65話 御守
コボルトがショートソードを突き入れる瞬間、バンブロックは背中から後ろへと倒れ込み、左手のカイトシールドを投げ捨てる。
コボルトは予想しなかった行動に、対処出来なかった。
勢い良く突っ込んだので、途中で止めることなど出来ないのである。
バンブロックはそのまま地面に背中を突き、片脚を突き出す。
突出したバンブロックの足の裏が、コボルトの腹に押し付けられた。
コボルトは勢いのまま前のめりに。
しかしそれで終わりではない。
バンブロックの左手が、コボルトの突き出された右手首を引っ張る。
そのままコボルトを後方へと投げ飛ばした。
柔道で言う巴投げである。
コボルトは受け身などできるはずもなく、顔面から地面へと突っ込んだ。
『〈うぎゃっ〉』
そうなると今度は、バンブロックのターンである。
多少は空破を喰らってダメージが残るが、それくらいで腕が鈍るほど落ちぶれてはいない。
バンブロックは直ぐに立ち上がると、まだ地面に伏しているコボルトの尻を蹴飛ばす。
『〈ふがっ〉』
尻を蹴飛ばされ、慌てて起き上がろうとするコボルト。
バンブロックはコボルトの頭が上がった所で、グラディウスの“腹”の部分でその頭を叩こうと軽く振り被った。
バンブロックとしては、おちょくる程度の力で叩くつもりだったのだが、グラディウスは輝きを放ちつつコボルトの頭上に叩き付けられた。
金属製のフルヘルムならまた違った結果だったかもしれないが、コボルトが今、被っているのは革製のフルヘルム。それもソフトレザーだったので、ダメージはほぼダイレクトに伝わった。
輝くグラディウスのダメージ、それは無視できないレベルだった。
『〈うぐっ〉』
くぐもった悲鳴。
バンブロックはまだ戦闘は続くと思っているので、次に麻痺魔術での一撃を叩き付けるつもりで構えていた。
しかしコボルトは起き上がってこない。
気を失ったフリと思っているバンブロックが言った。
「おいコラ、その手は食わねえぞっ」
そう声を掛けてみるが、コボルトはうつ伏せに倒れたままだ。
ドラムが鳴らないって事は、まだ試合は終わっちゃいない。
それでバンブロックは、近付いて足でコボルトを軽く蹴飛ばす。
『〈うう……〉』
ーー気を失ってるっぽいな。それなら……
バンブロックはグラディウスを天に突き上げ、勝利宣言をした。
「ダァ!」
ここでやっと試合終了のドラムが鳴った。
誰もがあの程度の一撃で、勝負が着くとは思っていなかったのである。
その証拠に歓声が殆んどない。
観客席は、つまらない試合を観た時の雰囲気であった。
観客は死闘を観たいのだ。
剣闘士同士の血が飛び交う様な、残酷な戦いを観たいのである。
この街でも結局はそれであった。
バンブロックは思う。
人間の社会にも剣闘士の戦いが見られるコロシアムはあるが、果たしてそこの観客も同じなのだろうか。人間同士が血を流して戦う姿を見て、興奮するのだろうか。
だがバンブロックは、それを完全には否定出来なかった。
戦場で人間の残虐性を、数多く見てきたからだ。人間は環境によっては、悪魔にも救世主にもなれるからである。
それを考えると、人間とグリーンスキンとの違いは何なのだろうかと、思い悩むバンブロックだった。
闘技場から退場し控室に戻ると、バンブロックはホッとした気分になる。
先ずはトーナメント1回戦は勝ったのである。とは言ってもまだ始まったばかり。
明日の2回戦目に気持ちを切り替えた。
バンブロックとしては、今日の1回戦目で誰が勝ち進んだのか知りたいのである。もっといえば、明日の自分の対戦相手が知りたかった。
控え室にいる他の剣闘士達は、バンブロックに対して冷たい態度であり、情報を聞きたくても教えてもらえない。
金を払えば教えてくれるかもしれないが、今回のトーナメントは罰ゲームであるがゆえ、バンブロックにファイトマネーは入らない。
結局バンブロックは何も情報を得られないまま、宿舎に戻ることになった。
だが宿舎に戻ると、バンブロックの所にププが来た。
「新しい情報が入りましたので、お知らせします」
いつもの事務的な口調である。
「次の対戦相手は要注意剣闘士のリザードマンです。色々と策を練ってきますが、剣の腕は大したことないです。ちゃちゃっと倒してください」
それを聞いたバンブロックは、ちょとだけ不安を抱く。
「ちょっと待て。大したことないって言う理由は何なんだよ。要注意剣闘士なんだろ、大したことない分け無いだろ」
ちょっとだけ目が泳ぐププ。
「バンブロックさんなら必ず勝てます。だから大丈夫です!」
「いやいや、だからって元兵士なんだろ。そう簡単に倒させてはくれないよ。それに汚い手も使ってくるって聞いたぞ」
「何を言ってるんですか、バンブロックさんなら、剣の刃に毒が塗られていようが関係なく倒せますから、安心してください。あれ、もしかしてヒヨッてるんですか?」
バンブロックは、ちょっとムッとした様子で返答する。
「な、何言ってやがる。誰がヒヨるかよ。だいたい、俺が負ける訳ないだろ」
「そうですね、安心しました。それから、これ、私の生まれ故郷の言い伝えの御守です……」
バンブロックはププから、布に包まれた何かを受け取る。
「報告は以上です。それでは失礼します」
ププはサッサと居なくなる。
そこでバンブロックは、ププから渡された包みを開いてみた。
それは樹の実と蔦で、編み込まれた手作りの御守だった。
バンブロックはその御守を胸に当て、感慨にふけるのだった。
翌日、トーナメント第2回戦が行われようとしていた。
バンブロックの出番は午後の遅い時間からと言うので、少し前に到着したバンブロックは、控え室で順番待ちをしていた。
相変わらず闘技場が見える窓は占領されていて、人間であるバンブロックは試合を観ることが出来ない。トーナメントで誰が勝ち上がったかも、分からない状態だった。
そして衛兵オークが、バンブロックの所へやって来た。
いよいよ出番である。
バンブロックは立ち上がると、颯爽と入場扉へと向かう。
装備はいつもと同じである。
いつもと違うのは、胸元に樹の実の御守がぶら下がっている事。
そして入場扉が開く。
「それじゃあ行ってくるか」
そうつぶやくと、バンブロックは御守を握り締め、闘技場へ歩を踏み入れるのだった。
ストックが危ういので、投稿速度を少し落とします。
次回投稿は17日の日曜日の予定です。




