第44話・大暴走<スタンピード>⑤
銀月狼は巨大な体をゆっくりと横たえ、静かに前脚を折る。
その一つ一つの所作には、不思議と荒々しさがなかった。
山そのものが腰を下ろしたかのような静かな威厳だけが、その場を支配していた。
その威厳ある姿を前に、尊をはじめとするハンターたちは自然と一歩前へ進み、半円を描くように集まる。
「人よ」
銀月狼が静かに口を開く。
「今回は、わらわのせいで迷惑をかけてしまったようじゃの」
その声音には、先ほどまでの圧倒的な威厳ではなく、一柱の神としての申し訳なさが滲んでいた。
尊が一歩前へ出る。
「……それは、どういう意味だ?」
銀月狼はゆっくりと黒狼が消えた場所へ視線を向ける。
「あの黒きものは、わらわの影じゃ。」
場の空気が一変する。
「わらわが永い眠りにつくたび、影が切り離され、魔獣となってしまう。そして影から放たれる威圧に怯え、この洞窟の魔獣どもが外へ逃げ出した……というわけじゃ」
そこで銀月狼は深く頭を垂れた。
「すべては、わらわが招いた災いじゃ。人の世に災厄をもたらしたこと、心より詫びよう」
巨大な神獣が、人間へ向かって頭を下げる。
その光景に、その場の誰もが言葉を失った。
尊も目を丸くする。
「……まさか神獣が頭を下げるなんて」
銀月狼は少し呆れたように鼻を鳴らす。
「なんじゃ、お主はわらわを何だと思っておる。」
そう言うと少しだけ笑みを浮かべ、
「悪いことをしたなら謝る。当然のことではないか」
その一言に、張り詰めていた空気がふっと和らぐ。
誰からともなく笑みがこぼれ、洞窟に小さな笑い声が広がった。
「少なくとも、わらわが目覚めている間は、この洞窟の魔獣が外へ出ることはないじゃろう」
しかし尊は眉をひそめた。
「……なら、また眠ったら?」
銀月狼は答えない。
沈黙。
「なぜ黙る」
尊が問い返す。
銀月狼は困ったように苦笑した。
「影が魔獣になるかどうかこればかりは、わらわにも分からぬ」
尊は頭を抱えた。
「……神様って、もっと完璧な存在だと思ってたんだけどな」
「残念じゃが、神も万能ではない」
「なんてはた迷惑な神様だよ」
「返す言葉もないのう」
銀月狼は苦笑すると、ふと思い出したように言葉を続ける。
「そこでじゃ」
黄金色の瞳が一同を見渡す。
「詫びとして、わらわの血を授けようと思う。欲する者はおるか?」
その瞬間、空気が変わった。
神獣の血――。
その意味を知る者だけが息を呑む。
尊は全員を見渡し、静かに口を開いた。
「今から話す内容は国家機密だ。この場以外では絶対に口外するな」
そう前置きし、神獣の血が持つ力。
そしてSランクへ至る唯一の可能性について説明した。
話を聞き終えたハンターたちの表情が変わる。
興奮。期待。欲望。
様々な感情が入り混じる。
「俺は……」
「受けてみるか?」
そんな声があちこちから漏れ始めた。
だが。
「血が適合しなかったら、死ぬほど苦しむらしいぞ」
神堂の一言で、その場は一瞬にして静まり返った。
「誰もおらんのか……つまらんのう」
肩を落とす銀月狼。
その時だった。
「あ、あの……」
遠慮がちな声が響く。
「どうした? 乃木」
しおりは少し困ったように笑う。
「ここで話し込んでいて、大丈夫なんですか? 外ではまだ皆さん戦ってますけど……」
「「あっ……」」
全員の動きが止まった。
数秒の沈黙。
そして、尊が頭を抱える。
銀月狼は楽しそうに笑う。
「くくっ、人とは面白い生き物じゃ」
立ち上がった銀月狼は出口へ向かう一同を見送りながら静かに言った。
「またいつでも来るがよい。望むなら、わらわの血を授けよう」
そう言って視線をある人物へ向ける。
「……え?」
翔馬は一瞬だけ黄金色の瞳と目が合った気がした。
だが次の瞬間には銀月狼は目を閉じ、何事もなかったように座っていた。
翔馬は理由も分からないまま、その視線だけが胸に引っかかった。
「翔馬くん、行くよ!」
真の声に我へ返り、
「う、うん!」
翔馬は皆の後を追い、洞窟をあとにした。
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魔獣が一匹も姿を見せない洞窟を、突入部隊は静かに歩いていく。
先ほどまで命を懸けた戦場だったとは思えないほど、その道は静まり返っていた。
「翔馬くんたちは知ってたの?」
歩きながら、しおりが翔馬と真へ声をかける。
「何がですか?」
「神獣のことよ。二人とも『神獣』って言葉が出ても全然驚いてなかったから」
翔馬は少し困ったように笑う。
「よく見てますね……夏休みに、ちょっと色々ありまして」
「そうなのね……その"色々"は、聞かないでおくわ」
「ありがとうございます」
翔馬は小さく頭を下げた。
やがて前方に、眩しい光が見え始める。
洞窟の出口だった。
外へ出ると、そこでは討伐後の後始末や負傷者の手当てをするハンターたちが忙しく動き回っていた。
その一人が尊たちの姿を見つける。
「おい!! 突入部隊が戻ってきたぞ!!」
その声は瞬く間に広場中へ広がる。
「戻ってきたぞ!」
「全員生きてる!」
「やったぁぁ!!」
大歓声と拍手が一斉に沸き起こった。
歓声の中、尊はイヤホンへ手を当てる。
「鳴尾さん、聞こえるか?」
『尊、戻ったか』
「あぁ」
尊は笑みを浮かべた。
「――作戦完了だ」
一瞬、通信の向こうが静かになる。
『……そうか』
鳴尾の安堵したような声が返ってきた。
『全員無事か?』
「あぁ。ピンピンしてるよ」
『了解した』
そして、鳴尾の声が全隊通信へ切り替わる。
『全員に告ぐ』
広場が静まり返る。
誰もがその言葉を待っていた。
『殲滅作戦は、ただ今をもって終了とする』
一拍置いて。
『参加した全ハンター、全員帰還せよ!! 本当に……よくやってくれた』
「「おおおおおぉぉぉぉ!!!!」」
歓声が山々へ響き渡る。
仲間同士で拳を合わせる者。
その場へ座り込み、安堵の息を吐く者。
涙ぐみながら笑う者。
誰一人欠けることなく、この戦いは終わった。
宮城と山形を襲った未曾有の大暴走。
その歴史に残る一日は、こうして静かに幕を閉じた。
【1月17日15時17分――殲滅作戦終了】
この度は読んでいただきありがとうございます。
この作品は、構成、文章を先に考え細かい描写等に関してはAIにて修正しています。
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