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38 もう一つの事情

 ガチャリと通路を隔てる鉄格子の鍵が閉まる。

 鉄柵の向こう側には、ポニーテールお姉さんのキョウカ女史。

 地上へ向かう方を出口とするならば、俺は閉じ込められた側ってことだな。


「では、キョウカ君、教会へ配備中の者へは再度警備の強化を怠らないよう指示をよろしく頼む」


 同じくこっち側のデカルトさんはそう言うと、また俺達冒険者を連れて先へと歩いて行く。

 んで、広さも装いも違う区画へと出ればご到着のようで、『この扉の向こうだ』との忠告があった。

 重装備の男達で厳重に管理されていたらしい大きく重々しい扉が解錠され、ゆっくりと開かれていく。

 俺はその様子を、会議室でのデカルトさんの発言を思い出しながらに眺めていた。


――『諸君らには、ミロクと会ってもらう』。


 俺達冒険者をどよめかせたこの『ミロクと会う』が、ここへ来た目的。


 この世界の神から最も愛された冒険者。

 そんな風に呼ぶヤツもいるミロクは、サクっと言えばいわゆる有名人で、もはや生きた伝説級の人物である。


 この世界で伝説と言えば、古代と呼ばれていた時代に英雄ウルフアレクなる者ありけりで、クリアレスの民の間ではその名が語り継がれているようなのだが、あと100年もしたらそこへ、このミロクが加わっているんじゃないかと俺個人は思う。

 それで古代の英雄様と違って、現代の彼女の名高さは魔王の次くらいにと言っても良い悪名によるものと一言添えておこう。


 ゴゴゴ、と鳴り響いていた開扉の重い音が止む。

 扉から見る部屋の中はかなり広く、そして明るかった。

 薄暗さに目が慣れていたのもあって、眩しいとさえ思えたほどだった。


 どうやって外の光を取り込んでいるかは不明。

 部屋の奥に見えるのは鉄柵の柱……いや、柱とするには間違いか。

 何本もの黒い棒が等間隔に天井と床を繋ぎ、円形状の空間を作るそれは丸い鉄の檻。

 檻の中の石床には魔法陣のような幾何学模様があり、ほんのり輝きを放っているようにも感じる。


 その模様の中心に、件の女が横座りしてくつろぐ。

 そうして、俺達が部屋へ踏み入れば、『いらっしゃーい』とあたかもここが自分の部屋のかようにして言った。

 

 檻でもあるし、体の中央部分くらいしか隠せていないボロを一枚纏う格好は囚人服として見れば良いのだろうか。

 相手を舐めるような眼差しに、首に巻き付くようにして流れる黒く長い髪。

 着飾る物など必要としない、妖しくも美しいと言わざるを得ない美貌は健在のようで、その色香は俺がこっちの世界へ来たばかりの頃を思い出すのには十分だった。


「デカルトあんた遅いわ。アタイを焦らすなんて相変わらず癪な男だね」


「ふん。何様のつもりだっ。いいか。今回は特別にこちらから恩赦を得る機会を与えてやっているのだと言うことを忘れるなよ、この女狐めっ」


 ミロクのふてぶてしさに怒鳴り声を上げているが、今回の魔王討伐の戦力としてミロクを投入すると俺達に告げたのはデカルトさんである。

 ミロクがどういう経緯で、ギルド本会館の地下室なんぞに収監されているのかは知らない。

 ただ、お陰で今いる俺達の中の誰かが、こいつとパーティを組まなくちゃならなくなった。


 誰も望んでいない。

 が、仕方がないとしか言いようがない。


 ギルドは魔王討伐作戦時に、俺達冒険者を一人の兵士として駒にするのではなく、一つのパーティ単位で編成を行うようである。

 そうする理由としては、狭い視野だとスキル効果がパーティに限定されるものがあったりするから、や小隊での連絡が安易であるなどだが、恐らく、俺達を配備した時に職業が偏らないようにしたいのだろうと思う。


 主に技スキルだが、職業にはそれなりの特性がある。

 戦士は近接戦闘に強いとか、魔法使いは遠距離戦に向いているとかだな。


 極端に言えば、1の軍が全員戦士、2の軍が魔法使いに割り振られたら、得手不得手がはっきりとし過ぎてバランスが悪いってことだ。

 ギルドとしては、いろいろと対応が可能な柔軟な部隊が望ましい。

 本当ならギルドが招集した各冒険者を選別して編成するのが最もバランスが良いのだろうけれど。

 怠慢なのか、俺達の自主性を考慮してのことなのか。なるべくパーティの人員が多くなるようなパーティ編成にするようにとのお達し以外、特に注文はない。

 (一例だが、盗賊をパーティリーダーにした場合だと、最大で3人までしか同じパーティとして契約できない。また職がないとパーティリーダーにもなれないなど、職業に付属する権限が多少異なる)


 まあ、ミロクの方がレベル上限突破者としか組む気がないらしいし、デカルトさんもこの厄介者を上限突破者に押し付ける気でいるようだから、どんだけ俺が嫌そうな顔をしようともその対象からは逃れられないわけだ。


「ほんとこいつ、なんでこんなとこに居やがるんだって話だよ……」


 ここを早く開けなよとミロクが言えば、デカルトさんがおかしな行動をするつもりなら今回の話は反故にするからなっと念を押す。

 そんなやり取りをただただ静観する俺達。

 ちらっとカレンを見たら目が合ったので、『なんだかなあ』と大げさに肩をすくめて見せてやった。


「しかし、ミロクをその檻から出して大丈夫なのかよ……」


 俺の不安を他所に、デカルトさんから鉄の檻を解錠するようにと部下らしき重装備の男へ指示が飛んだ。

 部屋の壁際で何かカチャリカチャリ音を鳴らす男。

 するとさっきまでなかった取っ手が壁からから生えていた。取っ手がガコン、と引き下ろされる。

 カリカリとどこからともなく異音が聞こえ、ミロクを囲う鉄の棒が交互に上の天井へ下の石床へと飲み込まれていた。


 鉄柵が綺麗さっぱりその姿を隠してしまえば、ゆらりと身を起こし立ち上がるミクロが、うんん、と吐息を漏らし艶かしく伸びをする。


 きっと何も知らない男なら胸を踊らせ思わず見惚れてしまう仕草だったろう。

 けど、ここにいる男共は警戒の色を強めるだけだ。


 ミロクの本性と数々の暴虐――。


 迷惑行為は数知れず、悪質なものだと強盗に窃盗、教会や聖なる祠の破壊、そして、俺達が一番恐れ嫌う冒険者狩り。

 ゲームで言うなら、プレイヤーキラーと呼ばれるそれをこいつは喜々としてやりやがる。

 散々いびられ、いたぶられてから教会送りにされた連中は多い。俺もその一人。

 機嫌が良いと即送りしてくれるとか言っていたヤツもいたが、どっちにしろ理不尽な暴力に晒されるわけだ。

 んで、ムカつくかな、この理不尽を可能にする凶悪なステータス値をこのミロクは持つ。


 被害に遭い、三日ほど外へ出歩くのが恐ろしくなった当時の俺にアナライズする根性も隙もうかがえなかったが、聞くところによれば、レベル99のミロクには200の数値を超えるステータス値がいくつもあるらしい。


 しかもこれ、”素”でそれだ。

 200ってよ……俺は箸にも棒にもかからないが、身体ブーストを使うカレンでさえ、一番高い数値が170を超えていない。


 元々あった基礎値は分からない。けど仮に、1レベル最大の5ポイントだったとしたら、レベル99でざっと500ポイントの獲得になる。

 それを6つの体力値、攻撃力、防御力、魔法力、素早さ、器用さの項目へ振り分ける形になるわけだが……。

 これでも余程の偏りがない限り、200超えなんてあり得ないから、ボーナスの+10ががっぽがっぽだったんだろうな、きっとよ。

  

 とにかく断言して良い。この中にはレベル110前後の上限突破者がいるようだが、それでもこの世界でこいつにタイマン張って勝てる人間など存在しない。

 

 だから、ミロクが人間の皮を被っただけのバケモノであっても、ギルド史上及び人類最強の冒険者であるのは違いない――いいや、訂正。

 何度目か知らんがギルドからまた職を剥奪されているようなので、世界最強の無職ノラで間違いない。


 その最女(この世界のシステムから最も愛された最強女子の略)が、何やら品定めをするが如く目を細め俺達を見回す。


「さてさて、坊や達って本当に強いのかしら、クククッ」


 まったく、舌舐めずりでもしそうな勢いである。






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