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無償の叡智、特許なき公開がもたらす人類の安全

私が考案した避雷針の防衛ネットワークがフィラデルフィアの全域を包み込み、猛烈な大嵐による落雷被害を完全にゼロへと抑え込んだ翌朝、街はこれまでとは全く異なる熱気に包まれていた。


執務室の窓を開けると、清々しい青空の下、家々の屋根の頂点で朝日に照らされ、凛と輝く金属棒の列が視界に飛び込んでくる。それはもはや、単なる鉄や銅の棒ではない。自然界の破壊的なエネルギーを完全に掌握し、無効化した人類の知性の象徴であった。


だが、この圧倒的な成功の直後こそ、私の真の目的である「人類の最適化」を証明するための最も重要な岐路となる。


「フランク! 大変なことになっている。商会のエントランスが、各州の総督からの使者や、大西洋を越えてやってきた貿易商たちで埋め尽くされているぞ!」


ウィリアムが、何百枚もの書簡を抱え、興奮を隠しきれない様子で部屋に駆け込んできた。誠実で引き締まった体躯を持つ彼の右腕は、すでに幾つもの交渉を捌いてきたようだが、今回ばかりはその規模の大きさに圧倒されているようだ。


「彼らの要求はすべて一致している。君が発明した『天の盾』、すなわち避雷針の独占製造権と販売ライセンスを、自国や自組織に売ってくれという申し出だ。見てくれ、ロンドンの大富豪からは、これだけで小国を一つ買い取れるほどの金額が提示されている」


ウィリアムが差し出してきた契約書には、天文学的な数字のポンドやドルが躍っていた。カンストした私の知算能力をもってすれば、この特許を世界中で登録し、厳格にライセンス管理を行った場合に得られる富の総量が、既存の国家予算すら遥かに凌駕することは瞬時に弾き出せる。


それは、世界の富のシステムそのものを掌握できるほどの、巨大なチャンスであった。


しかし、私は仕立ての良い上質な衣服の襟元を静かに正し、いつものように余裕のある笑みを浮かべた。ペンを握る手には一切の迷いもなく、ただ目の前の巨万の富を冷徹に見つめている。


「すべて却下だ、ウィリアム。そのすべての契約書を、今すぐ丁寧に送り返してきなさい」


「な……却下、だと!? フランク、正気か? これは君の頭脳が勝ち取った、正当な権利だ。世界中の誰もが君に富を差し出したがっているというのに!」


ウィリアムの驚きは無理もなかった。ビジネスの自動化に成功し、すでに十分な大富豪となっていた私だが、目の前にあるのはそれをさらに何百倍にも膨らませる利権なのだから。


私は静かに椅子から立ち上がり、部屋の壁に掛けられた世界地図へと歩み寄った。


「ウィリアム、私の言葉をよく聞きなさい。もし私がこの技術の特許を取得し、高額な使用料を設定したなら、何が起きると思うかね? 富裕層の邸宅や王族の宮殿、あるいは巨大な国家施設だけが安全を手に入れ、最も保護されるべき下町の木造家屋や、地方の貧しい農民たちの納屋は、来年の嵐で再び焼き尽くされることになる。それは、私の目指す『全体の幸福の最大化』からは程遠い、極めて非効率で不条理な現実だ」


私の声には、個人の利益よりも人類全体の発展を優先する、完璧な聖人としての圧倒的なオーラが宿っていた。


「私は最初から、この世界の理を解明し、人々を天災の恐怖から救うために実験を行った。科学の成果とは、天から与えられた共有の財産であるべきだ。したがって、私はこの避雷針の特許を一切取得しない。すべての設計図、製造マニュアル、設置のノウハウを、地球上のあらゆる人々に向けて【完全無償公開】とする」


「完全無償公開……。富ではなく、人類の安全を、本当にそのまま無償で差し出すというのか」


ウィリアムは、私のあまりにも高潔な決断に言葉を失い、ただ深く息を呑んだ。だが、すぐにその目に宿ったのは、私に対する絶対的な忠誠心と、底知れない畏敬の念であった。


「やはり君は、私が見込んだ通りの男だ。利益の数字に目を奪われていた自分の視野の狭さが恥ずかしいよ。分かった、君の理想を、今すぐこの世界の隅々まで届けてみせよう」


「頼むよ、ウィリアム。フランクリン印刷所のすべての駆動効率を最大化し、パンフレットを大量に印刷するんだ。文字を読める者なら誰でも自力で避雷針を作れるよう、最も分かりやすい言葉で書き換えた特製の冊子をね」


数時間後、フランクリン印刷所では、私が夜を徹して書き上げた最新のインフラ解説書が、超高速で刷り上がっていった。インクの配合を改良した自慢の最新技術により、紙面は鮮やかに、そして一瞬で乾燥し、山のような冊子となって次々と出荷されていく。


この冊子には、金属棒の最適な長さから、地中深くへとエネルギーを逃がすための導線の太さ、さらには建物の構造に合わせた最も効率的な配置方法にいたるまで、私のビジネス知識と現代的な内政の視点がすべて注ぎ込まれていた。


そして、それらはすべて「無料」で民衆へと配布された。


この圧倒的な聖人ムーブは、またたく間にフィラデルフィアの全域、ひいては近隣の諸州へと凄まじい衝撃となって広がっていった。


下町の広場や職人たちの集会所では、配られた冊子を手にした民衆が、信じられないといった様子で声を震わせていた。


「おい、これを見てみろ……! あのフランク様が、雷から身を守るためのすべての方法を、ただで俺たちに教えてくれたんだぞ!」

「特許を取っていれば、一生どころか何世代も大富豪でいられたはずなのに……。フランク様は、俺たち貧しい労働者の命を守るために、そのすべての権利を捨ててくださったんだ!」


民衆の間に湧き起こったのは、単なる感謝を超えた、狂信的なまでの崇拝と絶大な支持であった。彼らは、自らの個人的な富を完全に放棄し、人類全体の安全のために動く私の姿に、本物の「知の聖者」の姿を見たのだ。


この無償公開の恩恵は、経済的にも街へ計り知れない利益をもたらした。


これまでは、毎年夏になるたびに落雷による火災で莫大な物資や倉庫が失われ、その補償や再建のために地域の経済は大きな足かせをはめられていた。しかし、誰もが無料で避雷針を設置できるようになったことで、都市全体の防衛インフラは一瞬にして完成した。火災のリスクが完璧に排除された街には、より多くの商人が集まり、流通はさらに加速し、結果として我がフランクリン商会の周辺ビジネスもまた、間接的に自動的な大成功を収めていく。


これこそが、私の計算通りの「最高の結果」であった。目先のライセンス料に固執するよりも、社会全体の基盤を安全に最適化することこそが、中長期的に最も強固な繁栄を生み出すのだ。


だが、このクリーンな改革の裏で、私の名声と影響力を妬む古い勢力による最後のあがきが、密かに進行していた。


翌日、印刷所の応接室に、数人の身なりの良い、しかし表情の歪んだ男たちが現れた。彼らは、隣の州で鉱山や金属加工の利権を独占し、高額な手数料で不当な利益を貪っていた悪徳商人たちの代理人、そして古い権威にすがる保守派の学者たちであった。


彼らは、私が技術を無償で公開したことにより、自分たちが雷除けのまじないや、粗悪な防災設備を法外な値段で売りつけるビジネスが完全に崩壊したことに激怒していた。


「フランク氏! 貴殿のやっていることは、我々既存の商秩序に対する明確な破壊行為だ! これほどの発明を無償でバラまくなど、市場の調和を乱す不届きな真似であると気づかないのか!」


老害学者の一人が、顔を真っ赤にして私を指差した。


「そうだ! 科学の知識とは、選ばれた特権階級が管理し、正当な対価を払える者だけに提供されるべきもの。それを、文字もろくに読めない下層の民にまで無償で与えるなど、社会の階級制度を冒涜する行為だ!」


彼らの言葉は、自らの利権を守りたいという醜い私欲を、さも高尚な社会論であるかのように仕立て上げた、極めて非論理的な暴論に過ぎなかった。


私は、彼らの怒声に対しても、一切動じることなく、デスクに深く腰掛けたまま、静かに紅茶を口に運んだ。そして、カップをソーサーに戻すかすかな音と共に、衰えを知らない弁舌の切れ味をもって、静かに、しかし圧倒的な威圧感を持って語り出した。


「市場の調和、ですか。ならばお聞きしますが、貴方方の言う『調和』とは、毎年罪のない市民の家が燃え落ち、その灰の上で貴方方だけが利益を貪り続けることを指すのですか?」


私の冷徹な正論が、部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。


「私が技術を無償公開したのは、誰にでも作れるほどこの仕組みがシンプルであり、かつ、人の命は何ものにも代えがたい地球上の最優先事項だからです。特許によって一部の富裕層だけを救い、残りの大半を見捨てるような真似は、私には到底できません。もし、人々の命を救うことが市場の破壊だと言うのであれば、どうぞ、その醜い主張をそのまま街の広場で民衆に向かって叫んでみてください。彼らが貴方方にどのような審判を下すか、私が見届けてあげましょう」


「くっ……!」


男たちは言葉を失い、激しく息を詰まらせた。私の放つ圧倒的な正当性と、背後にいる全市民の支持という巨大なプレッシャーの前に、彼らの論理は完全に粉砕されたのだ。彼らはこれ以上ここに留まれば、自分たちの社会的信用が完全に消滅することを察知し、捨て台詞を残して這う這うの体で退散していった。


彼らの背中を見送る私の口元には、完璧な勝利を確信する余裕の笑みが浮かんでいた。これで、私の進める新時代のインフラ改革を阻むものは、この地には何一つ存在しなくなった。


その夜、すべての喧騒が去った静寂の中で、私は執務室の机に向かい、ヨーロッパの主要な科学アカデミーに宛てた公式の書簡を執筆していた。この避雷針の論文が海を渡れば、古い権威に縛られた旧世界の学者たちも、私の築き上げた現代的内政の凄まじさを認めざるを得なくなるだろう。


背後から、静かな足音が近づいてきた。


デボラが、私の大好きな温かいスープをトレイに乗せて、静かに部屋に入ってきたのだ。彼女の可憐な佇まいは、出会ったあの日から変わらぬクリーンな輝きを放っており、その一途な瞳には、世界を救う夫への深い愛情と信頼だけが映っていた。


「フランク、本当にお疲れ様。貴方の決断を、街の人たちがどれほど喜んでいるか、私も外でたくさん聞いてきたわ。誰もが貴方を、この国に現れた本物の聖人だと称えているわ」


彼女はスープを机に置くと、私の仕立ての良い衣服の肩に優しく手を添えた。その温もりが、私の張り詰めた頭脳を心地よく解きほぐしていく。


「みんなが喜んでくれているなら、それが一番の報酬だよ、デボラ。私はね、この街を世界で最も安全で、最も進んだ場所にしたいんだ。天災の恐怖に怯えることなく、誰もが自由に学び、働き、豊かになれる理想の環境をね」


私は彼女の手の上に、自らの力強い手を重ね、優しく微笑みかけた。彼女がこうして、いつでも変わらぬ優しさで私の帰る場所を守り続けてくれるからこそ、私は現役としての圧倒的なエネルギーを一切衰えさせることなく、世界の変革に挑み続けることができるのだ。


「貴方の想いは、きっと世界中に届くわ。私はずっと、貴方のそばでその景色を見守っているからね」


デボラは嬉しそうに微笑み、私の作業を邪魔しないよう、静かに部屋を後にした。


翌朝、ウィリアムがさらに素晴らしい報告を持って部屋を訪れた。


「フランク! 君の無償公開したマニュアルに基づいて、近隣のすべての州の公共施設でも避雷針の設置が完了したそうだ。さらに、フランスやイギリスの科学者たちからも、君のこの高潔な振る舞いに対する、最大級の賛辞を記した手紙が届き始めているぞ。ヨーロッパの王族たちも、君の肖像画を求めているらしい!」


私は届いた手紙の山を一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。


「そうか。旧世界の王族たちも、ようやく私の提示した『科学の合理性』の前に屈し始めたというわけだ。歓迎しよう。だが、私の内政のグランドデザインは、まだこのような場所で立ち止まるものではない」


天災を完全に排し、特許なき無償公開によって世界最高のカリスマ大富豪にして「聖者」としての地位を不動のものとした私。だが、物理的な安全を確保した今、次なるステップは、この街の市民たちの生活環境そのものを、さらに高次元へと引き上げるチート級の内政ハッキングだ。


「ウィリアム、次の準備にかかろう。夜の闇を完全に駆逐し、冬の寒さから全ての貧民を救うための、全く新しいガジェットの設計を始める。私たちの文明の速度を、さらに加速させるんだ」


「ああ、どこまでもついていくよ、フランク。君となら、本当に新しい世界を作れる気がするんだ」


ウィリアムと力強い視線を交わし、私は再びペンを握った。私の導き出す最速の最適解が、そのまま人類の歴史の教科書となっていく。その絶対的な確信を胸に、私は今日も、最高の結果を導き出すために戦い続けるのだ。窓の外には、私の作った避雷針が、青空に向かってどこまでも誇らしくそびえ立っていた。

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