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生者失格~異世界転生したらもう死んでたんだが~  作者: ぐうたらするめ


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20/20

最終話「生き返っても、まだ失格」

 光の中にいた。


 温かい。体の奥まで温かい。今まで感じたことのない温もり。


 これが——体温か。


---


 俺は冥境の門の前に立っていた。


 巨大な紫色の裂け目。そこから溢れ出す死の気配。


 門を閉じるには、死者としての自分を切り離す必要がある。聖杯の力が俺の中の「死」と「生」を分離し、死者としての力を門に還す。


 怨念(微量)。夜目。しぶとい。


 アンデッドとして得た全てのスキルが、体から剥がれていく。


「……さらば、しぶとさ。お前には世話になった」


 最後に残ったのは、霊核そのもの——俺の魂の殻。


 それを門に投げ込んだ。


 紫色の裂け目が、ゆっくりと閉じていく。冥境から溢れていた死者たちが、光に触れて消えていく。一人、また一人。


 グラドゥスが、門の向こうから俺を見ていた。


「さらばだ、器よ。いや——生者よ」


「ああ。さらばだ、グラドゥス。……たまには夢に出てきていいぞ。友達少ないから」


「……滑稽な男だ。最後まで」


 グラドゥスの影が薄れ、門が完全に閉じた。


 空の裂け目が消え、紫色の光が失せ——青空が見えた。


---


 大聖堂の床に、俺は倒れていた。


「ポジオ!」


 リリアの声が聞こえる。


「ポジオ! 目を開けて!」


 重い。体が重い。骨だけの時は軽かったのに、今は全身がずっしりと重い。


 筋肉があるからだ。肉があるからだ。体温があるからだ。


 目を開けた。


 天井が見える。大聖堂の、壊れかけた天井。太陽の光が差し込んでいる。


「…………まぶしいな」


 夜目がなくなった。普通の視力だ。太陽がまぶしい。


「ポジオ! あなた——」


 リリアの顔が、目の前にあった。涙を浮かべている。初めて見る、リリアの涙。


「リリア……泣いてるのか?」


「泣いてません。聖水が目に入っただけです」


「嘘つき」


「うるさいです」


 手を持ち上げた。


 肌色の手。温かい手。指が五本、ちゃんと揃っている。爪もある。毛も生えている。


「……人間だ」


 人間の手だ。


「人間に——戻った」


---


 ネクロミアが駆け寄った。


「蘇生成功。霊核の痕跡なし。生体反応正常。体温36.4度。脈拍68。——完全な生者よ」


「ネクロミア……」


「おめでとう」


 ネクロミアが微笑んだ。それからぽつりと言った。


「今のあなた、研究価値はだいぶ下がったわね」


「……ははっ。言うと思った」


「でも、人としての価値は——まあ、悪くないんじゃない?」


「お前にそう言ってもらえると嬉しいよ」


---


 セレスが来た。


「ポジオさん! 生き返ったんですね!」


「ああ。セレス、ありがとう。お前の力のおかげだ」


「私は大丈夫です。呪いの制御も問題ありませんでした」


「本当か? 無理してないか?」


「してません。約束したじゃないですか。——でも健やかでよかったです」


「お前は本当にその台詞が好きだな」


 セレスがにこにこ笑う。相変わらず天使だ。


---


 レオンが聖剣を鞘に収めて歩いてきた。門が閉じた後、残りのアンデッドを全て討伐したらしい。さすがSSR勇者だ。


「ポジオ」


「レオン」


「生き返ったな」


「ああ」


「ようやく同じ土俵だな」


 レオンが手を差し出した。今度は温かい手同士が握り合った。


「約束通り、メシ食いに行くぞ」


「ああ。今日の夜でいいか?」


「今日は疲れたろ。明日にしろ」


「よし。明日。酒場で。おごってもらうからな」


「お前がおごるって言ったんだろ」


「え、そうだっけ」


「……まあいい。割り勘にしよう」


---


 大聖堂の外に出た。


 町は戦いの跡で荒れていたが、人々が片付けを始めている。


 俺を見て——人間の姿の俺を見て——町の人たちが声をかけてきた。


「あんたが……あの骸骨の騎士様か?」


「ああ。生き返った。ようやく」


「本当に人間に……」


「ああ。もう骸骨じゃない。肋骨も見えない。仮面もいらない」


「…………よかったなぁ」


 おじさんが泣いてくれた。橋を直した村のおじさんだ。わざわざ町まで来てくれたらしい。


「……ありがとう」


「こっちの台詞だよ。あんたのおかげで、村は助かったんだ」


---


 そして——墓地。


 ボーン先輩を探した。


 墓地の古参アンデッドたちの姿は、もうなかった。門が閉じた時に、一緒に消えたのだろう。


 苔むした墓石の上に、何かが置かれていた。


 骨。指の骨が一本。ボーン先輩の骨だ。


 折れかけた指の骨の下に、地面に書かれた文字があった。


---


> 新入り。

> 面白かったぞ。

> まあ、頑張れ。


---


「…………先輩」


 涙が出た。


 涙腺が復活したおかげで、初めて涙が出た。


 蘇生して最初の涙が、先輩のためだった。


「ありがとう。……絶対に、忘れない」


---


 その夜。


 墓地の小屋に戻った。——いや、もうここは俺の住まいではない。アンデッドではなくなった俺には、墓地に住む理由がない。


 リリアが書類を持っていた。


「ポジオ。蘇生が完了しましたので、暫定滞在許可は終了です。監視業務も解除されます」


「そうか……。俺たちの同居も終わりか」


「同居ではなく監視でした。何度言ったらわかるんですか」


「わかってるよ。……でも、ちょっと寂しいな」


「…………」


「リリア。これからどうするんだ? お前の次の任務は?」


「次の任務は……まだ決まっていません。蘇生の前例がないので、事後報告書の作成に時間がかかりそうです」


「大変だな」


「ええ。あなたのせいで、教会の事務量が倍になりました」


「すまん」


「…………」


 リリアが、少し間を置いて言った。


「ポジオ」


「ん?」


「あなた、これからどうするんですか? 住む場所も仕事もないですよね」


「ああ。冒険者ギルドでFランクから再スタートかな。あ、でも生者台帳に載ってないから、まず住民登録から——」


「住民登録から始めましょう」


「…………リリア。今の台詞、前にも聞いたぞ」


「ええ。最初に会った時にも言いましたね」


「……ああ。振り出しに戻ったってことか」


「そうですね。ですが——」


 リリアが、少しだけ微笑んだ。


「今度は、私が案内します。生者の世界を」


「…………ありがとう」


「感謝は不要です。——これは業務ではなく、個人的な申し出ですので」


「…………!」


「勘違いしないでくださいね。あなたが一人で行政手続きをやると、また騒動を起こすので。監督が必要なだけです」


「素直じゃないなぁ」


「うるさいです」


---


 翌朝。


 生き返って最初の朝日を見た。


 眩しい。生身の目だと、朝日ってこんなに眩しいんだな。


 教会に向かった。住民登録の手続きをするためだ。リリアが隣を歩いている。


 途中でレオンに会った。


「おはよう。今日は何をするんだ?」


「住民登録」


「……蘇生の翌日に行政手続きか。お前らしいな」


 ネクロミアにも会った。


「あら、朝から忙しそうね」


「住民登録だ」


「ふふ。人間に戻って最初にやることが役所仕事。あなたの人生、初回から面倒ね」


 セレスにも会った。


「ポジオさん! おはようございます! 今日も健やかですね!」


「おう。今日は本当に健やかだ。体温あるし、脈拍あるし、何なら腹も減ってる」


「ご飯、一緒に食べましょう!」


「ああ。生き返って初めてのメシだ。何食おうかな」


---


 教会の受付に行った。


「住民登録をしたいのですが」


「はい。お名前は?」


「ポジオ。日向ポジ男」


「種族は?」


「人間です」


「……え、あなた、あの骸骨の騎士様……?」


「元、です。今は人間です。ほら、肌色だろ? 温かいだろ? 臭くないだろ?」


「は、はぁ……。では生者台帳に登録しますので、こちらの書類にご記入を——書類がかなり多いですが」


「多い……」


「蘇生者の登録は前例がないので、通常の住民登録に加えて、蘇生証明書、身元保証書、健康診断書、治安保証書、教会承認証の写し、現場証言者の陳述書、そしてこちらが——」


「多い!! 多すぎる!!」


「前例がないので……」


---


 山積みの書類を前に、俺はへたり込んだ。


 リリアが隣で淡々と書類を整理している。


「ポジオ。ここに署名を。あとこっちにも。こっちは拇印を。こちらは教会印を私が押しますから。あとこれは——」


「リリア。お前がいなきゃ、絶対に無理だったな」


「ええ。あなた一人では住民登録すら完了しないでしょう」


「……生き返ったのに、一番大変なのが紙仕事って何なんだ」


「それがこの世界です。蘇生は奇跡ですが、奇跡の後には必ず事務処理が発生します」


「…………」


 窓の外では、空が青い。


 町の人々が普通に歩いている。普通の朝。普通の日常。


 俺が欲しかったもの。くだらなくて面倒くさくて、でもあったかい日常。


 それが——ここにある。


 山積みの書類付きだけど。


---


「ところでリリア」


「何ですか」


「俺、モテると思う? 人間に戻った今なら」


「…………」


「どうだ? ストレートに聞いてみてる」


「まず鏡を見なさい」


「見た。悪くない顔だろ? アンデッドの頃より断然いいだろ?」


「顔はまあ……普通です」


「普通!? 死人系美形の方がよかった!?」


「そうは言ってません。……普通でいいんです。普通の顔で、普通に笑えるなら」


「…………」


「ハーレムは諦めてください」


「ぐっ」


「でも——」


 リリアが書類から目を上げた。いつもの真面目な瞳。でも、その奥に、ほんの少しだけ柔らかいものが見えた。


「一人くらいなら、見つかるかもしれませんね」


「…………!」


「さ、次の書類。はい、ここに署名」


「お、おう」


---


 こうして、俺の異世界アンデッド生活は終わった。


 骸骨で始まり、書類で終わった。


 生者失格の男が、生者になった。


 ハーレムはまだない。モテてもいない。住民票すら取得途中。


 でも、隣には書類を整理してくれる女がいて、明日はレオンとメシを食いに行く約束があって、ネクロミアの研究塔に遊びに行く予定があって、セレスと朝ご飯を食べる約束をした。


 一人じゃない。


 モテてないけど、一人じゃない。


 それはきっと——ハーレムよりも、ずっと良いものだ。


 ……たぶん。


 ……おそらく。


 ……いや、やっぱりハーレムも欲しい。


「ポジオ。まだ書類が七枚残ってます」


「七枚!?」


「さっさとやりましょう。住民登録しないと、あなたはまだ行政上の幽霊です」


「ハーレムどころか住民票かよ!!」


---


 窓の外で、誰かが笑ってる気がした。


 カタカタと、骨が鳴るような乾いた笑い声が。


 気のせいかもしれない。


 でも、聞こえた気がして——俺は笑い返した。


 今度は、ちゃんと顔で笑えた。


---


最終話「生き返っても、まだ失格」 ― 了


---


# 生者失格 ~異世界転生したらもう死んでたんだが~


## ― 完 ―


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