06 ドラゴンスレイヤー
ドワーフの古巣の洞窟に隠れた俺達は、俺が考えた黒龍の撃退方法を確認し合っていた。この作戦はパーティ内のメンバー全員の連携が取れてないと失敗する。当然失敗は死に直接つながる為、チャンスは一度しかない。俺はメンバーと作戦の概要のおさらいをした。
「いいか、あのドラゴンが侵入者である俺達を発見したのは俺達の匂いを遥か遠方から嗅ぎ付けたからだ。これは長年森に住んでいるエルフィが言っていたからまず間違いない」
「はい。ドラゴンは五感がこの森の中のどの生物よりも敏感です」
エルフィは自信たっぷりに薄い胸をそらしながら答える。
「そう、黒龍は嗅覚が優れている。ここが第一のポイントだ。次に、俺が逃げながら張り巡らせた『痺れ粉』のトラップを嫌ってドラゴンは地上に降りてこない。つまり奴は『痺れ粉』の匂いに空中から気付き、それを本能的に避けていると考えられる」
「ふむふむ」
東雲さんは装備品の長い杖の手入れを念入りにしながら答える。
「したがってここから導き出される結論は、あのドラゴンには『痺れ粉』が有効であるという事だ!」
俺は教壇に立つ先生のように堂々と話を続ける。仲間の信頼を得るためには、まず自分に対して自信を持つ事が最低条件だ。俺は引きこもっている間に勉強した心理学の本の内容を思い出す。
「次に空中を激しく飛び回っている黒龍に『痺れ粉』を吸わせる方法だが、今回はある理論を使う。動物の平衡感覚、ようはバランスを取るのに使う感覚の事だ。その平衡感覚は三半規管という耳の中の器官によって左右される。こいつを狂わせてやれば、どんな生き物も真っ直ぐに思った方向に進むことが出来なくなる」
俺は泉妻さんが持ってきた『閃光弾』を取り出す。激しい光と音を出しながら破裂するこいつは、ドラゴンの視覚と聴覚、そして平衡感覚を一時的に奪い去る事が出来る。
「さてここで問題だ、目の前でこの『閃光弾』を炸裂させてやった場合、黒龍はどうすると思う?」
「えーと確か、1.適当に飛び回る 2.その場に留まり、感覚が正常になるまで待つ 3.地面や周囲の広くて安定した場所に降り立ち、回復を待つのどれかっすよね」
「その通り! 泉妻さんに100ポイント!」
事前に説明した内容をクイズ形式にして出す事で、集中力が長く続かない泉妻さんでも話に集中することが出来る。泉妻さんはエルフィとは対照的に豊かに膨らんだ胸を反らし、ドヤ顔を披露する。
「そしてここからは俺の予想だが、敵はその3択だと高い確率で2を選ぶ。黒龍は見知らぬ罠を警戒して未だに地上に降りてこない慎重な性格だ。突然のアクシデントが起こったとしても、冷静に対処しようとするだろう」
「私も同意見です。黒龍は何があるか分からないこの森から一歩も出たことがないほど慎重な性格で有名です」
150年もの間、この森で暮らしているエルフィも俺の予想に太鼓判を押す。
「そう、奴は『閃光弾』を炸裂させたポイントで回復までの間、動きを止める。ここからが次のステップだが、空中にいる奴に『痺れ粉』を吸わせなくてはならない。そこで、今回使用するのが竜巻だ」
竜巻は簡単な物理学の知識さえあれば人工的に作り出すことが出来る。まず発生させるポイントの地面を暖め、温かい空気を作り出す。温かい空気は上に昇るという性質を持つため、その場に上昇気流が生まれる。あとは、上昇気流に向かって空気が渦を描くように複数の強い風を送る事で竜巻は発生する。
「まず、東雲さんと泉妻さんが竜巻を発生させるポイントの地面に向けて火炎魔法を放ち、強力な上昇気流を作り出す。あとは『天狗の団扇』を持った俺と疾風魔法が使える2人がそのポイントを三角形状に囲んで時計回りに風を送る。すると竜巻がその場で発生するという仕組みだ」
「その竜巻に私が『痺れ粉』を投入して、粉を上空までまっすぐ飛ばすという訳ですね」
エルフィは痺れ粉の入った袋を手にもって意気込む。
「この作戦はドラゴンが『閃光弾』で怯んでいるわずかな時間の間に、行わなければならない。すばやくドラゴンの真下の地面に火を放ち、それを囲んで風を送り、発生した竜巻に粉を送り込む。特に、竜巻が発生するのとほぼ同時に粉を入れないと、ドラゴンが気流に気が付いて身を反らすかもしれない。」
「エルフィ、大役任されました!」
ビシッと敬礼をした銀髪の少女に、俺は更に注文を付けくわえる。
「さて肝心の『閃光弾』をドラゴンの目の前で破裂させる方法だが、今回は弓矢を使用する」
「弓矢……ですか?」
「ああ。ノーコンの俺や、腕力の足りない人間の女の子の2人では空中を旋回しているドラゴンまで『閃光弾』を投げつけられない危険性が高い。その点エルフィの弓矢は飛距離は十分だし、狙いの正確さも村での戦いの様子を見ていた俺達が身をもって知っている」
村での戦いは東雲さんが蹂躙したのが主だが、それはエルフ族の正確な援護射撃があったからこそ守りを気にせず思う存分暴れられたからだ。あの時は激しく敵味方が動き回っている戦場だったが、今回は味方は隠れていて敵は的の大きなドラゴン一匹。一射だけなら十分狙えると俺は踏んでいた。
「方法はシンプルだ。『閃光弾』は強く握ってから数秒の時間差を置いて炸裂する。エルフィの弓矢の先端に『スラボール』を付け、その先に起動させた『閃光弾』を装着してからドラゴンめがけて弓を放つ。エルフィ、やれるか?」
「弓矢ならだれにも負けません! 任せてください」
エルフィは貧しい胸をポンッと片手で叩くと弓矢を両手で抱えて持つ。
俺達は洞窟内から空にいるドラゴンの様子を観察し、作戦決行のタイミングをうかがった。なるべく下の地面が開けていて、ドラゴンまでの間に遮蔽物がない場所が望ましい。話し合った結果、洞窟入り口から右斜め手前30mほどの所の木々がない広場のような地点が適しているという結論が出た。あとは、ターゲットがその上空を通るタイミングを静かに待つ。
……待つこと数分、旋回している黒龍が指定ポイントの方角に向かってきた。俺は『閃光弾』を強く握り、すでに弓を構えているエルフィの矢に装着する。
「今だ!」
ビュンッ! 弓矢は風切り音と共にドラゴンへとまっすぐ飛んでいき……激しい爆音と閃光を出しながら敵の眼前で炸裂した。
「グワオォォォォォ!!!」
ドラゴンは突如飛来した謎の光に視界を奪われ、耳をつんざくような爆音によって鼓膜を大きく揺さぶられる。平衡感覚を一時的になくした龍はふらつくものの、周囲を警戒しながらその場を離れない。読み通り!
俺達はドラゴンの足元に猛ダッシュする。
「中級火炎呪文!」
「初級火炎呪文!」
東雲さん達は走りながら、目標地点に火球を打ち込み火を放つ。魔法によってつくられた火は一瞬にして周囲の冷えた地面を暖める。火を囲むように三角形に並んだ俺達は、アイコンタクトを送り合うと同時に風を送った。
「『天狗の団扇』!」
「中級疾風呪文!」
「初級疾風呪文!」
渦を書くようにして放たれた風は、上昇気流に巻き込まれて回転しながら上へと昇っていく。その渦が形を作り上げる瞬間にエルフィは持っていた『痺れ粉』の入った袋を投入した。
「黒龍よ、痺れなさい!」
発生した竜巻は『痺れ粉』を巻き上げながら黒龍へとまっすぐ突き進む。突然の事の連続で思考力を奪われていた黒龍は、その粉を感覚の優れた自身の鼻腔へと吸い込んだ。
「みんな、離れろ!」
粉を吸い込んだのを見届けた俺は、そう叫ぶとその場から飛びのく。次の瞬間、ズドンという音を立てて先ほどまで俺達がいた場所に黒龍が落下した。
その後の展開は1分にも満たなかった。ようは4人がかりで身動きの取れない黒龍をぼこぼこにしたのである。エルフィの「怪力呪文」を全員にかけ、魔法と物理でドラゴンを四方八方からタコ殴りにした。特に、脳筋魔法使いの泉妻さんは明らかに素人とは一線を画した動きを見せ、瞬く間にドラゴンを己の拳で始末していたのが印象に残る。ファンタジーの世界には似合わない格闘家がそこにはいた。
『御手洗様! 東雲様! 泉妻様! ドロップアイテム【黒龍の鱗】初獲得です! おめでとうございます!』