64話 風魔術の使い手
約100人の剣闘士での乱戦の結果、16人の新人剣闘士が残った。この16人で新人トーナメントの本戦が行われる。
そしてトーナメント戦の開始は、翌日であった。
ウマッハにしたら“幼女の専門家”と言う、人気剣闘士を失うかもしれない状況である。それにバンブロックの試合に、賭け金を相当注ぎ込んでいる。だから狙うのは優勝のみ。
その為、トーナメント本戦に進んだ剣闘士の、あらゆる情報をかき集めていた。
それはもう金にモノを言わせてだ。
その中でも特に要注意なのが2人いた。
1人はシロクマ系獣人で、返り血を浴びると白毛が血染めになることから、剣闘士名は『〈血染め〉』と呼ばれている。
奴隷剣闘士に成ったばかりで、その前は戦いを生業にしていた元傭兵である。過去の戦績は3勝0敗と3試合だけだが、その対戦相手は全て首の骨を折られて即死であった。
そしてもう1人はリザードマンで、戦闘捕虜として捕まった元兵士。
他の街でランクCの剣闘士として戦っていて、この街に来るのは初めてであった。
策略を練ってくるタイプで、頭もキレるらしい。汚い手も使うので、注意が必要だという。
これらの情報はトーナメント戦が始まる前には、バンブロックに知らされた。
今まで対戦相手に関して、こんなに詳しい情報は得られなかったので、バンブロックはかなり驚かされていた。
そしてトーナメント初戦でのバンブロックの対戦相手は、コボルトだ知らされる。
要注意剣闘士には入らなかった相手である。
今日はこのコボルトとの対戦待ちで、バンブロックはコロシアムの控え室にいた。
そこへ慌てた様子でププが入って来た。そしてバンブロックを見つけると、走って近付いて来る。
当然のことながら、皆からの注目を浴びるのだが、バンブロックもそれには慣れてきていた。
「どうしたププ、そんなに息を切らして」
ずっと走ってここまで来たらしく、ププは呼吸が荒い。そして大きく深呼吸した後、こう言った。
「対戦相手のコボルトですが……はぁはぁ、す、すいません、走って来たものですから……そのコボルトは、魔術を――」
そこまで言ったところで、衛兵オーク達がバンブロックを連れに来た。
『〈ローリ、時間だ〉』
「あ、まだ話が……」
バンブロックは問答無用で両脇を掴まれ、引きずられる様にして連れて行かれた。
ただ連れて行かれるバンブロックの後姿に、ププは叫ぶように何かを伝えていた。
「風系魔術――」
バンブロックの耳には、ハッキリと風系魔術と聞こえていた。
バンブロックは入場扉の前で、いつもの装備で扉が開くのを待っていた。
対戦相手は「風系魔術」を使うらしい。この言葉がバンブロックを悩ませていた。
と言うのもバンブロックは、風系魔術についてあまり知識がなかったからである。それどころか、魔術自体の知識が薄かったのである。
だからどんな魔術を使うのかは、殆んど予想出来なかった。
先日の前哨戦でのコボルトを思い出してみるが、確かに何人かのコボルト種の剣闘士はいた。居たのだが、魔術を使っていたかどうかとなると、バンブロックには分からない。
それは魔術を使っても悟られなかったのか、それとも元々使わずにいたのか、それさえ分からなかった。
そんな事を考えている内に、入場扉が開いた。
バンブロックは1度だけ深呼吸をすると「良し!」と声を上げた後、闘技場へ歩み始めた。
反対側の入場扉から歩いて来るコボルトが見えて来た。
装備はショートソードに丸盾で鎧は無し。頭には革製のフルヘルム。
ごく普通の装備である。
ーー本当に風魔術を使うんだよな?
闘技場の中央付近で、5メートル程の間隔を空けてお互いに立ち止まる。
そこで衛兵オークは退場する。
いよいよ試合の始まりである。
相手のコボルトは、バンブロックの魔術情報を知っているはず。
ハルトマンを倒した時に、麻痺魔術を連発したからだ。大荒れで有名になった試合なので、多くの剣闘士に知られていると思われた。
きっとこのコボルトも知っていて、何かしらの対策をしているかも知れない。
そんな考えを巡らしている内に、試合開始のドラムが鳴った。
反射的にバンブロックは、その場でカイトシールドとグラディウスを構える
風魔術が気になって、自分からは仕掛けられなかったのである。まずは様子見での、防御体勢であった。
コボルトもバンブロックを警戒しているのか、やはり構えはするが前には出て来ない。
お互いに5メートル程の距離で、ただ睨み合うだけだ。
お互いが魔術を警戒しているのである。
そこでバンブロックが、右側へ円を描くようにゆっくりと移動し始めた。
するとコボルトも同じ様に移動を始める。
しばらくすると、結局同じ位置に戻った。
すると観客からブーイング。
当然である。
仕方無くバンブロックは前に出て、コボルトとの距離を縮め始める。
コボルトも慎重に前に出始めた。
バンブロックとコボルトは、2メートルまで接近。
お互いに届かないと分かっていながら、剣で牽制する。
そこでバンブロックは思う。
ーーフルヘルムだと詠唱が見えないな
コボルトの口元がフルヘルムで見えない為、魔術詠唱の判別が難しいのである。そうなると詠唱は、耳で聞いて判別するしかない。
バンブロックもフルヘルムだが、麻痺魔術に詠唱はない。だからコボルトに、魔術の発動を悟られる可能性は低い。
その分バンブロックにとって有利となる。
そこで突然コボルトが攻勢に出た。
いきなり間合いを詰めて、ショートソードを振り回す。
そこでバンブロックの耳には、コボルトのフルヘルムの隙間から漏れる詠唱が聞こえた。
慌ててバンブロックは下がり、カイトシールドで身体を守る。
だが詠唱から発動までがかなり早い。
バンブロックは、防御体勢に入る前に魔術攻撃を受けた。
風の塊がバンブロックの顔面を襲う。
“空破”と呼ばれる魔術である。
衝撃でバンブロックの顎が上がる。
強烈なパンチを顔面に食らった感じだった。
だがバンブロックには、魔物の骨製のドクロヘルムがある。顔まで覆うフルヘルムタイプなので、顔面に多少食らったところで大した事ない………はずだった。
確かに初めの一発はちょっと首の筋にきたが、まだ耐えられるレベル。
だが、この最初の一発を受けてしまったのがマズかった。
直ぐに体勢の立て直しをと思うバンブロックなのだが、そこへ新たに1発食らってしまう。
再び顎を跳ね上げられて、数歩後退させられる。
さらに転ばないようにと、自然と両手がバランスを取ろうと横に広がる。
それは胴体がガラ空きになるという事。
そこへ空破がバンブロックの腹を強撃。
鎧は無しなので、モロにダメージが入った。
身体がくの字に曲がる。
「くはっ……」
同時に血反吐がドクロヘルムから漏れ出した。
ここでチャンスと見たのか、コボルトが接近。ショートソードを肩口で構える。
心臓を一突きにするつもりだ。
目の前にいるバンブロックはくの字に身体を曲げ、顔は下を向いたままである。
それでコボルトは勝利を確信した。
『〈もらった!〉』
声を上げてコボルトが、ショートソードを突き入れた。
次回投稿は、5月10日の日曜日の予定です。




