8話
ジークベルトの瞳は輝いていた。
父王ハインリヒから任を与えられたことも大きいが、それ以上に普段は遠くから眺めることしかできなかったルシアンが、今こうして目前にいる。その事実が、若き王子の胸を熱くさせていた。
やる気と興奮は抑えきれず、声となって迸る。
「――あのっ……ルシアン様と共に行動できるなんて、光栄です!」
真っ直ぐに向けられた眼差しに、ルシアンは悪い気はしないようで、わずかに応じる。
その様子を横で見ていたユーリックは、なんとも言えぬ複雑な表情を浮かべていた。
道すがら、ジークベルトの質問は絶えることがなかった。
――父上はどのような幼少期を過ごされたのか?最も苦戦した敵は誰だったのか?いつからこの城に関わっているのか?
矢継ぎ早に投げかけられる問いに、ルシアンは歩を止めることなく答えていく。もっとも、その返答はいずれも真実を包み隠し、時に笑みを浮かべて適当にいなすものばかりだった。
真剣に耳を傾けるジークベルトの横で、ユーリックは淡々と歩を進めつつ、ちらりとルシアンを一瞥する。――その主が、どこまで本気で語っているのか、分かりきっているからこそ……。
やがて、彼らは街外れの廃屋に辿り着いた。
現場はすでに酷烈な爪痕を晒していた。焼け焦げた残骸すらなく、文字通り灰も残らぬほどに呑み尽くされている。
その光景に、ジークベルトは息を呑み、言葉を失った。
「……人間の仕業ではない、ですね」
沈黙を破ったのはユーリックだった。冷ややかな声が薄暗い室内の空気を切り裂く。
ルシアンは頷きもせず、ただ深紅の瞳を細め、虚空を見据える。
「魔による発火。……この程度に収まったのは奇跡だな」
低い呟きは、陽光の下でなお重苦しく響き渡った。
ジークベルトは堪えきれず、一歩、焼け跡へと足を踏み入れた。
「何か……手がかりが残っているはず」
灰ひとつすらない地面をかき分け、必死に探そうとする。だが、次の瞬間――足元から微かな魔力が揺らぎ、陽炎のような赤が立ち上った。
「殿下!」
ユーリックが咄嗟に叫び、彼の腕を掴んで引き戻す。直後、地表に潜んでいた火が弾けるように燃え上がり、空気を焦がした。
「……命知らずめ」
ルシアンが低く吐き捨てると、ひと振りの仕草で炎は霧散した。
ジークベルトは荒い息をつきながらも、まだ悔しげに地面を睨みつけている。その背を、ユーリックがきつく押さえ込んだ。
「ご無事でよかった。しかし――軽率が過ぎます」
ジークベルトは唇を噛んだ。悔しさと情けなさが胸に渦巻く。
だが、それを言い返すことはしなかった。代わりに、ぐっと拳を握りしめて小さく頭を垂れる。
「……私の判断が軽率でした。ご迷惑をおかけしました」
真摯に謝罪の言葉を口にしたその様子に、ユーリックはわずかに驚いた表情を見せる。
ルシアンは赤い瞳を細め、低く告げた。
「いい心がけだ。ただ――謝るのは最後の手段だ。次は、謝る前に考えろ」
重く響く助言を、ジークベルトは真剣に受け止め、力強く頷いた。
「とはいったものの、人間に魔力を感じ取るなど無理な話か」
ルシアンがぼそりと呟き、指を軽く鳴らす。
すると廃墟の周囲――瓦礫や壁の陰、地面の隙間から、赤々と炎が立ち上がった。だがそれは瞬く間に掻き消え、跡には黒い煤だけが残る。
「こんなに仕掛けてあったのか。用心深いやつめ」
淡々と告げる声に、ジークベルトは思わず身を固くした。
自分が気づかず踏み込んでいたら、と思うだけで背筋に冷たいものが走る。
「……さすがルシアン様!」
恐怖と興奮が入り混じった声を上げるジークベルトに、ルシアンはほんの一瞬、目を細める。
かつて同じように無邪気に声を上げていた幼いユーリックの姿が、脳裏をよぎった。
次の瞬間、伸ばした手でジークベルトの頭を軽く叩いた。ぽん、ぽん、と、子供をあやすように。
「口先の賛辞より、目を凝らして学ぶことだ」
諭すように告げられ、ジークベルトは頬を赤らめながらも真剣に頷いた。
その様子を、ユーリックは黙して見守っていた。――かつて、同じように頭を叩かれ、同じように頷いた幼い自分の姿を思い出しながら。




