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ロウたちの授業とは言えない授業の裏側で……

「次、メルリナ・マリストア、フィラルド・セイルリオス。前へ!」


 セイルリオス王国セントラル魔術学園の訓練場。

 ロウが精霊達と戯れていたとき、この精霊魔法学Ⅳの授業ではとある試験が行われていた。

 これは、精霊と契約している者のみが対象の授業だが、当然ロウの所より人数は多い。

 高等部4~5年生が14人集まっていた。


 声を張り上げた精霊魔法学教師のクルス・トルクは、下級魔導師である。

 彼はトカゲ型の精霊と契約しているらしくて、彼の隣には体長4メートルほどの赤いトカゲがいた。

 炎の魔法が得意で、年齢はロウと同じく25歳と比較的若い。


(マリストア……か。懐かしく忌々しい名だな。初等部中等部を首席で入り、高等部で消えた、落ちぶれた負け犬と同じ名だ……!

 俺の方が何倍も優れた魔法師だと言うのに周りの雑魚共はあいつばかり持て囃した……! だが、俺の方が結局優秀だった訳だ! こいつも持て囃されているが結局俺の方が優秀だろう……!)


 クルスは負け犬とよく似た銀髪を持つ、メルリナを内心睨みながらそう考えていた。


 今回の精霊魔法学の授業はズバリ実戦。

 とは言っても、精霊同士を闘わせるだけなのだが。


 精霊魔法学はⅠとⅡとⅢとⅣがあり、Ⅰは召喚陣を用いた精霊の呼び出し方法や、精霊に触れ合うことを目的とする。その他は座学で精霊の知識学ぶ。

 Ⅱは呼び出した精霊の力を実際に訓練場などで使ったりする。


 ここまでは精霊と契約していなくても受講できる。


 Ⅲでは契約した精霊に指示した通りの魔法を使わせることを練習したりする。

 そして、Ⅳでは精霊と人の混合魔法を練習する。また、魔物退治などの実戦も豊富にあるらしい。


 今はとりあえず精霊の実力と契約主の言うことを聞くかなどの試験で、Ⅲの授業の時に成績が近かった者同士で闘わせているのだ。


 実力が良くない者から順に闘いを繰り広げ、今は一番最後の闘いで成績1位のメルリナと2位のフィラルドが相対している。


「婚約者の誼として、お手柔らかに頼むぞ。メルリナ」

「また、事実を捏造してどういうおつもりですか。王太子様?」


 心底迷惑そうにメルリナは顔を顰めた。

 それを見ながらさらりと金色の長髪を揺らして、フィラルドは爽やかに笑う。


「すぐに真実に変えてやるさ。君に勝負を挑んで勝てれば、君を婚約者に出来ると言うじゃないか」

「そんなこと一言も言っていません。それは、あくまで最低条件です。……けれど、いいでしょう。この闘いでもし仮に王太子様が私が負けることがあれば、そのお話はお受けします」

「ハハッ! ……その約束、違えるなよ」


(授業に関係のないことを喋る。不真面目なメルリナは減点だな。王太子様はいつも通り真面目だ)

 クルスはメルリナのボロ探しを冷めた目で見つめていたが、それとは逆に他の生徒はこれから始まる闘いを心待ちにしていた。


「どっちが勝つと思う?」


 一人の女子が周りの人に向けて呟く。


「やっぱり成績のいいメルリナ様じゃない?」「そうだな! 美しいメルリナ様が勝つ!」「でも、精霊の数は1体までなんだろ? それならフィラルド殿下が勝つんじゃないか?」「そうかも。やっぱり王族に受け継がれて来た精霊は強いものね」「うーん。だがフィラルド殿下の言うことを聞くかが問題だよなぁ」「分からないね……」


 みんなが期待を寄せている中、高等部4年生で茶髪の少女アメリは"自分がこの授業を受けていていいのか"と悩んでいた。


(どうしよう……。精霊魔法学だからこの科目をとったけど、争いには興味ないし……。

 けれど、一回だけ受けて次から行かないのもなんか嫌だし……。でも、闘わされてコンちゃんも痛そうだった……。

 混合魔法を……コンちゃんと一緒に魔法を作れることを期待して入っただけだったのに、実戦ばっかりだったら嫌だな……!)

「ひゃあ……!」


 俯いて考え込んでいたアメリは、他の生徒にちょんちょんと肩を叩かれ跳び上がった。


「はは、驚きすぎ! アメリちゃんはどっちが勝つと思う?」

「う、う~ん。……メルリナさんかなぁ?」

「6対6か。別れたね」


 アメリは愛想笑いしながら「そうだね」と呟く。


 予想はきっちり半分に別れたようだ。

 それだけ、実力が伯仲していると思われているのだろう。


 それは、二人がこの学園の精霊魔法学Ⅳで授業を受ける者の中でも、段違いに強い精霊を持っているから。

 他の生徒から見たら、両人とも雲の上の力を持つ精霊を操るからだ。


「それでは、両者とも精霊を現界してくれ」


 訓練場に響くクルスのその声で、その場にあった声はしんと消滅した。

 クルスは自分が場を支配した感に酔いしれる。


 しかし、酔いしれられたのはここまでだった。


「ふむ、先ず私から呼ぼう。"古より王国を護りし光の精霊よ 今ここで現界せよ" 出てこいレオドラート!」

「…………継承者よ。なに用か」


 ーー重圧


 この空気の重さを、地の震えを、一言で表せる言葉があればそれだ。

 フィラルドの声が響き、彼の持っていた直径15センチサイズの少々くすんだ金色の宝玉が精霊へと形を変えた。


 現れたのは金獅子の男。

 くすんだ金色の髪が鬣のようになっていて、口元から伸びる歯は一本一本が鋭く、噛まれたらまたたきする間に鮮血を散らし肉片となりそうだ。

 その身は豪華な金色の鎧で隠されて見えないと言うのに、筋骨隆々であると断言出来る。


 その場に存在するだけで、他者の視線を釘付けにし。

 その場に存在するだけで、他者は心臓を握られていると錯覚する。


 その姿は、紛れもなく"王"であった。

 百獣を統べるだけの王ではなく、あたかもその金の瞳で国の臣下総てを見渡しているような、一国を統べる王。


 その姿を見て、その場にいた誰もが勝敗を知った。

 メルリナが敗北すると。

 こんな知性と力の化物に勝てるわけがないと。


 その眼に深い知性を持つレオドラートは、周囲を見渡しフィラルドに何のようかと聞いた。


「今回、君には彼女の呼び出す精霊と闘って欲しい」

「……ふむ。……っ!」


 ーーゾクッ。

 フィラルドの言葉に頷いたとき、威風堂々とした王たる者レオドラートは、そのとき背筋を震わせる。

 その感覚は恐怖という名前だと、レオドラートは知っている。


 いる……。……あそこに、化物が……!


 まるで飛ぶことの出来ぬ獅子を嘲笑うかのような、不死なる紅蓮の鳥の存在を、そのときレオドラートは感じた。

 出てすぐ気づけなかったのは、かの存在が力を誇っていないから。

 ただ、己の存在はそんなに誇れるようなものではないと、己の壮大な力を知りながら尚、そう思っているかのような気配。


 全身が粟立つ感覚は、レオドラートには懐かしいものだった。


 ……否、それだけでない。……周りにいるもの総てが、かつての我と同等か……!


 その圧倒的な存在の影に隠れる形となった4の精霊をレオドラートは感知する。その力は大地を照らす圧倒的な業火の惑星の前では霞むが、大海や、大嵐、極光や、暗黒、その事象を司る存在と同等のものがそこにはあった。


「どうした、突然固まって……レオドラート?」

「……ふむ。……我の相手が振り注ぐ陽ではないことに、胸を下ろしただけだ……」


 不思議そうに首を傾げたフィラルドに、レオドラートはそういった。

 その回答に対して質問を重ねようとしたフィラルドだったが、メルリナに声をかけられたので、レオドラートとの会話は途切れる。


「今回は、分け御霊ではないのですね」

「もちろんだ。お前の精霊を倒すには、万全を期して挑みたいからな」

「そうですか」


 倒すことは無理かもしれないと、メルリナは思った。


 いつものフィラルドは、宝玉が直径3センチ程の見た目より力が弱い分け御霊レオドラートを持ってきていて、今回もそれだと考えていたメルリナはため息を吐く。


(私の婚約者は、おそらく王太子様に決まりですか……。……いや、諦めるのは早いですね)

 ーー必ず1番を取らなければ。


 別に、王太子様と婚約をするのが嫌なわけではない。

 負けることが嫌なのだ。

 そんなメルリナは一糸の望みを胸に、最近契約を交わした水精霊を呼び出すことにした。

 出来れば呼び出したくなかったと、若干渋りながら。


「"我に従える水の精霊よ" ラーゴ出て来て下さい」

「チーっす! お嬢さん! 今日もかわうぃねー!」

「はい。そうですか」


 輝かんばかりの小さく青いペンダント型の宝玉が変化し、人の形を象った。

 青い髪はよくいるホストのように長めで、挨拶するときは即頭部付近で親指、人差し指、中指をぴーんと立て、声に合わせて手首をスナップし、鋭く揃った歯をのぞかせながら、ラーゴは笑う。

 心底鬱陶しいラーゴの態度に、メルリナはため息をついた。


「あらっ、なんかお疲れな感じっすか? もみます? 全身とかマッサージとかされたい感じっすか?」

「されたくないです」

「うっす! されたくなったらいつでも呼び出すんっすよ? お嬢さんの体をもみほぐすのも水精霊である俺の役目っすからね」

「精霊はそんなことしません」


 レオドラートのときとは全く違う、軽薄に感じられる精霊。

 手を、指を、ワキワキ動かしながら、マッサージするっすとか言ってるラーゴは、メルリナと契約するの3つ精霊の内、一番出すのが嫌であり、一番力が強いという、なんとも困った精霊だ。


「お、あっちになかなかかわうぃー娘がいるっすね! ちょっち、ティータイムに誘ってきていいっすか? いいっすよね!」

「駄目です」


 この訓練場にいる生徒に指を指してお茶に誘っていいかと問いかけるラーゴに、メルリナは冬の雪山のごとく冷たい視線を送った。


 即否定され、ラーゴは悲しげに下を向く。

 そして、泣いているのか体をぷるぷる震えさせる。


 いや、かの精霊は泣いていなかった。

 その震えが起きるのは悲しみの雫を堪えたからでは無い。

 歓喜。

 チャラ男精霊ラーゴは歓喜に震えていたのだ。


「……う、うぉぉぉぉーーーーッ! ヤキモチっすか!? ヤキモチっすね!? いやぁ! まさかお嬢さんからヤキモチを焼かれるとは、人生なにがあるのか分からないものっすね! フッ……! モテる男はツラいっす」

「違います」

「へへっ! 分かってるっすよ。全くお嬢さんは素直じゃないんすから」


 やれやれっと首を竦めたラーゴに、メルリナはさらに絶対零度のように冷たくなった視線を向けた。


 生徒達は今までメルリナが出していた契約精霊とは違う存在を見て思う。

(((メルリナ様三体も契約してるんだ凄い! 絶対精霊の選択を間違えてるけど!)))

 

 片や王者の風格がプンプン漂う精霊。

 片や香水の匂いがプンプンしてきそうなチャラい精霊。

 どっちが勝つか、今投票をするのなら12対0でフィラルドに総ての票が集まることだろう。


(主と精霊は似てくるって言葉もあるが、案外的を射ているな……! 王太子様の精霊は光輝な力に溢れてるが、一方やはり、負け犬の妹というだけあってあのような下品な精霊を従えているとは……。この学園に在席していることすらおぞましい!)


 クルスは侮辱を眼差しに込めて、メルリナを見つめた。


「……それにしても、懐かしい気配がするっすね」


 精霊は精霊同士に何か通じ合えるものがあるのか、不思議と同じ存在の気配を感じ取ることに長けているようで、ラーゴもレオドラートと同様にフラム達の気配を感じ取る。


「懐かしい気配……ですか?」

「そっす。以前の契約者の所で一緒だった精霊が、この学園にいるっすね! ……というか、フラムパイセン強くなり過ぎっす! なんすかこの気配!」


(と、いうことは、ロウさんもいるってことっすね)


 そうラーゴが考え込んでいるとき、メルリナは別のことを考えていた。


(以前の契約者のところで一緒だった精霊ってことは、その人も幾つかの精霊を従えていたってことでしょうか……? そして、軽薄な態度のおかげでラーゴが強力な精霊ってことをときどき忘れそうになりますが、そのラーゴを以ってしても強くなり過ぎといわれる精霊。……いったい誰が従えているというのです……!?)


 その精霊を従えているのは教師なのか生徒なのか……。

 メルリナは寒くなった背筋を気にしない振りにした。


「それで、お嬢さん。今回俺を呼んだのは、無理に婚約を迫る下衆男の精霊を退治するって内容でいいんすよね! 囚われのお嬢さんを颯爽と救って、キャーカッコイイラーゴ抱いてって言わせて見せるっす!」

「たとえ、貴方が勝利したとしても、そんなこと言いません」

「ウェーイ! 未来は分からないものっすよ! お嬢さんだってさっきヤキモチを焼いたんすから!」

「……はぁ、もうそれでいいです」


 煩わしいと、メルリナは思う。


 この精霊は契約条件も可笑しかった。

 魔力を差し出す代わりに、呼び出したら力を貸すという通常の条件の他に一つ。契約するときメルリナは自分の耳を疑った。


 その条件は、顔のほうれい線が今の2倍の深さになったら契約を解除する。というものだ。


 契約にあたり差し出さなければならない魔力量は、ラーゴの実力を踏まえたのなら、破格の少なさと言える。

 メルリナが後から聞いた話だが、ラーゴが契約する上で一番重要視した条件は、顔とスタイルの美しさらしい。

 本当に呆れた精霊です。と、その話を聞いたメルリナは思った。


「初めて見るなかなか個性的な精霊だな。メルリナ。……だが、そのような精霊で王家の守護精霊レオドラートを倒せると思うのか?」

「さあ、どうでしょう。しかし、残念ながらこの個性的な精霊は、私の契約する精霊の中で一番強いです」

「チーっす! 護るべき女を下して、己の手に収めようとする下衆には、負けるわけにはいかないっすね! そして、無意味に年月を経ただけの爺さんに負ける理由もないっすわー!」

「……ほう。……いうではないか若者よ……!」


 軽口を交わしあったところに、クルスの号令がはいる。

 その声は、レオドラートの風格に畏れを抱いているからか、とてもただの試験とは思えないほどの、緊張感を孕んでいた。


「……両者とも、準備はいいか」


 それは、試験が始まることを告げる声。

 そして、試験とはとても言い難い闘いの火蓋が切って落とされる。

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