第14話
「夏、そう、夏をしたい!」
土曜日の夜、そんな一言が部屋に響き渡った。
ソファに倒した身体を起こしてみれば、片腕を天高く突き上げた鳴宮が視界に映る。
「……どうした突然、発作か?」
こいつも仕事でストレス溜まってるんだろう。今日くらいは優しくしてやるか……。
「失礼ね!このまま毎日を過ごしてたら、夏なんて一瞬で終わっちゃうと思ったの!その優しい顔やめて。私は正常よ」
確かに。
社会とかいう流れの早い川に飛び込んでから、毎日が一瞬で過ぎていく。
きっと学生時代とは一日の密度が違うんだろう。
「まぁ……それはそれでありがたいんじゃないか?暑いし」
もう俺の心は秋を心待ちにしてるよ。
ドアを開けて「あ、季節が変わったな」と思うあの瞬間がたまらなく好きだ。だから夏よ、早く終わってくれても構わん。
「そうだけどそうじゃないの〜せっかく結婚したんだから一緒に夏しましょうよ〜!」
鳴宮はアウトドア派、俺は言うまでもなくインドア派だ。
「夏なぁ〜ベランダでビールとか?後はクーラーの効いた部屋でアイスとかか?」
思いつく俺なりの夏を提案する。
「どうして家でできることだけなのよ……もっとあるでしょ、海とかプールとか」
「全部水系じゃねぇか!あと外だし。見てみ?気温」
「藍野くんはもっと外に出るべきだと思うの」
そう言いながらも、鳴宮は冷凍庫からアイスを二つ取り出して俺の寝転ぶソファに雪崩込んでくる。
素直じゃないやつめ。
「とかいいながらアイスは食べるんだな」
「そりゃ愛しの旦那様からの提案だからね」
ぴりっと包装紙を破って、チョコでコーティングされたアイスが目の前に差し出される。
「お、ありがとう」
手を伸ばして受け取ろうとするも、スッと避けられる。
巷で噂のトルコアイスかよ。
「え、なんで……」
「せっかく食べる方を向けてあげてるんだから、口でいきなさいよ」
「んな恋人がやるようなことを」
「夫婦だから大丈夫。私たちの勝ちよ」
何と戦ってるんだ。
言い争っても勝てる未来が見えないので、大人しくパクッと一口。
舌を覆う冷気、チョコのほどよい苦さとバニラのはっきりした甘さ。
「美味しそうに食べるじゃない」
「やっぱ夏に食べるアイスが一番美味いからな。あ、それ貸せよ」
アイスの袋を奪って開けると、彼女に向けてアイスを差し出した。
さっきの仕返しだ……と思ったのも束の間、鳴宮は迷いなく大きく口を開けてアイスを咥えた。
「……羞恥心とか抵抗とか無いのか」
「そんなもの、企画課に入ってからシュレッダーで粉々にしたわ」
「企画課の人間が全員そうみたいになるだろ、少なくとも俺にはあるからな」
鳴宮はぎゅっと目を閉じている。
「あーあー、そんながっついて食べるから……」
「だって藍野くんがこっち向けて『ほら、舐めろよ』って」
「存在しない記憶を捏造するな」
ソファに身体を預けて考える。
夏、なぁ、どこかに行ってもいいが……。二人の希望を同時に叶えられるイベントがないものか。
「あっ!」
既にアイスを食べ終えて、スマホを眺めていた鳴宮が声を上げる。
頭をキーンとさせていたとは思えない速度。
「旦那様、明日のご予定は?」
「家でごろごろする」
「じゃあ大丈夫ね」
家でのごろごろも立派な予定だろうが。
「これとかどう?急だけど、明日近くでお祭やるって」
小さな画面に目を凝らす。
本当だ、近くの公園で祭をやるらしい。しかも花火まで。
ただ、日曜晩に人混みに揉まれるのか……。
でもこの前二人で出かけたいって言ってたしここは。
「行くか」
まぁそもそも彼女の尻に敷かれている以上、断るなんて選択肢はないんだが。
「やったー!!!!ありがと、藍野くん!それでねそれでね、せっかく夫婦なわけじゃん?」
彼女の勢いに押されて思わず頷いてしまう。
なんだなんだ。
夫婦だからこそ祭でできることってあるか?
「だから二人ともが満足できるプランでいきたいの」
鳴宮は貪欲だ。
AとBどちらかしか選べなかったとしても、もっといいCという選択肢を生み出したりする。
「そんなアウトドア派のお前とインドア派の俺が両方納得することあるか……?」
「んーとね、夕方前の空いてる時に屋台で焼きそばとか買って、夜はベランダでお酒飲みながら花火見ましょ!きっとこの高さからなら見えるわよ」
俺と同じようにソファに沈み込みながら、彼女はにっこりと笑った。
妻が優秀で助かるよ、ほんと。
そもそも、うちの戦友が「夏をしたい」と言えば、どれだけゴネても結局することになる。
だったら俺は、賑やかしの一員として一緒に楽しむのがベスト……とは言わなくてもベターだろう。
「さすが鳴宮」
「んふ、でも、褒める時くらいは下の名前でひなって呼んで欲しいかも」
やっぱり彼女は貪欲で、そこが魅力の一つなんだろう。




