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プロローグ 俺の魔法は飛ばない

 空にいる相手へ、剣は届かない。


 そんなことは、十七年も生きれば嫌というほど分かる。


 まして相手は、学院の尖塔より高い場所を飛ぶ竜だ。


「――撃て!」


 教官の号令とともに、火球と氷槍が空を埋めた。


 雷の矢が青空へ白い線を引く。


 王立セイン魔術学院の教師と上級生による一斉攻撃だ。


 それでも、竜は落ちなかった。


 黒銀の鱗へ触れた魔法が、爆発する前に霧となって散る。


 鉄翼竜。


 本来なら北の竜嶺にいるはずの魔獣が、訓練場の上空で翼を広げている。


 あいつは、飛んでくる魔法を弾く。


 そして俺の魔法は、飛ばない。


「シオン!」


 崩れた観客席の向こうから、リゼが駆けてきた。


「梁の下にいた子たちは?」


「全員助けた。ミナが診てる」


「なら、あなたも下がって。次が来るわ」


 鉄翼竜が空で身をひるがえす。


 その頭が向いたのは、百人近い生徒が避難を続ける西門だった。


 あの巨体が突っ込めば、門へ届く前に何十人も吹き飛ばされる。


 教官たちが二度目の攻撃を準備する。


 間に合わない。


 届いても、通じない。


 俺は右手の訓練剣を握り直した。


 落ちてきた梁を断ったせいで、刃には細い亀裂が走っている。


 けれど、その中にはまだ三つの力が残っていた。


 火。


 硬化。


 衝撃。


 普通なら空気へ溶けていくはずの魔力が、刃から一滴も逃げていない。


 三日前まで、俺自身も知らなかった力だ。


「リゼ。あいつが降りてくる角度を読めるか」


「読める。でも、また上空へ逃げられたら――」


「逃げる前に翼を落とす」


「どうやって?」


「俺を飛ばしてくれ」


 リゼの青い目が大きく見開かれた。


「外したら地面へ落ちるのよ」


「当てても落ちる」


「分かっているなら、そんな顔で言わないで!」


 鉄翼竜の喉に赤い光が集まる。


 西門から悲鳴が上がった。


「翼を畳んでから、俺と交差するまで三秒。二秒目で飛ばしてほしい」


「帰りは?」


「戻す風を残してくれ」


 リゼは竜の高さと速度、風向きを順に確かめる。


 やがて、強く息を吐いた。


「必ず残す。だから、勝手に諦めないで」


「了解」


「待て」


 ダリオが訓練場の救命索を抱えて走ってきた。


 片端を支柱へ巻きつけ、反対側の鉄鉤へ火をまとう。


「風が届かなければ、俺が拾う。一度しか撃てんぞ」


「一度で十分だ」


 足元へ風が集まる。


 リゼの風を、ダリオの救命索が支える。


 離れた場所では、ミナが水の防壁を作り始めていた。


 俺一人では、竜へ届かない。


 届いたあとも、生きて戻れない。


 けれど今は、三人がそこまでの道を作ってくれている。


 鉄翼竜が翼を畳んだ。


「一秒!」


 黒銀の巨体が、西門へ向かって落ちてくる。


「二秒!」


 リゼが両手を振り上げた。


 足元の風が爆発する。


 身体が地面を離れた。


 訓練場が一気に遠ざかる。


 足場はない。


 やり直す場所もない。


 それでも、剣の魔力は一滴も逃げていなかった。


 俺の魔法は飛ばない。


 火球は指先で消える。


 風刃は掌から一寸も進まない。


 だから、俺が行く。


 竜の金色の目が俺を捉えた。


 狙うのは頭でも、心臓でもない。


 急降下のために畳まれた、左翼の付け根。


 あと三歩。


 剣を両手で握る。


 あと二歩。


 黒銀の鱗が迫る。


 あと一歩。


 刃が届く。


 俺は剣を振り下ろした。


 ――その三日前。


 俺は三度目の落第を告げられていた。

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