79話 もう1人の自分
囲まれてしまったバンブロックだが、片目が赤くなった状態ではむしろ望む所であった。
「ふはははははは、もっとだ、もっとだ!」
心底楽しそうな表情を浮かべ、バンブロックはグラディウスを振るう。
ただゴブリン兵らも、ただやられているだけでは無い。
果敢に斬り込んでいく。
それに対しバンブロックは、革鎧でかなり防いではいるが、どうしてもそれだけではカバーしきれずに、徐々に身体に傷が出来ていく。
そこで指揮官ホブゴブリンが叫ぶ。
『〈効いてる、効いてるぞっ。そのまま斬り刻め!〉』
その声にゴブリン兵らも、感情が昂っていく。
しかしである。
そこでバンブロックは、絶叫とも雄叫びともとれる叫び声を上げた。
「おあああぁぁぁぁっっ」
するとグラディウスが、一段と輝き始める。
そしてバンブロックの声に、観客席は騒然となる。
ゴブリン兵や指揮官ホブゴブリンも何事かと、手を止めてバンブロックの様子をうかがっていた。
そして……
ーー麻痺魔術
前方のゴブリン兵に向かって、グラディウスを横薙ぎに一閃。
その一振りは空を斬ったにも関わらず、多数のゴブリン兵からバチッバチッと音が発せられた。
そして身体中から煙を出して、その場に崩れ落ちる。
残ったゴブリン兵は、理由がわからずパニックになりかける。
バンブロックの麻痺魔術に対しての予備知識を、知らされていなかったからだ。彼等にしたら、初めて見る魔術であった。
そこでバンブロックは振り返り、後方の残ったゴブリン兵に対して、再びグラディウスを振るう。
この一振りで残りのゴブリン兵も、煙を出しながら地に伏せる。
ただ、辺りには焦げた匂いが残っていた。
そして指揮官ホブゴブリンが1人、闘技場に佇んでいた。
バンブロックが、指揮官ホブゴブリンに向き直る。
そのドクロヘルムから、僅かに嗤い声が聞こえてきた。
バンブロックは嗤いながらゆっくりと、指揮官ホブゴブリンへと近付いて行く。
指揮官ホブゴブリンは先程までの表情とは打って変わって、恐怖に包まれた顔をしている。
『〈来るなっ、来るな〜っ〉』
それは完全に、恐怖に飲み込まれていた。
そしてその恐怖の顔は、首ごと空中を舞った。
バンブロックが斬ったのである。
首はゴロンと、音を立てて地面に落ちる。
ほぼ同時にバンブロックの“御守り”が地面に落ちた。
静まり返る闘技場。
そして少しの間を空けて、大歓声が上がった。
殆んどの観客は、グリーンスキン部隊が勝利する方に金を賭けていたのだが、この結末を見せられた観客は、賭け事など関係なくバンブロックを称賛しているのである。
24人の精鋭部隊を、ほぼ1人で壊滅させたのだ。
快挙としか言いようがない。
オルゴ達や生き残った半獣人は、ポカーンと口を開いたままバンブロックを見つめている。
一方、落ちた“御守り”を見つめるバンブロック。
赤かった目は元に戻っている。どうやら元に戻ったようだ。
御守りとは、ププから貰ったあの手作り御守りである。バンブロックにしたら大切なもの。
ーー何だ?……俺はいったい……そうか、また“俺の中の魔物”が出てきたのか。
バンブロックは御守りを拾い上げる。
それを見つめながら試合を思い返す。暴れた記憶が残っていた。それを思い返すと、自責の念に駆られてしまう。
それと自分の中の魔物が、いつ暴走するかもしれない恐怖もあった。
バンブロックにとっては、勝利よりもこちらの方が気にかかっていた。
生き残ったオルゴと半獣人達は、勝利した事を喜んでいる。それとウマッハもである。
この試合でまた大儲けしたのだ。
この試合の勝利によりバンブロックはまた、この王都ギグでの人気は高まっていった。
しかしウマッハも、余り長くバドの屋敷を留守にはしていられない。
ウマッハは剣闘士以外にも、農園や商品売買などの仕事もしていたからである。それを長く放ったらかしにする訳にもいかず、さすがにそろそろバドの街へ戻るつもりであった。
その翌日。
ウマッハ商隊は宿を出た。
バドの街へ戻るのである。
バドの街へ帰る時になって、バンブロックはやっと気が付いた。買ったばかりの10人の半獣人が、1人もいないことに。
ウマッハが手放したのだ。
恐らく治療もしていない。それはつまり、死人が出た可能性もある。
生き残った者は恐らく、かなり安い値段で売り払ったと思われた。
オルゴ6人は檻に入れられ、獣車で運ばれている。彼らはウマッハから及第点をもらえたのだ。
そしてバンブロックは徒歩である。檻が一杯だからだ。荷車にでも乗せてくれと思うバンブロックだが、良く見ると荷車は荷物で一杯だった。
これは王都で仕入れた品を、バドの街で売るつもりだ。ウマッハは商売人でもある。
そして帰りの道中での事。
ウマッハ商隊は盗賊に襲われた。
オークと獣人の混成である。
それをバンブロックは不思議に思う。と言うのも、ウマッハ商隊は結構な規模の商隊であり、しかもフル武装のオーク兵や奴隷剣闘士といった十分な護衛がいる。それは見れば直ぐに分かる。
普通の盗賊ならば、余程の戦力が無ければ襲って来ない程の護衛戦力である。。それにも関わらず、たった20人程の戦力で襲って来たのである。
それはまるで、何か目的があるかのようだ。
それに盗賊の装備がちょっと良すぎる。
使い込まれた革鎧を着込み、良く手入れされた剣を握っている。決して安物などではなかった。
ーー目的は積荷じゃなさそうだな
バンブロックは戦いながら考える。
両手にハチェットを持った盗賊オークが、その左手のハチェットを投げてきた。
バンブロックはカイトシールドを顔の高さまで持ち上げ、そのハチェットを防ぐ。
そしてカイトシールドを下げた時、ハチェットを投げたオークが目の前まで来ていた。
振り上げられたハチェットが、バンブロックの頭を狙って振り下ろされる。
ーー戦いにも慣れていやがる!
バンブロックは敢えて前に出る。
そしてカイトシールドごと体当たり。
さらに足元目掛けて、グラディウスを振るう。
膝を斬られ転倒する盗賊オーク。
バンブロックはそいつの頭を踏み潰しながら、別の盗賊オークの背中を斬り裂いた。
「こいつら、盗賊じゃないな」
味方がやられても、奴らは怯まないのだ。
背中を斬り裂いた盗賊オークに、とどめの一撃を脳天に叩き込む。
返り血が獣車を赤く染める。
「傭兵ってところか……」
獣車の窓からププが、外の様子を見ようと恐る恐る顔を出す。
そこへバンブロックの怒号が飛ぶ。
「顔を出すんじゃねえ!」
盗賊の目当てが奴隷かもしれない。
この商隊には何人もの奴隷がいる。特にププは、数カ国語の読み書きが出来る。ハーフリングは外見が不人気である人間に近いが、それでも通訳奴隷としては貴重な存在で、高額で取引される場合が多い。盗賊に狙われてもおかしくはない。
この商隊の奴隷だけでも、相当な金額になる。そう考えると、リスクを負っても狙ってくる価値はあるのかもしれない。
ププは怒鳴られ、慌てて顔を引っ込めた。
味方の護衛オーク達は、主人であるウマッハが乗る獣車を守るように戦っている。
しかし殆んどの盗賊は、そっちへは行かない。しかも荷物が積んである荷車にも、見向きもしない。
何故かバンブロックの周りに集まっていた。
そこには雑用奴隷が乗る獣車と、オルゴ6人が乗っていた獣車があり、オルゴ達はバンブロックと共に戦っている。
当然の事ながら鎖は付いている。
ーー何が狙いだ?
バンブロックは戦っていく内に、「俺が狙われている?」と言う疑問が湧いてくる。
奴隷の獣車な隙があっても、そちらには目もくれない。ひたすらバンブロックばかりを狙ってくるからだ。
「俺が狙いか……ふん、やれるもんならやってみろ!」
バンブロックは、グラディウスを振り上げた。
次回投稿は金曜日の予定です。
誠意書き溜め中……




