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金瞳は神の末裔の証  作者: 詩・似・愛
第一章 幼い金瞳には試練が多い。

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13 歓迎されない場所で出会ったのは。

 璃凪が意識を取り戻した時、見慣れぬ部屋の柔らかなベッドの上だった。体中がズキズキ痛む。ひんやりした目の女の人が、冷たい声で言った。

「気が付きましたか。少し食事してください。」

 ベッドサイドテーブルに、どん、と少し乱暴にトレイが置かれた。冷めた粥と、麦茶のピッチャーが載っている。体中が痛くて、とても起き上がれそうにない。これがお家だったら、母親や神官たちが体を起こしてくれて、食べさせてくれていた。記憶がよみがえってくる。頭から血を流している神官たち。果敢に武器を持って賊の前に立ちはだかる両親。父親は肩から血を流していた。あれから一体どうなったんだろう?璃凪の目にじわりと涙が浮かぶ。女の人は、ふん、と小さく鼻息を漏らして、くるりと出ていく。

 部屋の中に一人になって、璃凪は頭を冷静に整理しようとした。どこか違うところに連れ去られてきたようだ。整理しようとすると、次々と情景が浮かんで邪魔をする。璃凪を庇って腕を吹き飛ばされた入江。激しく血が噴き出していた。

「イヤ、イヤ。」

 璃凪の感情が高ぶると、部屋のあちこちからビシビシと空気が振るえる音がする。部屋の中の空気はとても重く、体中をぎゅっと押さえつけてくるような圧迫感がある。そして部屋のあちこちに、あの禍々しい黒い物体の気配を感じる。本能的に璃凪は察する。この黒い物体に璃凪の力をぶつけたら、凄まじい反応を起こすだろう。

 今は璃凪の神力は十分の一程度に封じられているのが幸いだ。ただ神力が戻っても、この黒い土地では璃凪の神力は半減してしまうだろう。ここが、璃凪の神力の通じない黒い土地であることはすぐにわかった。いずれにせよ璃凪は自分の神力を放出すると、何やら凄まじい反応を起こすだろうから、神力が半減してしまうのはある意味幸運かもしれない。

 みんなどうしてるだろう?みんな命を繋いでいるだろうか?生きていれば、きっとまた会える。ぎり、と、璃凪は初めて感じる感情を覚える。激しい怒り、激しい憎しみ。璃凪の大切な人たちを傷つけた人を決して赦さない。必ず復讐してやる。黒い感情が爆発して、またバチバチと空振が起きる。次の瞬間、部屋の壁と天井が吹っ飛んでいき、璃凪の聖遺物が発動して璃凪の体を守った。そして璃凪はまた意識を失う。

 その家にいた大人たち、メイド服を着た女性たちや、黒いスーツ姿の護衛たちは、壁と天井が完全に破壊されて、空と庭がすっかりむき出しになって瓦礫だらけに変わったその部屋に駆け込んだ。そして、まるで嵐の目のように、ぽっかりと丸い蓋でもされて守られたかのように、埃一つかぶらない綺麗なままで眠り続ける璃凪を発見したのだった。


 そして次に璃凪が目を覚ました時、また違う部屋に寝かされていた。目を開けると、何だか酷く無機質なむき出しのコンクリートの壁だ。そして床もむき出しのコンクリート。窓もなく、扉は重そうな鉄格子だ。その鉄格子の中にも、あの黒い物体の気配を感じる。その部屋にぽつんと置かれたベッドの上で璃凪は寝かされていた。ベッドの横に座っていた黒服の男性とぱちりと目が合う。こいつ、何だか見覚えがある。パラパラと記憶の映像を遡ると、襲撃を受けた時に、最初に璃凪に声を掛けた男だ。

「お嬢さん、目が覚めましたか?」

 ほら、やっぱり。お嬢さん、と呼ぶ声も同じだ。璃凪は酷く反抗的な気分になっている。

「目が覚めてるの、見えてるでしょ。」

「何か口にしたほうがいいです。お持ちしましょう。」

 男が扉の方を振り返ると、鉄格子の先にいた黒服が、扉を開けてトレイを持ってきて、ベッドサイドテーブルに載せた。ほかほかに湯気の立った粥。コップが結露している冷たそうな麦茶。最初に見た女性より、随分扱いが丁寧だった。だけど、入れられているのは牢屋みたいだ。璃凪はため息を吐く。これからどんな目に遭うんだろう。

「召し上がりませんか?」

「要らない。起き上がれそうにないもの。」

「では失礼して。」

「触らないで!」

 男が手を貸そうとして、璃凪は思わず叫んだ。ビリビリとまた空振が始まる。男はため息を吐いた。

「落ち着いてください。我々はお嬢さんに危害は加えません。」

「他の人たちには危害を加えた。」

「彼らが抵抗するからです。彼らは犯罪を犯しました。」

「犯罪?何の?」

「禁輸品の密輸。金瞳。つまりお嬢さんのことです。」

「凄い理屈。それで襲撃するの?東大陸は法治国家ではないの?そして拳銃は禁止品じゃないの?」

 男は小さく笑った。戦略を変えることにしたようだ。

「柏木夫妻。お嬢さんのご両親。」

 璃凪はぴたりと口を閉ざして、その黒服の男をまじまじと見つめた。大人と言っても、まだ年若いようだった。入江より若い。山のように大きな入江に対して、その男はどちらかと言うと小柄で華奢な感じだけれど、本当は筋肉がしっかりついているんだろう。

「お嬢さんのご両親は、我々が預かっています。」

「お父さんは怪我してた。お父さんとお母さんは無事なの?」

「もちろん丁寧に扱っております。」

「会いたい。」

「お嬢さんが、お利口にしていれば会えますよ。」

 明確な脅しだった。お利口にするとは、従順に大人しくしておけという意味だろうが、璃凪は利口に立ち回って、研ぎ澄ました爪を隠しておけ、という意味に捉える。

「わかった。」

「では、当主様に会っていただきます。でもその前に。」

 男は布団をめくりあげ、璃凪の細い左の足首に、バチンと足環をつけた。その場所にビリビリと刺激を感じる。起き上がれない璃凪には見えないが、それが何かすぐに分かった。あの禍々しい物体だ。しかも、弱ってしまって回復の最中の足につけるなんて最悪だ。足首がぱちぱちと音を立て、そして治まった。男は面白そうに笑った。

「お嬢さんが癇癪を起こすと、足が吹っ飛びますよ。」

 この男は嫌いだ。両親を必ず助け出して、いつか酷い目に合わせてやる。男は立ち上がって、鉄格子に向かって深く一礼する。鉄格子の向こうから、恰幅のいい男が一人入ってきた。翔馬の父、望月冬馬と同じくらいの年齢だろう。その男は璃凪の枕元の椅子にどさりと座った。何だかギトギトしていやらしい感じだ。

「お嬢さん、名前は?」

「璃凪。」

「歳はいくつ?」

「もうすぐ十歳。」

「そうか、璃凪ちゃんは、これからおじさんの言うことをお利口に聞くんだよ。そしたら、お父さんとお母さんに会わせてあげる。」

「お父さん、肩に怪我してた。ちゃんと手当はしてくれた?」

「もちろん、丁寧に扱ってるよ。お父さんはもう肩は痛くないだろう。」

 璃凪はホッとした。取りあえずは、両親は丁寧に扱われている。両親を助け出すまでは、暴れるわけにはいかない。そして璃凪は目の前の男をじっと見つめた。

「おじさんは誰?私は何をしたらいいの?」

「おじさんかい?おじさんは東條陸斗。璃凪ちゃんは、まずはたくさん食べて、体を回復しないとね。」

 やっぱり、こいつが悪人の親玉の東條だ。璃凪は大人しく尋ねる。

「それだけでいいの?」

「璃凪ちゃんは何ができる?」

「宝石に変える。」

「宝石に変える?」

「石ころを宝石に変える。あと、スプーンを金に変える。」

「スプーンを金に?」

 東條陸斗は面白そうに笑った。そして探るように見つめる。

「オルパパスタイト王金は作れる?」

「作れない。」

「探すのは出来る?」

「近くまで行けば。」

「ハイドロジェレウムは?」

「それが何か分からない。探せない。」

 璃凪はもちろん、嘘を交えていく。第一、こんな力の出ないところでは何もできない。璃凪はじっと東條陸斗を見た。

「でも、ここでは何もできない。ここ、世界樹の神力が届かないから。」

「なるほど。どんな所なら神力が届く?」

「土のあるところ、空のあるところ。」

「分かった。璃凪ちゃんは、またお引越しだ。」

 東條陸斗は立ち上がり、鉄格子の外に出る。出際に傍に控えていたあの男に顎をしゃくっていた。

「青木、金瞳を守れ。かすり傷一つ負わせるな。」

 この憎たらしい男は青木と言うんだ。覚えた。璃凪はぎりっと東條陸斗と青木を一瞥する。両親を助け出したら、こいつらを絶対に酷い目に合わせてやる。青木は璃凪をふりかえった。顔には何の表情も浮かんでいない。

「とりあえず璃凪様、何か召し上がってください。それから移動です。」

「体、動かせない。」

「失礼します。」

 青木は璃凪を助け起こした。青木の手が触れると、またピリピリと空振が起きる。青木の左の手首には、あの禍々しい黒い金属のブレスレットがはめられていた。


 璃凪は屈辱的だった。あの青木に抱っこされてご飯を食べさせられたのだ。熱くないのに、ふーふー息で冷まされるオプションまでついていた。そして目隠しされて、抱っこされて車に乗せられる。そんなことしなくても、世界樹の神力の感じられないこの場所では、方向感覚すらつかめないでいた。

 新しい場所では、璃凪は息苦しいのが多少は治まった。ふわっとベッドに降ろされる感覚で、目隠しが外される。ベッドは壁側に置かれ、その正面には広い窓があった。窓の向こうは海だった。

 海。璃凪の名前の由来。いつか来たかったけれど、こんな形では来たくなかった。璃凪の目からまたポロリと涙がこぼれる。大好きな人たちが怪我をしていた。大好きな人たちから離れて、一人ぼっち敵の中で、こんな息苦しい場所で、いつまでいないといけないんだろうか?何とかやっていけるんだろうか?両親が囚われているから頑張らないといけない。だけど・・・。

 滝のように璃凪の目から涙が溢れ、ついでに鼻水も流れる璃凪の顔を、青木はそっと拭いてくれた。

「私がちゃんと璃凪様を守ります。崇斗様がお帰りになるまで、耐えてください。」

 それ、誰?でもそいつも東條家の人間で、悪い奴に決まってる。


 そのあと、璃凪はなかなか回復できないでいた。神力を封じられた状態で、暴走してしまったのだ。体の中の神力が乱れ、あちこち傷ついていた。その上、家の中はやっぱり息苦しかった。黒い土地の上にいるだけではなく、あの黒い禍々しい金属が、ビスや釘に形を変えて、家のあちこちにあるようだ。体調が少し戻るまで、璃凪の周りには朝から晩まで、あの青木が傍にいて、三人ほどのメイドが入れ替わり立ち代わり、世話を焼いている。取りあえずは、まだ丁寧に扱われていた。

 璃凪が囚われている家は、海の近くだった。海に面した低い崖の上に建っていて、満潮時には、結構近くまで海水がせりあがってくる。嵐の日なんか、きっと波が家を打ち付けるかもしれない。そして海に面した広いテラスがあり、そこから海を一望できる。家は広い二階建てで、璃凪の寝室は二階にあった。一階はリビングとダイニング。立派なキッチン。バスルームは贅沢に一階と二階、両方にあった。璃凪が寝込んだときは、二階にバスルームがあるのがありがたい。そして海の反対側は、何だか寒々とした庭があった。そこの土には、全く世界樹の神力を感じなくて、まるで死んだ土地だ。寒々としているわけだった。そして家や庭の周りを堅牢な塀が取り囲んでいた。まるで要塞のようだ。

 璃凪の左足首につけられた足環は、アブセンタイド黒銀というものだった。世界樹の摂理に反し、決して受け入れないもの。世界樹の神力を破壊し、その効果を無効化するもの。つまり、聖遺物の防御すらも破壊するのだ。そして璃凪の力と反発して、巨大な爆発を起こす危険すらあった。うかつに璃凪が神力を使うと、左足一本もぎ取っても余りある爆発が起きるのだ。

 三日目、ようやく璃凪が起き上がれるようになると、青木の不在時間が増えた。青木は外の警備に当たっているようだった。そうなると、メイドたちの態度が明らかに変わった。テーブルに食事を運ぶ手つきも乱暴で、トレイに載った食べ物は冷たく固くなっているし、しかも、何か良くないものが入っていた。すぐに聖遺物が発動して、げえっと戻してしまう。そうすると、メイドが、汚い、お仕置きです、と背中を棒で叩くのだ。物理防御の聖遺物の発動は、あえて璃凪は抑えた。こんなものを体に仕込んでいるとバレたら、一体どんな目に遭うか分からない。璃凪だけならまだしも、両親がまだ囚われている。背中の皮膚が裂け、血が滲みだしてくる。璃凪は必死に痛みに耐えた。

 ここでは璃凪は歓迎されていないようだった。むしろ平然と危害を与えてくる。青木の奴は、かすり傷一つ負わせるなと命令されていたのに、一体何をしているのだろう?ここの人たちの意図が分からない。璃凪に危害を加える奴と、そうでない奴の二群に分かれているようだ。

 璃凪は時間があれば、海の見えるテラスに出ている。かろうじて空気には世界樹の神力を感じる。そこで神力を整え、傷を癒している。背中は古い傷、新しい傷、たくさん残っていた。メイドたちめ、外から見えないところにばかり傷を負わせてくる。この傷跡は証拠だ。青木の職務怠慢は、きっちりと指摘しないといけないだろう。

 陽射しがきついと、璃凪は疲れてしまう。建物の日陰に引っ込んで、ウッドデッキの上で膝を抱えて丸くなる。

「お嬢様。日に当たりすぎると疲れますよ?」

 メイドの中で、一番年若い女性が声を掛けてきた。このメイドは唯一璃凪を鞭打たないメイドだった。そっと璃凪の背中にタオルケットをかけてくれて、ウッドデッキにトレイを置いてくれる。トレイの上には冷たいジュースとお菓子が置いてある。すかさず璃凪は分析の聖遺物を発動させる。何も仕込まれていない、無害なもののようだ。璃凪はにっこりと笑う。

「お姉さん、ありがとう。」

 実際、出される食事には、結構な確率で良くないものが仕込まれていた。遅発性の毒物、頭をぼうっとさせる精神薬、中毒性があって体の成長を止めるような毒物。そんなものを食べるわけにはいかないし、間違って食べても聖遺物が発動して、吐き出してしまう。だから正直璃凪は飢えていた。美味しい、美味しいと、がつがつとお菓子を食べる。あっという間に完食だ。そのメイドは、微笑んだ。

「お嬢様、またおやつを持ってきますね。」

 そのメイドは、それから数日、無害なおやつを持って来てくれた。午前十時と午後三時、日に二回。すっかり璃凪の胃袋が掴まれてしまったのは仕方がない。そしてその分、食が進まず、毒入りなので進むわけがないし、吐き戻してしまうのだが、メイドたちに背中を鞭打たれた。璃凪は、ギリギリと復讐心にたぎる。絶対に仕返ししてやる。だけど今は、両親を人質に取られているのだ。大人しくしておくしかなかった。

「お嬢様、ほら、ご覧ください。今日の海は格別綺麗ですよ。」

 膝を抱えてウッドデッキに座り込んでいる璃凪に、おやつのメイドが声を掛けてきた。

「ほら、元気を出してください。」

 璃凪は立ち上がり、ふらふらとそのメイドのところに行く。崖に張り出したデッキの手すりに手をついて海を眺めると、いつもと変わらぬ海だった。さして格別綺麗とは思わないけれど。その瞬間、ふわりと体が持ち上がる。そして、手すりから体を放り出された。仰向けに真っ逆さまに海に落ちながら、そのメイドを見上げた。メイドは小気味よさそうに笑っていた。

「お前が死ねば、麗様が。」

 こいつ、親切ぶって、こんな風に油断させて襲う計画だったんだろう。ムカつく。そして落ちながら、崖の岩には世界樹の神力を感じる。せめて一矢報いてやる。璃凪が手を伸ばすと、バキバキと岩がテラスの床を突き破り、そのメイドの体を、まるで生きた蔦のように絡めとった。現場保持だ。せいぜい青木と一緒に罰を受ければいい。

 その瞬間、足首につけられた忌々しい黒い足環がビキビキと音を立てた。しまった、足が吹っ飛ぶ。聖遺物を発動させる時には、この黒い金属は発動しなかったので、璃凪もうっかりしていた。ビキビキと空振しながら、璃凪は海に落ち、沈んでいく。何故か防御の聖遺物が発動しない。胸が焼け付くように痛み、息が苦しい。ごぼっ。璃凪の口から、最後の息が漏れ、揺らめきながら上へ上へと昇っていった。

 ああ、このまま死んじゃうんだろうな。そう思った瞬間。ようやく聖遺物が発動した。璃凪の体をふわりと大きな空気の泡に包まれる。ゲホゲホと咳き込みながら、水を吐いた。そして、新鮮な空気を胸いっぱいに吸う。空気の泡は璃凪を包んだまま、ゆっくりゆっくりと沈んでいった。

 その間、璃凪は足首の忌々しい足環を確認した。あれ?何か材質が変わっているようだ。特性はあまり変わらないけれど、少なくとも神力を破壊するわけではない。むしろ吸着して、何か変性しているようだ。分析すると、アブセンタイド鋼銀というものに変性していた。

 アブセンタイド鋼銀。世界樹の摂理とは異なる摂理の産物。世界樹の摂理、神力も受け入れることが出来る。

 え、何これ?もっと詳しく分析すると、また注釈が出てくる。

 アブセンタイド黒銀を、強い神力に暴露したもの。アブセンタイド黒銀より安定。容易に崩壊しない。

 璃凪は思わず笑う。何だ、黒い土地を元に戻すのには、強い神力を与えればいいんだ。だけど・・・。恨めしそうに上を見上げる。璃凪は今では海の底。泳げない璃凪は、このまま海の藻屑となってしまうのだろう。

 海底の砂の上を当てもなく歩いていると、砂の中に埋もれた白い物体がふわりと光って、海底の地面から浮かび上がってきた。何かの頭のような物体で、目鼻に当たるところには少しばかり凹凸があるばかリの、酷くのっぺりした顔だった。それが顔であるのなら。

 それが璃凪の頭の中に直接話しかけてきた。

『このまま命を終えて、永遠の安寧を選ぶか?それとも生き延びて、予測不能の動乱を求めるか?』

 その声は、幼いころから聞いてきた、白い光の声に似ていた。道標と審判の神の声と。

 璃凪の答えは決まっていた。このまま海の底で死んでしまうのは嫌だ。こんな一人ぼっちで寂しいまま。両親を助け出したい。どうしても会いたい人たちがいる。

「生きたい!死にたくない!」

『そうか、分かった。私の頭を拾ってくれないか。』

 璃凪が手を伸ばしてその頭のようなものを拾い上げた時、海底がぱあっと光って、地面が迫り上がってきた。パラパラと表面を覆う土が剥がれ落ち、表面がはっきりと見える。ナルバスティブ神金の独特なしっとりした輝きだ。璃凪が手をのばしてその表面に触れると、すうっと口が開いて、璃凪の周りの空気の泡ごと中に飲み込んでいった。


 内部はとても明るくて、一瞬璃凪は目が眩んでしまう。次に目を開けた時、床も、ドーム状の天井も、壁も、何もかも真っ白な広い空間にいた。その白い空間の中央に、璃凪の背丈の倍以上の世界樹の黒い木が豊かに茂って、大きな白い実をつけている。いつも見ていた世界樹とは、木自体も、実も、全然大きさが違う。その根元に眠っていた小さな小犬たちが、パッと顔を上げる。白い小犬と金褐色の小犬。璃凪はてっきり神獣のぬいぐるみだと思っていた。それが生きている?小犬たちは鼻の潰れた、大きな目の頓狂な顔をしていて、それが何だかすごく可愛らしい。ふさふさの毛並みで、胴が長くて足が短くて、何だかもたもたと歩く。小犬たちは璃凪の方によちよちと走ってきて、璃凪の周りをぴょんぴょん走り回った。

「わあ、今度の金瞳は女の子だ。」

「導きと変容の女神にそっくりだね。」

「目は創世神の色だわ。」

 璃凪の腕の中の白い頭が、呆れたように言う。

「お前たち、はしゃぎ過ぎだ。金瞳、名前は何という?」

「璃凪。」

「そうか、良い名前だ。この子たちは璃凪が気に入ったようだ。名前をつけてあげてくれないか。」

 小犬たちは嬉しそうに、璃凪の前に座ってパタパタと尻尾を振っている。

「この子たちは神獣様の子供?」

「そのようなものだ。さあ、名前をつけてあげてくれ。」

「うーん、じゃあ、琥珀と真珠。」

 腕の中の頭と、小犬たちが笑った。

「どうして笑うの?」

「いや、真名に近い名前だからね。そのうちに真名に辿り着くだろう。」

 今度はパタパタと、世界樹から二羽の宝石の小鳥たちが飛んできた。透き通った黄色い宝石の小鳥と、薄紫色の宝石の小鳥だ。宝石の小鳥が飛ぶなんて、すごく不思議だった。今度、そんな宝石を作ってみたい。二羽の小鳥は璃凪の肩の上に止まった。

「璃凪、私たちにも名前をつけて。」

「うんと素敵な名前がいい。」

 艶やかな女性の声と、渋い男性の声だった。小さな可愛らしい姿に似合わない、何とも大人の声で、璃凪はびっくりして、腕の中の頭を見下ろす。

「この子たちは神鳥様の子供?」

「まあ、そのようなものだね。さあ、名前をつけてあげてくれ。」

「だったら、タンポポとスミレ。」

 頭も小鳥たちも笑った。だからどうして笑うんだろう?

「おや、今度は離れた。璃凪、君はたった今、この子たちと契約が完了した。」

「契約?」

「この子たちはみんな君の仲間になった。」

 こんな可愛い子たちが仲間になった。璃凪は嬉しそうに笑った。頭は璃凪に話しかけた。

「私は、ユグドラシル・ロー。私とも契約するかい?」

「契約する。仲間になるんでしょ?」

「ああ、そうだ。今から私も仲間だ。私を世界樹の根元に置いてくれないか。」

 璃凪がユグドラシル・ローを世界樹の根元に置くと、ふわっとその頭が光った。

「璃凪、君にお願いがある。私の体の部分は六つに分けてバラバラにされて、この辺りの海底に落ちている。君が全部見つけて、ここに集めてくれないか。」

「うん。でも、私、泳げない。」

「大丈夫だ。琥珀、渡してあげてくれ。」

 金褐色の小犬、琥珀が黒い輪っかを咥えてきた。禍々しい黒ではなく、全て吸い込むような真っ黒で、何とも神聖な黒だ。世界樹と同じだ。そしてその表面には白い球体がいくつも連なっていた。璃凪は思わず微笑む。

「ユグドラシル・ロー。これ世界樹だ。」

「私のことは、ローでいい。そう、これは世界樹の枝のブレスレットだ。これは君の助けになる。腕にはめてごらん。」

 璃凪が受け取って右腕にはめると、ブカブカだったけれど、キュッと縮んで璃凪の腕にピッタリとなる。そしてフワッと光って、そのまま璃凪の手首に吸収されて、ぐるりと手首を取り巻く黒い世界樹の枝の文様のタトゥーとなって、その色も薄れて消えた。

「さあ、これで君は世界樹と繋がった。璃凪、君は一旦帰ったほうがいい。」

「私、ここにいたい。」

「残念だが、ここには君を生かし育てる食べ物がないんだ。それに、君は帰らないと、大事な人たちに会えないだろう?」

 ああ、そうだった。両親を助け出さないと。

「でも、帰り方がわからない。そして帰ったら、もうここに来れない。」

「大丈夫だ、世界樹が君を助ける。君に必要なものは何?」

「海を自在に泳ぐ聖遺物?」

 璃凪の目の前に、望みの神聖画が光り輝くパネルになって現れた。比較的単純な構造だ。璃凪が両手の平を天に向けると、右手からするするとナルバスティブ神金が糸のようになってするすると宙に向かって上っていく。そしてそこでクルクルと精巧な立体画を描く。それをぎゅっと圧縮して、さらにそれの周りとクルクルと糸が絡んで、小さな魚の形になる。そしてふわりと璃凪の手の平に落ちてきた。

 小犬たちは大はしゃぎで、小鳥たちは歌い、そしてローは笑った。

「そのままでも良いのに、何故魚の形?」

「あら、だって、可愛いほうがいいでしょ?」

 そしてもうひとつ、璃凪は簡単な聖遺物を作る。翔馬にも渡した、正確な地図と方角と現在地を示す聖遺物と、正確な時間を示す聖遺物だ。二つの聖遺物をぎゅっと圧縮して、小さなメダルの形にする。表面には世界樹と小犬たちと小鳥たちのレリーフを入れる。裏はツルツルの鏡面だ。小犬たちと小鳥たちは嬉しそうにしている。

「私は仲間外れなのかい?」

 ローの声は揶揄うような、少し残念そうな響きだった。璃凪は困ったように笑った。

「だって、頭だけなんて悲しいもの。体が全部揃ったら、ローのレリーフで何か作る。」

「それは楽しみだ。」

 璃凪は魚の形の聖遺物を、右足の甲に当てる。すうと光って、白い魚のタトゥーに変わり、そして消える。そしてメダルを左手の手の甲に同じように当てる。同じようにレリーフの紋様のタトゥーになって消えた。

「この場所の位置は、その聖遺物にマークしておいたよ。君の体には聖遺物だらけだね。」

「うん、たくさん、聖遺物を作るの。」

「そうか、その神力といい、君はこれまで随分頑張ってきたんだね。しかもアブセンタイド黒銀を、綱銀に変えてしまった。君は運命の子なんだろう。」

「運命の子?」

「後で話してあげるよ。璃凪、さあ、もうお帰り。そしてまたおいで。」

 璃凪は頷いて、ふわっと足首の聖遺物を発動させた。透明なバイザーが顔全体を覆い、それは銀色の柔らかなベルトで頭に固定されている。そして足には大きなヒレがついて、体全体を薄くシールドが覆っていた。璃凪はペタペタとドームの壁の端まで進むと、振り返って手を振った。小犬たちは尻尾を振り、小鳥たちは宙を舞い、のっぺりしたローの顔が笑っているように見えた。壁に手をつくと、壁がすうと璃凪を飲み込んでいく。次の瞬間、璃凪は海底にいた。名残惜しそうに海底ドームを振り返りながら、ゆっくりと海面へと泳いでいく。足をバタつかせると、面白いように望みの方向に向かう。そして息は全然苦しくなかった。


 こうして、璃凪は新しい仲間を得て、新たな生活が始まる。東條の家だって、きっと我慢できる。


やっとプロローグに追い付きました。

これから璃凪のさらなる試練と冒険が始まります。

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