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第26話

 体調が回復した翌日、俺は会議室に呼び出されていた。


 おかしいと思ったんだ。

 いつもは会社の最寄り駅に着いたら何も言わずスっと離れていく鳴宮が、「じゃあまた後で!」なんて意味深な言葉を残していくから。


「あらこんなところで奇遇ね?」


 会議室の前で鳴宮は笑う。なーにが奇遇だ、予定調和じゃねぇか。

 彼女の持ち物はペン1本にメモ帳のみ。


「知ってたな?このこと」


 対する俺はPCにタブレット、メモ帳にペンケース、重装備だ。

 そりゃそうだろ、突然企画課の課長に要件もわからないまま呼ばれたんだから。


「んふ、実はね。あなたがお休みしてた間にちらっと聞いてたのよ」


「そうなのか……話の触りだけでも教えてくれよ、どの件で呼び出されてるのかわからなくて怖いんだよ」


「え〜〜、私が言っちゃうとおもしろくないからなぁ」


 からかうような声で彼女は笑う。


「そこをなんとか、夫婦のよしみで」


「だめよ、都合のいい時だけ夫婦になろうとするの」


 口元に手をかざして彼女は笑う。

 ほんと、会社で見る鳴宮はどこぞのご令嬢かと思ってしまうな。


「というか、都合がいいからって結婚しようって言ったのは元はと言えばなるみ……」


 反撃を開始しようとしたところで目の前のドアが開く。

 顔を覗かせたのは企画課の課長。


 一連の会話、聞かれてないよな。

 つぅ、と背中を一筋の汗が伝う。


「お久しぶりです、課長」


 何はともあれ挨拶だ。仮にも社会人を数年してるわけだし。


「おう!久しぶりだな藍野!鳴宮もそんなところで突っ立ってないで入れ入れ」


 俺が鳴宮に投げた言葉は宙に浮かんだまま。

 彼女を盗み見ると、こちらに向かって舌をちろりとだしていた。

 こいつ……!


 中に入ると壮年の男性が三人、柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 左から人事課長、経理課長、企画課長だ。あれ、確かこの三人も同期なんだっけ?


 そんなことを考えていると彼らの対面に座るよう促される。

 なんだこれ、面談というより面接じゃねぇか。

 隣の鳴宮は自然体だし……。くそ、やはり情報は武器だ。知らないだけでこんなに怖いんだから。


 周りを見回しても俺たち以外に人はいない。


「それで、今日来てもらったのは……」


 人事課長が口を開いた。

 手のひらに汗が浮かぶ。


「君たちが結婚した件について、」


 彼の言葉が耳に入って脳に届く前に身体が硬直する。

 おいおいついにバレたか……いや、人事課長だからそりゃ知ってるか。

 待てよ。だとしても他にこのことを知らない人がいる前で個人情報を堂々と話すか?


 そこから導き出される結論に目を覆いたくなる。

 いや、もはや多分無意識に手が持ち上がっていた。


「冗談冗談、そんなことはどうでもよくて」


 ハッハッハと高笑いをしながら課長が手を振る。


「課長、どうでもよくないですよ〜!」


 きゃっきゃっと盛り上がる俺以外の4人。やっぱり全員にバレてるじゃねぇか。

 鳴宮が言ったとは考え難い。なんだかんだ約束は守るやつなのだ。


 じゃあ花巻か?それも違うだろう。

 他課の上司とわざわざ俺たちの結婚について話すほど、うちの課長とかと仲良くないだろうし。


「色々考えてるとこアレだが、割と前からそうじゃないかって俺たちは思ってたからな?まぁまぁ他の連中には言ってないから安心してくれ」


 笑いを堪えながらそう言ったのは企画課長。


「ありがとうございます?」


 よかった……いや、よかったじゃない。

 今までうちの課長と真面目に話してた時も全部バレてたってことだよな。

 穴があったら入りたい。


 しかし、そのためだけに俺と鳴宮を呼んだわけじゃあるまい。


「まぁまぁその辺にしといてやろうぜ」


 うちの経理課長がパンパンと手を鳴らす。


「すまんすまん、ちょっと反応が面白すぎてな……俺と経理課長、企画課長の三人で呼び出しって意味わからないと思うが、こういうことは一気にまとめて伝えた方がいいと思って呼ばせてもらった。どうする?説明は……」


「じゃあ俺からしようか」


 バトンが企画課長に渡る。

 そういえばこの三人に呼ばれる意味がわからない、特に人事課長。

 そんな一職員の、というか二職員だけど、結婚ごときで出てきていいメンツじゃない。


 内心穏やかじゃないが、なんとかまとも風な顔を作り上げる。


「この前のコンペの結果の件だが」


 背筋が伸びる。ごりごり仕事の話か。

 確か結果って全職員通知じゃなかったっけ……。


「あー、細かいことは省略するけど、最優秀賞ではなかったんだが」


 その一言で身体の力が抜ける。そうか、やっぱり……と言うには悔しいが、届かなかったか。

 もし鳴宮がプレゼンしていたら結果は違っていたんだろうか。


「落ち込むの早いって。最優秀賞じゃなかったが、あまりにも堅実で実現可能性が高いから、企画課預かりで稟議を回そうかと考えていてな」


 は?そんなことあるのか?

 ということは実質企画会議通ったのと同じじゃないか……。


「ただ一つ問題があって、企画課預かりにしてしまうと、鳴宮はいいが藍野は関われないだろ?だから」


「ここからは俺が話そうか」


 再び人事課長が言葉を引き継ぐ。

 この先の展開が読めてしまった。だからうちの経理課長も同席してるのか。


「まぁ普通は絶対やらないんだが、藍野君は企画課出身だろ?だから……これは経理課長の許可をもらったうえでの提案なんだが、任期付きで企画課と経理課を兼務しないか?」


 そう来るだろうな。

 まさかこの会社で二つの課に籍を置くことになるとは。


 社会人になって数年、企画会議を初めて通した時と同じような興奮が胸を支配する。


 返事なんて迷うはずがない。しかも相方は正真正銘鳴宮だ。

 頼りがいは随一だ。


 さぁ、久しぶりに古巣の実働部隊として動く機会がもらえるんだ。


 隣から嬉しいオーラが出ているのが照れくさい。

 でもこんな楽しいこと、逃す訳にはいかないのだ。


 押さえられずに口の端が持ち上がる。

 俺は今、どんな顔をしているんだろう。


「えぇ、喜んで」


 口から吐き出された言葉は、自分で思っているよりもはっきりとしていた。


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