7話
灼熱が廃屋を呑み込んだその頃――。
静まり返った屋敷の一室で、ルシアンは本を閉じ、ふと顔を上げた。
深紅の瞳が細められる。
(……燃えたか)
ただの炎ではない。魔に由来する独特の揺らぎが、遠くからでも鮮明に届いてくる。
ルシアンは窓の外に視線を投げたまま、感情の色を映さぬ横顔をしていた。
そこへ足音が近づき、扉が叩かれる。
「失礼いたします」
入ってきたユーリックに、ルシアンは窓の外から視線を外さぬまま、低く言葉を落とした。
「出かける準備をしろ」
「はい。どちらへ行かれるのですか?」
「城だ」
つい先ほど報告を終えて戻ったばかりの場所。
その名を聞かされ、ユーリックは思わず目を丸くする。
だが驚きは一瞬だけだった。主の命に背く理由などない。
胸中にわずかな戸惑いを抱えながらも、ユーリックは静かに頷き、すぐさま出立の支度に取りかかった。
――謁見の間。
玉座に座すハインリヒ王のもとへ、伝令が駆け込んできた。
「……陛下。街外れへ向かった兵士たちと、連絡が途絶えました」
広間にざわめきが走る。
ハインリヒ王はすぐに手を上げ、静けさを取り戻させると、深く眉を寄せた。
「……ただの遅れであればよいが。」
低く呟き、王は顎に手を添えて思案する。
再び兵を送るべきか――だが、同じ道を辿らせれば無駄に犠牲を重ねるだけかもしれない。
重苦しい逡巡が広間に落ちた、その瞬間。
重々しい扉が開いた。
夜の闇を背負うようにして、ルシアンとユーリックが姿を現す。
広間の視線が一斉に注がれる中、ルシアンは足を止めず玉座へ進み、膝をつくユーリックの横に立った。
「お困りのようだな?」
白々しく放たれたその言葉に、広間の空気が一瞬張り詰める。
「……何か知っているんだな?」
玉座から鋭い問いが放たれると、ルシアンは口端をわずかに歪めて応じた。
「無闇に兵を追加で送り込まなかったのは、褒めてやろう。無駄死にを重ねずに済んだのだからな。――私が戻るまで待っていたまえ」
その宣告に、広間がざわめき立つ。
その声をかき消すように、甲高いが真っ直ぐな声が響いた。
「でしたら、私も……!私も連れて行ってください!」
勢い込んで前へ進み出たのは、第二王子ジークベルトだった。
幼さの残る顔に精一杯の決意を浮かべ、父王を見上げる。
「お願いします、父上!どうか私にも行かせてください!」
しかし当然、ハインリヒ王の表情は硬い。
「ジークベルト……軽々しく口にするものではないぞ」
叱責の声に、ジークベルトは拳を握りしめる。
「ですが父上、兄上のようにこの国の力となりたいのです。私にだって――役に立てることがあるはずです!」
若さゆえの焦りと真剣さがにじむ言葉に、広間の視線が集まる。
その張りつめた空気を、ルシアンの低い笑い声があっさりと切り裂いた。
「いいじゃないか。お前もこの頃の歳に、私に同じことを言ったものだろう?」
にやりと茶化すように放たれた言葉に、ハインリヒ王の眉がぴくりと動き、険しい声が返る。
「……子供の頃のことを掘り返すな」
その一言に広間の空気が張り詰める。
ジークベルトは肩をこわばらせ、ルシアンだけが面白そうに黙していた。
やがて、長い沈黙を経て――ハインリヒ王は深く息を吐いた。
「……仕方あるまい。ヴォルコフ卿が同行するのならば任せよう。ただし無茶はするな」
「ありがとうございます!」
許可の言葉を聞いた瞬間、ジークベルトの顔がぱっと明るくなる。
真剣な空気の中でも、隠しきれない喜びが表情ににじみ出ていた。
胸を張り、小さく拳を握りしめる。
――今度こそ役に立つのだと、若き王子の瞳は力強く輝いていた。




