誰もいない教室、精霊と伴に 精霊のイタズラ3
セイルリオス王国の中心部に聳え立つセントラル魔術学校高等部のC棟、ABC ある棟の内一番見劣りする3階建ての建物であるこのC棟3階の教室で、狼狽している銀髪の教師がいた。
さらに、その教師に寄り添うように12歳くらいの少女がいる。
しかし、突如として5の人影が現れて、教室内の人は7人となった。
いや、それは正しくないだろう。
なぜなら少女と現れた5の人影は、人間ではないのだから……。
「あはははは! ロウ慌て過ぎ! でも、ここは教室だし、今は教師の時間だから、気を取り戻して! レッツ深呼吸!」
口周りをぺろぺろされて慌てふためくロウに、一人の少女が近寄った。
赤い衣服で包まれた、黄色と赤のコントラストが綺麗な彼女はロウの契約精霊で火精霊フラムだ。
フラムは黒狼の少女をやんわりよかしてから、ロウの頬をペチっと軽く叩き、大きな声で注意した。
「あ、ああ。……す~……は~」
フラムのアドバイスに従って、深呼吸をロウはする。
空気を肺に取り入れて出すというだけ単純な作業なのに、ある程度は冷静さを取り戻すのだから、不思議なものだ。
「ありがとう。フラム」
「あはははは! どういたしまして! けど、宿屋に戻ってから見返りを貰うから、気にしなくてもいいよ!」
「何か欲しいものでもあるの?」
「違うよ! 欲しいものじゃなくて、やりたいことがあるんだ!」
「ふーん。どんなこと?」
ロウはフラムは何をしたいのだろうかと、内心ドキドキしながら聞いた。
すると、フラムはいつもの元気一杯な……そう、いつもと変わらない笑顔を咲かせて、こう応えたのだ。
「親鳥が雛鳥に対して、餌を与えるとき嘴に銜えて渡すでしょ! あれをやってみたいんだ!」
「ん……?」
ロウの脳裏になんだかさっきの口元ぺろぺろのような破廉恥を予感した。
そして、そんなわけないかと、それを打ち消すため首を捻ってフラムの次の言葉を待つ。
「……だからね! 簡単にいえば食べ物の口移しをしたいんだ! あはははは!」
…………。
む し ろ レ ベ ル が 上 が っ て る 。
顔を赤くすることなく、屈託のない笑顔のままフラムは願いごとを話す。
対象的にロウの顔は真っ赤に染まっていた。
「そ、それは駄目だ! 食べ物の口移しなんて、ふ、不潔だ!」
「あはははは! ロウはおかしなことを言うね! 精霊はもともと意思を持った魔力の集合体だから、そこまで不潔なんてことはないよ!」
「そ、それでも、女の子の姿でそんな……婚前の男はみだりに誰彼構わずキスとかしない! しちゃいけないんだ!」
「ん? 何言ってるのロウ! この姿ではしないよ! 私、鳥の姿になってしたいんだ!」
「そ、そういうことか……。なんだ……よかった」
オスクーロに口元を甜められるだけでもあんなにドギマギしてしまうから、口移しなんてした日には目も当てられないほど悶えてしまいそうになるだろう。
そんな事態にならずによかったと安堵したロウ。
しかし、
「あはははは! でも、この姿で口移しもいいかもね! 宿屋帰ったらやってみる?」
「っ…………!」
墓穴を掘ってしまったようだ。
フラムは口元に人差し指を指し、ニッと笑っていった。
フラムのその笑みと言葉で、まるで精巧に出来た蝋人形のように動きが固まったロウだが、顔だけは瑞々しいりんごのように赤く染まっていくので、辛うじて人間だと認識出来る。
「あ……、じょ。冗談だよ……!」
流石にそこまで固まるとは思っていなくて、ロウが思っていた以上にこの見た目だと女の子扱いするものだから、何故だが急にフラムは恥ずかしくなった。今の顔をロウに見られることすらも、恥ずかしくて恥ずかしくてフラムはゆっくり下を向く。
「フラム……。次、イタズラしたら特製ドリンクを飲むって約束したよね。鳥の姿なら口移ししてもいいけど、それが終わったら飲んでもらうよ」
ロウにとっては今のは立派なイタズラであった。
「ヴェッ! それは嫌だ! そもそもイタズラはしてないよ!」
しかし、フラムにとっては違う。
下に向けていた視線を、超速で上げながらロウにフラムは視線を合わせた。
ロウ特製ドリンク……いや、信頼破壊ドリンクを飲むのは嫌だけど、一瞬にして気恥ずかしさが無くなったものだから、このとき少しだけフラムは信頼破壊ドリンクに感謝した。
「絶対やだ! 甘くて辛くて酸っぱくて苦くてしょっぱいあんな劇物飲めないよ!」
感謝はすれど……。飲むのはやっぱり嫌だったようだ。
フラムとロウが戯れている横で……。
ジーーーーーーーーーー……。
マーレはジッとロウに視線を向けている。
ジーーーーーーーーーー……。
それはそれはジッと。
ジーーーーーーーーーー……。
ジーっと見つめている。
ジーーーーーーーーーー……。
戯れが終わるのをただただ無表情で待ち構えながら。
心中でフラムに酷く暗い感情を抱きながら、それはおくびにも出さないでロウに構って貰うのを待っていた。
そこに歩み寄る、黒い影。
闇精霊のオスクーロだ。
「クスクス、愛しの愛しのロウ君がぁ、なかなか構ってくれないねぇ♪ マーレちゃん?」
オスクーロはマーレを嘲笑うかのようにニッコリ笑っていて、その顔がマーレの心を逆撫でする。
まるで、自分の行動を馬鹿にされているみたい腹が立った。
ジーーーーーーーーーー……。
「…………五月蝿い……」
「あれれぇ? 何か怒りの琴線にふれちゃったぁ? 先に謝っておくよ、ごめんねぇ? クスクス、でもぉ、ロウ君はモテモテだからぁ、ただ見てるだけなら、一生構われないかもねぇ♪」
ジーーーーーーーーーー……。
「…………そんなことない。……ロウは……私のことで、悩んでる……。……仲良くなれないかって……だから、私のこと気にかける……絶対」
オスクーロは思った。
マーレちゃん。面倒くさい。
「ふぅん。悩ませることで気を引くなんてぇ、馬鹿みたいだねぇ?」
ジーーーーーーーーーー……。
「…………五月蝿い……」
「クスクス、本当は悩まなくていい事をロウ君に背負わせてぇ、その悩み事で気を惹いてロウ君に構ってもらうのぉ、って本当に馬鹿というかぁ、迷惑だよぉ。そんなことしないとぉ、ロウ君に構ってもらえないとでも思ってるのぉ?」
ジーーーーーーーーーー……。プイッ……。
違う。違う。違う。
ロウは私が嫌いじゃないから、構ってくれる。
それは、けして、嫌われているわけじゃないから……。
でも、それは目の前のオスクーロや他の精霊よりも好かれているって意味じゃない。
皆はロウのことが好きで、ロウは皆のことが好き。
今、ロウは誰が好きとかの優劣はフラムが断トツで好かれている以外、あまりないのかも知れないけど、いつかは差がつく。
なのに、ロウの心を揺さぶるのはオスクーロや他の精霊の方が上手いから。
だから、ロウの心にどんな形であれ入り込まないと……。
少しでも長い時間私の事で悩ませないと……。
……いつか、私の事を、考えなくなっちゃうでしょう?
そうは思っても口に出せないのがマーレで、再び悪態をつく以外の選択が思いつかないのだ。
また、それだけの理由ではなくて、最近ロウの顔を見てると頭が真っ白くなる。
意味不明な緊張感で恥ずかしくて落ち着かないのだ。
そんなマーレの内心はこれっぽっちも知らないオスクーロは、首を傾げ笑う。
「マーレちゃんはぁ、ロウ君を悩ませたいのぉ? 喜ばせて好かれるより悩ませて気を引きたいのぉ?」
ジーーーーーーーーーー……。
「………違う……」
「じゃあ、喜ばせたいんだねぇ?」
ジーーーーーーーーーー……。プイッ。
マーレはオスクーロから視線を外して、暫く黙った後コクリと頷いた。
その返答に笑いながら、オスクーロは尻尾を大きく一振りする。
「クスクス、そっかぁ。よかったぁ。じゃあ、ロウ君の役にたってくれるぅ?」
ジーーーーーーーーーー……。
「…………何するの……」
「簡単なことだよぉ。ーーーー」
オスクーロのその提案に、少し考えた後にマーレはコクリと頷いた。