プロローグ 金瞳は災難の証。
ごぼっ。
璃凪の口から、息が漏れ、大きな空気の塊になって、揺めきながら大きくなって上へと昇っていく。胸が焼けつくように痛み、服が水を含んで重くなって、深い海の中をどんどん沈んでいく。
璃凪は言いつけを守って、大人しく過ごしてきたはずだ。東條家の当主が、璃凪がお利口にして言うことを聞けば、お父さんとお母さんに会わせてあげる、そう言ったから、大人しく言いつけを守ってきたつもりだ。苦しいのも痛いのも我慢した。なのに何故。その一方で、ああ、やっぱり、という思いもある。
日頃、璃凪の身の回りのお世話をしてくれる女性が、低い崖に張り出した海を臨むテラスに呼び出して、いきなりテラスの石の手すりの上に璃凪を持ち上げ、そのまま海に突き落としたのだ。まだ年若く成人したての女性であったが、十歳になったばかりの璃凪にとって、とても大きく見えて、立派な大人の女性だった。頼る相手もいない璃凪は、その女性に少しばかり気を許していた。その女性は璃凪を海に突き落としながら、小気味良さそうに笑っていた。ああ、やっぱり、気を許していい相手などいなかったのだ。璃凪を油断させて、こんな風に襲う計画だったのだろう。
「お前が死ねば、麗様が。」
璃凪が海に落ちながら、何か掴むように手を伸ばすと、地面から岩がテラスの床を突き破り、まるで柔らかな植物の蔦のように、その女性の体に絡みついていく。その女性はひどく驚いた顔でびっちりと岩の蔦に絡みとれ、そのままの姿勢で動けなくなった。そして海に落ちた璃凪は、体を圧迫される苦痛に大きく息を吐きだした。ごぼっ。ゆらゆらと空気の泡が上へと昇っていく。
その時璃凪の左手首がふわりと光って、空気の泡に包まれた。新鮮な空気が肺を満たして、璃凪はゲホゲホと咳き込みながら、水を吐いた。空気の泡に包まれて、璃凪はゆっくりと海底の砂の上に降り立った。目の前に、何か白いものがふわりと光った。
それは何かの頭だった。人間の頭のような形をしているけれど、目鼻のあるところに、それらしい凹凸があるだけの、のっぺりした物体だ。それが璃凪の頭の中に、直接語りかけてきた。
「このまま命を終えて、永遠の安寧を選ぶか?それとも生き延びて、予測不能の動乱を求めるか?」
その声は、幼い頃から時々話しかけてきた、白い光のような男の人の声にとてもよく似ていた。璃凪は泳げない。たとえ泳げても、海の底ではどうすることもできない。そして答えは決まっている。璃凪は寂しくてたまらない。どうしても両親に会いたい。
「生きたい!死にたくない!」
「そうか、分かった。私の頭を拾ってくれないか。」
璃凪が手を伸ばし、その頭のようなものを拾った時、ぱあっと海底が光って盛り上がってきた。
そうして璃凪の波乱に満ちた挑戦と冒険の旅が幕を開けた。




