最終話「生き返っても、まだ失格」
光の中にいた。
温かい。体の奥まで温かい。今まで感じたことのない温もり。
これが——体温か。
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俺は冥境の門の前に立っていた。
巨大な紫色の裂け目。そこから溢れ出す死の気配。
門を閉じるには、死者としての自分を切り離す必要がある。聖杯の力が俺の中の「死」と「生」を分離し、死者としての力を門に還す。
怨念(微量)。夜目。しぶとい。
アンデッドとして得た全てのスキルが、体から剥がれていく。
「……さらば、しぶとさ。お前には世話になった」
最後に残ったのは、霊核そのもの——俺の魂の殻。
それを門に投げ込んだ。
紫色の裂け目が、ゆっくりと閉じていく。冥境から溢れていた死者たちが、光に触れて消えていく。一人、また一人。
グラドゥスが、門の向こうから俺を見ていた。
「さらばだ、器よ。いや——生者よ」
「ああ。さらばだ、グラドゥス。……たまには夢に出てきていいぞ。友達少ないから」
「……滑稽な男だ。最後まで」
グラドゥスの影が薄れ、門が完全に閉じた。
空の裂け目が消え、紫色の光が失せ——青空が見えた。
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大聖堂の床に、俺は倒れていた。
「ポジオ!」
リリアの声が聞こえる。
「ポジオ! 目を開けて!」
重い。体が重い。骨だけの時は軽かったのに、今は全身がずっしりと重い。
筋肉があるからだ。肉があるからだ。体温があるからだ。
目を開けた。
天井が見える。大聖堂の、壊れかけた天井。太陽の光が差し込んでいる。
「…………まぶしいな」
夜目がなくなった。普通の視力だ。太陽がまぶしい。
「ポジオ! あなた——」
リリアの顔が、目の前にあった。涙を浮かべている。初めて見る、リリアの涙。
「リリア……泣いてるのか?」
「泣いてません。聖水が目に入っただけです」
「嘘つき」
「うるさいです」
手を持ち上げた。
肌色の手。温かい手。指が五本、ちゃんと揃っている。爪もある。毛も生えている。
「……人間だ」
人間の手だ。
「人間に——戻った」
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ネクロミアが駆け寄った。
「蘇生成功。霊核の痕跡なし。生体反応正常。体温36.4度。脈拍68。——完全な生者よ」
「ネクロミア……」
「おめでとう」
ネクロミアが微笑んだ。それからぽつりと言った。
「今のあなた、研究価値はだいぶ下がったわね」
「……ははっ。言うと思った」
「でも、人としての価値は——まあ、悪くないんじゃない?」
「お前にそう言ってもらえると嬉しいよ」
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セレスが来た。
「ポジオさん! 生き返ったんですね!」
「ああ。セレス、ありがとう。お前の力のおかげだ」
「私は大丈夫です。呪いの制御も問題ありませんでした」
「本当か? 無理してないか?」
「してません。約束したじゃないですか。——でも健やかでよかったです」
「お前は本当にその台詞が好きだな」
セレスがにこにこ笑う。相変わらず天使だ。
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レオンが聖剣を鞘に収めて歩いてきた。門が閉じた後、残りのアンデッドを全て討伐したらしい。さすがSSR勇者だ。
「ポジオ」
「レオン」
「生き返ったな」
「ああ」
「ようやく同じ土俵だな」
レオンが手を差し出した。今度は温かい手同士が握り合った。
「約束通り、メシ食いに行くぞ」
「ああ。今日の夜でいいか?」
「今日は疲れたろ。明日にしろ」
「よし。明日。酒場で。おごってもらうからな」
「お前がおごるって言ったんだろ」
「え、そうだっけ」
「……まあいい。割り勘にしよう」
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大聖堂の外に出た。
町は戦いの跡で荒れていたが、人々が片付けを始めている。
俺を見て——人間の姿の俺を見て——町の人たちが声をかけてきた。
「あんたが……あの骸骨の騎士様か?」
「ああ。生き返った。ようやく」
「本当に人間に……」
「ああ。もう骸骨じゃない。肋骨も見えない。仮面もいらない」
「…………よかったなぁ」
おじさんが泣いてくれた。橋を直した村のおじさんだ。わざわざ町まで来てくれたらしい。
「……ありがとう」
「こっちの台詞だよ。あんたのおかげで、村は助かったんだ」
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そして——墓地。
ボーン先輩を探した。
墓地の古参アンデッドたちの姿は、もうなかった。門が閉じた時に、一緒に消えたのだろう。
苔むした墓石の上に、何かが置かれていた。
骨。指の骨が一本。ボーン先輩の骨だ。
折れかけた指の骨の下に、地面に書かれた文字があった。
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> 新入り。
> 面白かったぞ。
> まあ、頑張れ。
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「…………先輩」
涙が出た。
涙腺が復活したおかげで、初めて涙が出た。
蘇生して最初の涙が、先輩のためだった。
「ありがとう。……絶対に、忘れない」
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その夜。
墓地の小屋に戻った。——いや、もうここは俺の住まいではない。アンデッドではなくなった俺には、墓地に住む理由がない。
リリアが書類を持っていた。
「ポジオ。蘇生が完了しましたので、暫定滞在許可は終了です。監視業務も解除されます」
「そうか……。俺たちの同居も終わりか」
「同居ではなく監視でした。何度言ったらわかるんですか」
「わかってるよ。……でも、ちょっと寂しいな」
「…………」
「リリア。これからどうするんだ? お前の次の任務は?」
「次の任務は……まだ決まっていません。蘇生の前例がないので、事後報告書の作成に時間がかかりそうです」
「大変だな」
「ええ。あなたのせいで、教会の事務量が倍になりました」
「すまん」
「…………」
リリアが、少し間を置いて言った。
「ポジオ」
「ん?」
「あなた、これからどうするんですか? 住む場所も仕事もないですよね」
「ああ。冒険者ギルドでFランクから再スタートかな。あ、でも生者台帳に載ってないから、まず住民登録から——」
「住民登録から始めましょう」
「…………リリア。今の台詞、前にも聞いたぞ」
「ええ。最初に会った時にも言いましたね」
「……ああ。振り出しに戻ったってことか」
「そうですね。ですが——」
リリアが、少しだけ微笑んだ。
「今度は、私が案内します。生者の世界を」
「…………ありがとう」
「感謝は不要です。——これは業務ではなく、個人的な申し出ですので」
「…………!」
「勘違いしないでくださいね。あなたが一人で行政手続きをやると、また騒動を起こすので。監督が必要なだけです」
「素直じゃないなぁ」
「うるさいです」
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翌朝。
生き返って最初の朝日を見た。
眩しい。生身の目だと、朝日ってこんなに眩しいんだな。
教会に向かった。住民登録の手続きをするためだ。リリアが隣を歩いている。
途中でレオンに会った。
「おはよう。今日は何をするんだ?」
「住民登録」
「……蘇生の翌日に行政手続きか。お前らしいな」
ネクロミアにも会った。
「あら、朝から忙しそうね」
「住民登録だ」
「ふふ。人間に戻って最初にやることが役所仕事。あなたの人生、初回から面倒ね」
セレスにも会った。
「ポジオさん! おはようございます! 今日も健やかですね!」
「おう。今日は本当に健やかだ。体温あるし、脈拍あるし、何なら腹も減ってる」
「ご飯、一緒に食べましょう!」
「ああ。生き返って初めてのメシだ。何食おうかな」
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教会の受付に行った。
「住民登録をしたいのですが」
「はい。お名前は?」
「ポジオ。日向ポジ男」
「種族は?」
「人間です」
「……え、あなた、あの骸骨の騎士様……?」
「元、です。今は人間です。ほら、肌色だろ? 温かいだろ? 臭くないだろ?」
「は、はぁ……。では生者台帳に登録しますので、こちらの書類にご記入を——書類がかなり多いですが」
「多い……」
「蘇生者の登録は前例がないので、通常の住民登録に加えて、蘇生証明書、身元保証書、健康診断書、治安保証書、教会承認証の写し、現場証言者の陳述書、そしてこちらが——」
「多い!! 多すぎる!!」
「前例がないので……」
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山積みの書類を前に、俺はへたり込んだ。
リリアが隣で淡々と書類を整理している。
「ポジオ。ここに署名を。あとこっちにも。こっちは拇印を。こちらは教会印を私が押しますから。あとこれは——」
「リリア。お前がいなきゃ、絶対に無理だったな」
「ええ。あなた一人では住民登録すら完了しないでしょう」
「……生き返ったのに、一番大変なのが紙仕事って何なんだ」
「それがこの世界です。蘇生は奇跡ですが、奇跡の後には必ず事務処理が発生します」
「…………」
窓の外では、空が青い。
町の人々が普通に歩いている。普通の朝。普通の日常。
俺が欲しかったもの。くだらなくて面倒くさくて、でもあったかい日常。
それが——ここにある。
山積みの書類付きだけど。
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「ところでリリア」
「何ですか」
「俺、モテると思う? 人間に戻った今なら」
「…………」
「どうだ? ストレートに聞いてみてる」
「まず鏡を見なさい」
「見た。悪くない顔だろ? アンデッドの頃より断然いいだろ?」
「顔はまあ……普通です」
「普通!? 死人系美形の方がよかった!?」
「そうは言ってません。……普通でいいんです。普通の顔で、普通に笑えるなら」
「…………」
「ハーレムは諦めてください」
「ぐっ」
「でも——」
リリアが書類から目を上げた。いつもの真面目な瞳。でも、その奥に、ほんの少しだけ柔らかいものが見えた。
「一人くらいなら、見つかるかもしれませんね」
「…………!」
「さ、次の書類。はい、ここに署名」
「お、おう」
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こうして、俺の異世界アンデッド生活は終わった。
骸骨で始まり、書類で終わった。
生者失格の男が、生者になった。
ハーレムはまだない。モテてもいない。住民票すら取得途中。
でも、隣には書類を整理してくれる女がいて、明日はレオンとメシを食いに行く約束があって、ネクロミアの研究塔に遊びに行く予定があって、セレスと朝ご飯を食べる約束をした。
一人じゃない。
モテてないけど、一人じゃない。
それはきっと——ハーレムよりも、ずっと良いものだ。
……たぶん。
……おそらく。
……いや、やっぱりハーレムも欲しい。
「ポジオ。まだ書類が七枚残ってます」
「七枚!?」
「さっさとやりましょう。住民登録しないと、あなたはまだ行政上の幽霊です」
「ハーレムどころか住民票かよ!!」
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窓の外で、誰かが笑ってる気がした。
カタカタと、骨が鳴るような乾いた笑い声が。
気のせいかもしれない。
でも、聞こえた気がして——俺は笑い返した。
今度は、ちゃんと顔で笑えた。
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最終話「生き返っても、まだ失格」 ― 了
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# 生者失格 ~異世界転生したらもう死んでたんだが~
## ― 完 ―




