第19話
「いよいよね」
会議室の外で鳴宮に話しかけられる。周りを見回すも、他の社員は誰もいない。
ここは愛しき我が社のとある会議室……の外。
現在中ではコンペのプレゼンが粛々と行われている。
「久しぶりだ、プレゼンなんてするの。あー緊張してきた……どうだ、今からでも話すの代わらないか?鳴宮」
「人って緊張すると饒舌になるって本当だったんだ」
ソワソワしている俺を見て、鳴宮は楽しげに口の端を持ち上げる。
「お前は余裕そうだな」
「これでも場数はあなたより多いからね」
ノートPCに映るスライドの最終確認をしながら、彼女は鼻歌さえ歌っている始末だ。
くそ、人間的な能力の差を見せつけられている。
「それでは中へどうぞ〜」
二つ前のプレゼンが終わったのか、総務の社員から声をかけられる。
聞けば、このコンペへの応募総数は20を超えたとのこと。
この厳しい世の中でも、もしかして我が社の未来って明るいのではと思ってしまう。
自主的にこれだけ集まるの、いい意味でみんなかなり意識が高いな……応募している当人が言うのもおかしな話だけど。
「はい、藍野くん」
百戦錬磨の相棒から差し出されたのは拳。
懐かしい。二人で燃えてる案件の対応した時には、いつもこうやって拳を合わせてたっけ。
「懐かしいな」
「えぇ、とっても。どうせ今回もどうにかなるわよ」
前向きに投げやりな言葉が俺の背中を押す。
「正直言うとびびってる、でも」
散る時は華々しく往くのが人情ってもんだろ。
「やらないと終わらないからなぁ」
「ん、今日の夜はとびっきり美味しいもの食べましょうね」
家ではよく見るふんわりとした笑顔を一瞬だけ浮かべると、すぐに凛々しい表情に切り替えて、鳴宮は先陣を切って会議室に入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
他の発表者のものと比べると、俺たちの「某ターミナル駅イベントスペースでの体験型出展」は地味だと思う。
大きな会社とのコラボや数年単位の計画でもなければ、特にSNSで不特定多数の参加者がいるわけでもないし。
しかし本当に大切なのは、何に基づいてその企画を行うか、どこに熱い思いを掛けるかだ。
広報的にはどかんと一発認知度を上げた方がいいのはもちろんだが、俺は実際に目の前にいる人に製品を手に取ってもらって、良さを実感して欲しかったのだ。
見栄えの良さにとらわれてあやふやな根拠で発案なんてしてみろ、プレゼンは通ったとしても稟議の途中でありとあらゆる上司にボコボコにされるのが見えている。
苦しくも懐かしい思い出に浸りながら粛々とプレゼンを進める。
数分話すだけだというのに、手は汗でびっしょりだ。
鳴宮はと言えば、涼しい顔で終始ノートPCのキーボードをぽちぽち押してスライドを切り替える係に徹している。
久々に大勢の前に立つと蘇ってくるのは数年前の日常。
ヒリつくような、それでいて今は自分が主役だという、心臓から熱いものが溢れてくる感覚だ。
何が一番恥ずかしいって、企画課の連中は最後尾の席を陣取って「まぁ藍野が喋るだろうな」と言わんばかりにうんうんと頷いていることだ。
授業参観での発表かよ。
「それでは、ご清聴いただきありがとうございました」
永遠にも一瞬にも感じる15分、他課の人間から「お前が喋るんかい」という視線を受けながらも、なんとかプレゼンは終了した。
気持ちはわかる、だって相方は鳴宮だぜ?
プレゼンの結果は後日発表とのこと。
そりゃそうか、20組以上の企画を審査しなきゃだもんな。
会議室の外に出てため息を一つ。
「お疲れ〜ありがとな」
「いいえ〜お疲れ様!続きは帰ってから、ね?」
パチッと片方だけ閉じられるまぶた。
「やめろ、こんないつ見られるかわからないところで……」
「見られなければいいってこと?そしたら今度二人で会議室とって……」
「はいはい、冗談冗談」
挨拶もそこそこに経理課に戻る。
企画課にいた時期の方が長いはずなのに、無性に安心感を覚える。
あぁここでは自分発案の企画でボロボロになることもないんだって。
雑多に書類が散らばった机の上には、先程まではなかったお菓子が丁寧に並べられていた。
「これは……?」
隣でばりばりと書類を捌く先輩に問いかける。
手を止めて、彼は嬉しそうにこちらを振り向いた。
「普段あんまり自分の意見を言わないお前が、突然企画コンペに出るとか言うから、その労い」
なんだかつい最近も大量のお菓子をもらったばかりなのに。
ありがたいやら照れくさいやらで、思わず顔を背ける。
「……すんません、ありがとうございます」
「いいってことよ!んで久しぶりのプレゼンはどうだったんだ」
「めちゃ緊張しました。もう一回企画課戻れって言われても厳しいっすね」
「よかったよかった!これを機に企画マンに戻りたいとか言われたら、うちの係が終わるぞ」
先輩は快活に笑いながらも、再びPCに向き直る。
プレゼンが終わったとて経理の仕事がなくなるわけではない。
俺も隣に倣って画面へ視線を向ける。
「この量の仕事を残して異動なんてできないっすよ」
今日も残業だよと主張する未着手の業務たち。
さてさて、どれから調理してやろうか。美味しいご飯を食べるって鳴宮と約束したんだ、さっさと片付けなければ。
今日の結果がどうであれ、もう一度彼女と一緒に戦えたという事実が、いつか俺の心を軽くするんだろう。
そんな予感めいた期待を胸に押し込めて、俺は企画課から回ってきた詰めの甘い予算書を手に取った。




