど出番少ないしそんな強そうに見えないなぁ。モブっぽい。」


 学校に行くことになって女の子が同じクラス、そしてツンデレとか妹系とかいろんな女の子に惚れられてハーレムつくって覚醒して魔王倒してお姫様と結婚してハッピーエンド。


「最初に会った子じゃないんだ…びっくり。」


 時間を確認するとまだ1時間程度しかたっていなかった。引き込まれるように借りた小説を読破していって夕方には全て読み終えてしまった。これが王道……


 翌日ギルドに行くとリッカと遭遇したので借りた本全部返す。それにしてもよく会うなぁ。


「小説結構面白かったよ。身に覚えあることも結構あった。」

「随分読むの早いね。」

「暇だったもので。帝っていうの、ここにもいるの?」

「一応いるよ。会議とかにも呼ばれるし、属性を極めたものとして座る席だからそれなりに重みもある。でも帝全員でかかっても全帝にかすり傷ひとつつけることも出来ない雑魚だよ」

「全帝が強すぎなだけじゃないの?」

「身体強化すら使わないで圧勝するからほんとに強いんだよね、全帝は」


 全帝とは、帝全員、火、水、風、雷、土、光、闇の7人全員を同時に相手して勝利した帝の頂点の称号。オーバーランクがSSS何人集めたとしても叶わないと言われる所以は彼にある、とリッカは言う。


「まあ、会ったとしても関わることそんな無いしそういう人もいるんだなー程度の認識でいいよ」

「わかった」


 他愛もない話をして会ったついでに軽く手合わせをする。午後にはリッカは依頼の消化へ、僕は適当にお金を稼いで晩御飯等の材料を買う。


 ご飯ができ上がるころにアレンは帰ってきた。


「おかえりアレン、今日のご飯はハンバーグだよ!」

「中身赤いままだな。」

「あれ?ほんとだ。次は頑張るね」

「楽しみにしてる」


 不出来なご飯は暖かくて、優しい時の流れに身を委ねる。美味しくはなかった。でも、美味しそうに頬張る彼の表情が好きで、明日はもっと上手に作ろうと思う。なんで上手く火が通せないのか、火力調整という言葉は今は頭に存在していない。目の前にあったスイッチを押せばそれができるということにもまだ気づけていない。


 夜が深まる頃同じベッドで眠る2人。まるで幼い兄弟のように互いの温もりを確認するように。出会ってまも無いはずの2人は、まるでかけがえのない家族のように寄り添って眠りについた。


 翌朝、アレンの体調は不思議なほど優れていた。


「なんか体が軽い、今日は早く帰れそうだ」

「ほんと?じゃあ何時もより早くご飯作って待ってるね」


 笑って少し傷んだ長髪を撫でてアレンは依頼へ向かい、見送った後にハルカはこっそりギルドへと向かう。ハルカの目的は資料室、勉強のために沢山の本を読み漁った。世界のこと、魔法のこと、種族のこと、人々が紡ぎ壊し創りあげた歴史。何時間もただひたすらに貪欲に知識を貪る。


 そして、一冊の本を見つけた。

『ノアの伝説』

 そのタイトルの本は、とある部族の歴史について記されていた。


 ノア、その言葉に妙な既視感を覚える。なにか引っかかる、なにか、思い出せそうな……


「うっ…」


 頭に痛みが走る。頭が割れてしまいそうな程の痛み。でも、それと同時に1つだけわかったことがあった。


 これは、僕の名前だ。


「大丈夫!?」

「…リッカ?よく会うね」

「え、あ、ああそうね。偶然だよ。それよりも大丈夫なの?すごく顔色悪いよ」

「平気。ちょっと、思い出しただけ」


 思い出した、と言っていいのか分からないけれど。ハルカ・ノア。それが自分の名前であると確信しているし、間違いないと断言出来る。でもそれと同時に1つの疑問が残る。


「なにか思い出せたの?」

「うん、名前…ラストネーム?わかったの。ハルカ・ノア、これが僕の名前」

「ノア…へぇ、これで1歩前進だね!」

「そう、だね。でもね、おかしいの」

「なにが?」


 そう、おかしい。リッカは何がおかしいのか分からない、と言った表情をするけど、明らかにおかしいんだ。


「だって僕、ニホン住んでたんだよ」

「…たしかに。ハーフって感じでもなさそうだし、不思議だね?」

「でしょ?」


 なんでノアなんだろう。どうして、間違いなくこれだと思えるんだろう。1つわかったのに謎が増えた。


「まあ考えてもしょうがないよ、ハルちゃんがノアだって言うならそうなんだよ」

「うん…」


 腑に落ちない気もするけれど、リッカの言う通り考えたって答えが出る訳でもないから深く考えるのはよそう。自分の名前がわかっただけでも大収穫だ。良かった、そういうことにしよう。


「今日はアレンが早く帰ってくるから僕はもう帰る」

「そっか、ばいばい」

「リッカもあまりサボったらダメだよ?」

「うっ、はい」


 本を元の位置に戻して資料室を後にする。ハルカが出ていった後、唯一人資料室に残ったリッカはハルカが読んでいた本を手に取っていた。


「これか、あの子が呼んでいた本は…『ノアの伝説』ね。あの子に繋がる手がかりでも書いてあるのかな」


 ページを捲り目を通す。


 『この世界には空に浮かぶ島がいくつか存在しているのをご存知であろうか?ノアとは空島に住まう部族の名前である。遠い昔、聖戦よりもはるか昔。島に厄災が相次いだ。ノアの人々は神の怒りに触れたとして贄を捧げる事で神の怒りを鎮めようとした。

 その時贄に選ばれた青年の名は「クラウス・ノア」漆黒の髪と紫の目を持つ美しい青年だった。


 青年は躊躇い無くその身を捧げ、1度も人々を恨むことなく微笑んで神の元へ旅立って行った。彼は人々を深く愛していた。そして人々も彼を愛していた。数千年経った今でも彼はノアの人々に愛され、救いの御子として、そして、ノアの神として祀られてる。


 神となった青年はこの世界に子を残した。2人の子は彼と同じ漆黒の髪を持ち、紫の目に世界を映す兄は人々を恨み魔の頂点に立つ神となり、弟は強すぎる力を制御しきれず幽閉されている』


「ノア、ねぇ……俺もなんか忘れてるんだよなぁ。なんだったかな」


 『ノアの伝説は、ノア族の住まう空島とは別の空島に住まう、カーライル族に伝わる伝説と深く関わりがあると言われている。カーライル族は天に近しい種族、ヒトでありヒトでない者たち。稀に神の力を宿して生まれてくる子がいるが、天変地異の予兆だと言われ不吉の象徴とされる。不吉の象徴は穢れとされ、地に捨て穢れを祓い、天に浄化されるよう祈りを捧げるという』


「ここからはあまり関係なさそうだ、結局あの子に直結するものは分からないなぁ。日本とノアに関係があるわけもないし。知る度訳が分からなくなる」


 興味を無くしたかのように、もうその本はどうでもいいのか閉じて本棚に戻してしまう。風に煽られめくれたページの文字は彼の目に入ることは無かった。


 『カーライル族は白銀の髪をもつヒトならざる空の民。白と黒が出会い交わるとき、世界は大きく動く。穢れの子が救いたるは幽閉された弟。兄の怨念は愛へと昇華され祝福が世界を包むだろう』


 その文章の真偽は定かではないが、彼は気づかず、あの子も理解はしなかった。僅かに軋み、狂いだした音に気づいたものは誰もいない。


『あの子が君の本を読んでるよ』

『あの本半分正しいけど半分間違えてるんだよね…』

『伝説なんてそんなものさ』


 その頃ハルカは晩御飯の買い出しに勤しんでいた。肉か魚か……麺か米か……ギルドで自分で稼いだお金で買い物をして、家に帰るとアレンは既に家に帰ってきていた。


「思ったよりも早かったんだね」

「めちゃくちゃ調子が良くてな、ここ数日の疲れが飛んだ以上に調子がいい」

「元気なのはいい事。これからご飯作るからお風呂入っていいよ」

「んじゃそうするかな…ところでお前、どうやって買い物してるんだ?金は?」

「ギルド!」

「そうか、充分気をつけるんだぞ」


 アレンはまだ僕が強くなったことを知らない、まだFランクのままだと思ってる。まだ内緒、いつかその日が来るまでは。その時はちゃんとアレンの役に立ってみせるんだ。


 材料を用意してる間に、風呂から上がったアレンが後ろから覗き込んでいた。


「火、強すぎじゃないか?」

「そうなの?」

「調整の仕方知らないのか…このスイッチがあるだろ、ここで火力の調整ができる。…今の状態が弱火だ」

「おお、それが分かればもう失敗しない!アレンは座って待っててー」


 アレンをキッチンから追い出して調理に集中する。今日は鶏肉のソテー。レモンバターで味付けして爽やかに。仕上げにバジルを振って付け合せに野菜を足して完成。焦げてない、生じゃない、完璧!


「火力調整さえできれば料理はうまいんだな」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「えへへ、レシピがいいんだよ」


 なんて言っても凄く嬉しい。あとはアレンの好みに調整していくだけ。アレンは美味しそうに食べてくれる。幸せそうな表情はきっと僕の思い込みじゃないはずで、今日もお皿の上は綺麗に無くなっている。それが嬉しくて、その顔が見たくて、いつの間にか僕は料理を作るのが好きなっていた。


 ねえアレン。僕は君の役に立てているのかな。負担になるだけの僕ではいたくない。少しでも君が楽になれるようだったらいいな。

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