第3話 お母さん宣言
人間への逆転生。
確かにその術は存在する。
実際、ピチピチギャルへのあこがれが原動力となって転生法を修めたのだが、若干の躊躇もあった。
女になったらなったで大変そうだし、聞く限りでは女の世界はドロドロしてるらしいしな。
それに比べて男の世界は随分と単純に思える。
いや、男の嫉妬はあれはあれでおぞましいものだが、それにしたって逃れる術は存在する。
少なくとも男の生は結構気楽だ。
対して女の生は……面倒が多そうだな。
それしか知らなければ受け入れられるんだろうが、両方を比べた時に自分がどう思うか。
もちろん、比較して女の方が良かったという結論も無きにしも非ずだが……。
転生を行うにあたってそれなりの葛藤もあり、なかなか二の足を踏めずにいたのだが、逆転生術の存在を知ってコレならと思った。
転生術を学んでから、更に二年ほど費やして逆転生術を学んだ。
そして、満を持して転生してみたらカモメになっていた……。
そんなわけで、俺は逆転生術も習得している。
だが、賢者と呼ばれた俺でさえ転生術の後に知った逆転生術のことを知ってるとは、エリュナは一体何者なのか。
少なくとも、こいつにだけは逆らってはいけない。
俺の第七感がそう告げている。
――――――
「戻ろうと思えば人間に戻れるでしょ、貴方。
お姉さんに隠し事は効きませんよ♡」
……。
ハッ。自分の世界に入ってしまっていた。
「うん。 隠してたわけではないんだが。
単に言いそびれただけだ」
「そう、それならいいのよ。
ルカはおりこうさんね。よしよし」
エリュナが俺の頭を撫でてくる。
う~む。
頭を撫でられるのも結構いいな。
なぜだか知らないが、自然と幸せな気持ちになる。
「ありがとう、エリュナ。
ところで、俺の事はモーゼスと呼んでくれないか?
せっかくシェリーが付けてくれた名前だ。
大事にしたい」
「ふ~ん……。
ルカ、じゃなくてモーゼスもなかなかやるじゃない。
それに、満更でもないみたいだし。
そうね、わかったわ。
私があなたのお母さんになってあげる」
エリュナは満面の笑みを浮かべている。
確かに俺はシェリーとの間に運命的な何かを感じているし、今はともかく数年後に結ばれるというなら願ったり叶ったりだ。
だが、かつての友が義理の両親になるというのはちょっと抵抗があるな。
それに、シェリーの気持ちは完全に無視されてるんだが、それは良いのだろうか?
そんなことを思いながら悶々としていると、シェリーが再び姿を現わした。
「おまたせ、モーちゃん。
食事の準備が出来たわ。
こっちよ。一緒に行きましょう」
俺は再びシェリーの胸に抱きかかえられる。
う~む。
俺はこの子と結ばれる、のか?
エリュナもアレスもそれで良いと思ってるみたいだし、少なくとも両親の了承は得たということか。
『お前なんぞに娘はやれん!』とかいう面倒くさいイベントをこなさずに済むのは歓迎だが、結局のところはシェリーの気持ち次第だ。
こればっかりはよく分からんな。
シェリーからの好意は勿論感じるが、現時点でのそれは犬猫に向ける類のものだろう。
これが将来、恋愛感情に発展するなんてことが本当にあるのだろうか。
――――――
その後、転生して以来初めての料理に舌鼓を打ったりワインで酔っ払ったり、食後は風呂で洗われたりと一通りの歓待を受けた。
そうこうしているうちに夜も更け……。
「モーちゃん、そろそろおやすみしよっか。
一緒に寝ましょう」
シェリーが大事そうに俺を抱えて立ち上がり、そっと頭を撫でてくる。
その微笑は天使、かと思いきやなんだか鼻息が荒い。
なんか目もキラキラしてるし、テンション上がってる?
これはあれだ、初めてペットを与えられて興奮を抑えきれない少女の目だ。
「お父さん、お母さん、おやすみなさい!」
「おやすみ、シェリー」
「おやすみなさい。モーゼスも仲良くね」
アレスは優しい笑みをシェリーに向け、エリュナは俺を見ながら小さく手を振る。
ふとアレスと目が合った。
ちょっとニヤニヤしてる。
なんか企んでるな?
オラ嫌な予感がしてきたぞ。
ここは一旦リビングに退避だ。
シェリーから離れようと足を動かすや否や、ガシッと胸元を掴まれる。
う、動けん。
羽も動かして抵抗を試みるが……。
「ダメよ、モーちゃん。
アナタは私と一緒に寝るの。ね☆」
シェリーがウインクする。
顔は笑ってるのに圧がすごい。
俺ニ、拒否権ハ、ナイ。
無駄ナ抵抗、ヤメル。
「ハイ……。」
「よしよし。モーゼスはおりこうさんね。
さあ行きましょう」
こうして俺は部屋まで連行された。
シェリーの部屋は、何というか簡素だった。
右手の壁際には小さな丸机と椅子、反対側にはベッドがあり、正面の窓からは月明かりが射し込んでいる。
今日は満月か。
ちょっと明るいな。
さっきのシェリーの圧に戦々恐々としていたが、あっさりベッドの上に降ろしてもらった。
シェリーは並ぶようにベッドに腰かける。
俺は座り込み、シェリーはおもむろに背中を撫でてくる。
良かった、今は落ち着いたようだ。
背中の感触に目を細めながら、俺はアレスとの会話を回想する。
『では、遠慮なく賢者に頼らせてもらおう。
実はな、シェリーの事なんだが、生まれた時から変な痣があってな。
何かの模様にも見えるんだが、どうにも不吉なものに見えるんだ。
エリュナの見立てでは、吉兆両方だそうだが……』
『なるほど』
『それで、何があっても対処できるようにと槍を教えてるわけだが、
槍一本では限度もある。
そろそろ魔法も教えようと思っていたんだ』
『つまり、この偉大なる賢者に魔法を教えてやってほしいということだな』
「ねぇ、モーちゃん。今日はありがとう。
怖い思いもしたけど、
念願が叶ってモーゼスっていう特別なカモメさんとお友達になれて、
今はとっても幸せよ。
それに、モーちゃんはお父さんとお母さんとも仲が良いみたいだし……。
良かったら、うちで一緒に暮らしてくれないかしら。
それで、いつか一緒に旅に出ましょう?」
シェリーが沈黙を破り、ささやくように優しく語りかけてくる。
綺麗な声だ。
見上げると、シェリーが真剣なまなざしを浮かべ、でもどこか怯えを感じさせる表情で俺を見つめている。
断られるのが怖いんだな。
アレス、お前の娘は素直で良い子に育ってるよ。
アレスにも頼まれたし、エリュナにもああ言われたし、俺の答えは決まってる。
「勿論さ、シェリー」




