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第7話

『今日は宴よ!!!』


 そんなチャットという名の銃弾がスマホに撃ち込まれたのは16時を過ぎた頃。


『突然どうした』


 宴と言うからには思い浮かぶのは美味しいご飯に浴びるほど飲むお酒。

 しかも明日は土曜となれば、これはエンドレスなやつか?

 企画課の打ち上げはこんな時期じゃないし……何かあったっけ。


『私の企画が会議で通りました!うーん、やっぱり鳴宮さんってば天才かも』


 素直にすごいと思う。

 不定期に開催される企画会議。魑魅魍魎跋扈するあの課で合意を得られることの、なんと難しいことか。


 一体どんな企画なのかは後で帰ってきてからのお楽しみだな。


『おめでとう、そりゃ確かに宴だ』


 朝よりもかなり嵩の減った処理待ちボックスへと視線を向ける。


『俺は早く帰れそうだから、家で風呂とか先に入っちゃうな。明日も休みだしゆっくり飲んできな』


 ぐぐっと腕を上に伸ばす。

 少し、ほんの少しだけ嫉妬がないかと言えば嘘になる。


 新卒でこの会社に入った時、先輩たちがどうやってあの企画会議を通り抜けたのか心底疑問だった。

 彼らと同じステージに立てる日が来るのだろうか、なんて悩んだことも一度や二度じゃない。


 それが今はどうだ。

 俺は経理に異動してあいつは企画のまま、会議で易々と勝利を掴むまで前に進んでいて。


 ただ、それが才能のせいだなんて言わない。

 昔はよわよわメンタルで泣き虫だった鳴宮が、ある日自分を鼓舞して尚も立ち上がったことを、そこから血のにじむような努力を重ねたのを、同期として一番近くで見ていたから。


「この鳴宮ひなの一度決めたことが、叶わないとでも?」


 いつか強くなった彼女の吐いた言葉が、未だ胸に刺さって抜けない。

 確かに、あの瞬間確かに俺は彼女に勝てないと、未来への渇望が足りていないのだと自覚した。


 いつだってそうだ。

 彼女が「カラスを白くする」と言ったら、どんな手を使ってでも白くする。

 方法なんて後からついてくるもので、一羽一羽塗るのか、Ctrl+Aで全選択して書式を変えるのか、はたまた俺たちの黒と白の概念を入れ替えるのか。

 どんな手を使っても、たとえそれが詭弁だと言われようとも、彼女はカラスを白くするのだ。


 そうやってこの会社の最前線をヒールで爆走してきたからこそ、言葉には確かな重みが宿っている。俺程度の肩では支えきれないほどに。


 少し昔を懐かしんでいると、スマホが震える。


『何言ってるのよ、あなたと飲むの!今日!』


 ぷりぷりと怒ったスタンプが添えられている。

 彼女の当たり前に自分がいることに安心感を覚えて口元が緩む。


 ふと、偽装だと騒ぐ割にはこの生活が嫌いじゃない自分に気付いた。


 他の課には伝わらないが、企画課で会議を通すのはとてつもない苦難の連続なのだ。

 だからこそ、勝利を掴み取った宴もちょっとは奮発していいんじゃないだろうか。


 心の中に漂う後悔と賞賛、ほんのちょっとの嫉妬心をミキサーにかけて立ち上がる。


 深く息を吐いてスマホに指を走らせる。

 さて、妻を祝うために予約でもしようか。所詮、しがない夫ができるのはそれくらいなのだ。


◆ ◇ ◆ ◇


 集合は駅前。

 流石にお見合いの時のような高級店は予約できなかったが、会社から数駅の居酒屋を押さえられた。金曜日にこれは奇跡と言って差し支えない。


 お高い店は誕生日にとっておこう。


「やっほ〜旦那様!」


 ひょこっと顔を出したのは鳴宮。

 朝は家で、昼は会社でも見かけたが夜の繁華街に照らされた彼女はどこか大人っぽく見えて。

 それよりも。


「その『旦那様』ってのやめない?鳴宮」


「むぅ……じゃあなんて呼ぶのよ」


「いつも通り『藍野くん』でいいだろ」


「それじゃあ会社と一緒じゃない」


 一体なんの不自由があると言うんだ。別に誰に聞かせる訳でもないし。


「しかもそれを言うならあなたもでしょ、私のこと鳴宮鳴宮って。私もう藍野なんですけど〜?」


 ツンと唇を尖らせた鳴宮は、おもむろに歩き始める。

 置いていかれないよう俺も足を踏み出した。


「でも会社では鳴宮で通してるだろ」


 並んで歩くと、まだ企画課にいた頃を思い出す。


「そんなこと言っていいのかしら……私はいつだってあなたの姓を名乗る準備はできてるんだから」


 彼女がやると言ったらやるのだろう。そもそもこの偽装結婚の話を受けてしまった時点で、俺に勝ち目なんてないんだが。


 不意に左腕に軽い衝撃。次いで感じる温かさ。

 腕を組まれていると気付いた時には、もう解けないほど強く密着していた。


「おい、」


「夫婦だもんね」


 足を持ち上げるペースが遅くなっていく。

 きっと世の普通の夫婦は、結婚する頃には足並みが揃っているものなんだろう。


「偽装だけどな」


「風情がないわね。偽装でも何でも、あなたは私の夫。妻が夫の腕をとるのなんて当たり前じゃない?」


 やはり鳴宮を説得するのは一筋縄ではいかない。


「それにしてもまさか予約までしてくれるとは思ってなかったわ。家で缶ビールでもよかったのに。帰りのスーパーで色々買ってさ」


 でもたまにはやり返してもバチは当たらんだろう。

 これはこれで彼女の思惑通りかと思わなくもないが。


 頭の中に浮かんだ言葉が、まるで意思を持っているかのように口から飛び出していく。


「それを言うなら、妻の頑張りを夫が労うのにも理由は要らないだろ?」


 あんぐりと口を開けた鳴宮、満足感がじんわりと胸を満たしていく。

 やられっぱなしは性にあわない、ただそれだけだ。

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