遥かなる大西洋、あるいは見捨てられた港
フランクリンが再びフランスへ旅立ってから、もう何年が経ったのだろうか。
フィラデルフィアの古びた自宅の窓辺で、私は今日もただ濁った灰色の空を見つめている。かつて夫が「これからは文字の力で誰もが豊かになる」と誇らしげに語っていた印刷所の騒がしい駆動音も、今の私にとっては、耳の奥で鳴り止まない砂嵐のような雑音に過ぎない。
私の名前はデボラ。あの「建国の聖人」であり、いまや新国家の最高額紙幣にその笑顔を残すことになったベンジャミン・フランクリンの、法的な妻だ。
世間の人々は、私のことを羨望の眼差しで見る。若き日の夫がパンを3つ抱えてこの街に漂着した瞬間から、その並外れた才能を見抜き、生涯を捧げて彼を支え続けた「一途なヒロイン」として、新聞や彼自身の自伝の中で美しく祭り上げられているからだ。自伝の中の私は、いつも変わらぬ可憐な姿のまま、夫の偉大な業績を信じて帰る場所を守り続ける、無垢な象徴として描かれている。
しかし、その美しい物語の頁を一枚めくれば、そこに残されているのは、インクのシミのように黒く冷たい、徹底的な拒絶の現実だった。
夫は外交官という大義名分を掲げ、イギリスへ、そしてフランスへと、計数十年間にもわたってこのアメリカを離れ続けた。その間、私はこのフィラデルフィアの家に、文字通りたった一人で置き去りにされていた。
「なぜ、夫と共にヨーロッパへ渡らなかったのか」
街の人間は、無邪気にそう私に問いかける。彼らは、私が極度の船恐怖症であり、荒れ狂う大西洋を渡る航海にどうしても耐えられない肉体であることを知っている。そして、夫であるベンジャミンもまた、その事実を誰よりも深く理解していたはずだった。
船に乗れない私を置いて、彼は大西洋の向こう側へと旅立った。最初の数年は、国家の命運を懸けた激務ゆえに帰れないのだと、自分に言い聞かせていた。私は震える手で何度もペンを握り、彼への手紙を書いた。
「あなた、どうか一日も早く帰ってきてください。あなたなしの家はあまりにも広く、夜の寒さが骨に染みます。あなたの元気な姿を、もう一度だけでいいからこの目で見たいのです。私は船には乗れません。だから、どうかあなたから、こちらへ戻ってはいただけないでしょうか」
涙でインクが滲んだ手紙を、私は何十通、何百通と送り続けた。返港する船便があるたびに、私は港へと足を運び、ロンドンやパリからの返信を待ちわびた。
だが、彼から返ってくる書簡は、いつも事務的で冷徹な、数行の文字列だけだった。
「デボラ、現地の外交交渉は極めて緊迫している。私が今ここを離れれば、数万の平民が被る経済的損失は計り知れない。君の寂しさは理解するが、大局的なコストを考慮すれば、私の帰国は非効率的であると言わざるを得ない。家計に必要な資金は十分に送金している。それで必要な物資を買い、そちらの安全を維持してほしい」
それは、妻への愛の言葉ではなく、ただの「資産管理報告書」だった。
彼にとって、私の孤独や悲しみという感情は、国家の外交という巨大な計算シートにおける「無視して差し支えない微小な誤差」に過ぎなかったのだ。
さらに耐え難かったのは、風の噂で聞こえてくる、大西洋の向こう側の華やかな現実だった。
イギリスやフランスの社交界において、ベンジャミン・フランクリンという男は、素朴な毛皮の帽子を被った「洗練されたアメリカの哲学者」として、爆発的な人気を博していた。現地の新聞は、彼がいかにフランスのトップ貴婦人や女王たちに囲まれ、その洗練されたユーモアで彼女たちの心を虜にしているかを、面白おかしく報じていた。
「なんて刺激的で、美しい男なの」
フランスのサロンで、着飾った若き貴婦人たちが夫の周りに群がり、彼を奪い合っているという。夫は彼女たちに向けて、私が一度も聞いたことのないような甘い詩を贈り、チェスを指し、夜通しワインを酌み交わして談笑しているのだ。
私がこの薄暗い部屋で、彼の残した印刷所の家計簿を必死に計算し、孤独と病魔の恐怖に怯えているその瞬間にも、彼はヨーロッパの最高級のサロンで、美女たちの香水の香りに包まれながら完璧な笑顔を浮かべていた。
彼が自伝の中で描いた「一途な妻」という私の枠組みは、彼がヨーロッパで独身の自由を満喫し、同時に「アメリカに残した貞淑な妻を愛する聖人」という完璧な社会的キャラクターを維持するための、最も都合の良いトリミングに過ぎなかった。
私をアメリカに縛り付け、帰る場所の管理人として機能させつつ、自身は海外で最大の外交成果と個人的な快楽を得る。それこそが、彼の脳内にあるカンストした知力が導き出した、「デボラ・フランクリン」というリソースの最高効率の運用方法だったのだ。
年齢を重ねるにつれ、私の身体は確実に動かなくなっていった。長年の孤独とストレスは私の肉体を内側から蝕み、やがて脳卒中の兆候が私の自由を奪い始めた。
ろれつが回らなくなり、右手でペンを握ることすらできなくなった私は、それでも必死に、最後の手紙を他人に代筆させて彼へ送った。
「ベンジャミン、私の命はもう長くありません。最後に、最後にあなたの顔を見せてください。お金も、名誉も、何も要りません。ただ、あなたが私の手を握ってくれるだけでいいのです」
それが、私の最後の叫びだった。
しかし、その悲痛な願いに対する夫の回答は、完全な「無視」だった。
彼は帰ってこなかった。それどころか、私が病床で意識を失いかけ、孤独な死の恐怖と戦っているまさにその日、その時間、ベンジャミンはパリのきらびやかな宮廷で、若く美しい未亡人への求婚の詩を詠み、満面の笑みで拍手を浴びていたという。
私という存在は、彼の人生の終盤における「すでに使い古され、これ以上のリターンを生まない減価償却済みの資産」に過ぎなかった。病床の老女の看病に時間を割くよりも、フランス宮廷での外交ロビー活動に1秒でも多く投資した方が、国家の建国リスクを最小化できる。
彼の計算シートには、感情が入る余地など最初から1平方ミリメートルも存在しなかったのだ。
「ああ……ベンジャミン……」
意識が遠のいていく中、私の視界の隅に、彼がかつて印刷した古い新聞の切り抜きが映った。そこには、常に余裕のある笑みを浮かべ、民衆の幸福のために動く、若々しく完璧な彼の肖像が印刷されていた。
私が愛したはずのあの優しい笑顔は、一体何だったのだろうか。
それは、自分の計画の邪魔になるものであれば、数十年間連れ添った妻であれ、血の繋がった息子であれ、一切の感情を挟まずに冷酷に切り捨てる、世界で最も恐ろしい怪物の仮面だったのだ。
民衆は、100ドル札に描かれた彼の笑顔を「聖人の慈悲」として永遠に崇拝し続けるだろう。だが、その美談の劇場の最暗部には、海を渡れず、夫に忘れ去られ、ただ孤独の中で息を引き取っていく私という生贄の血が、べっとりとこびりついている。
冷たい床の上に、私の最後の手紙が力なく落ちた。大西洋の波の音はどこまでも遠く、私が息を引き取るその瞬間まで、私の部屋の扉が開くことは二度となかった。




