第2話 両親への挨拶
シェリーに連れられて扉をくぐると、リビングの様な部屋が現れる。壁際に暖炉があり、ローテーブルを挟んで二脚のソファ。そして、そこにはイケメンが居た。イケメンはソファに座ってコーヒーを飲んでいたようだ。いかにも今気づいて顔を向けたような空気を醸し出している。だが、俺は知っている。こいつはさっきまで見えないところで俺たちから付かず離れず見守っていた。シェリーの父ちゃんだ。
「おかえり、シェリー」
「ただいま、お父さん。ねぇ聞いて、このカモメさんに危ないところを助けてもらったの。喋って魔法が使える、不思議なカモメさん。モーゼスっていうのよ。私が名前を付けてあげたの」
そう言ってシェリーは両手で俺を抱え上げ、父ちゃんの前に突き出してみせる。父ちゃんと俺の目が合う。
そこで気付いた。このイケメン、俺は知っている。知ってるどころか共に旅をした、友だ。剣聖アレスこと、アレサンドロ・ヴェルナード。シェリーはこいつの娘だったのか。確かに、比べてみると良く似ている。このイケメンの血を引いてるとすれば、神々しさすら感じさせるシェリーの美少女っぷりも納得だな。
「ほう。それは変わったカモメさんだね。モーゼス……君で良いのかな? 娘が世話になったようだ。父として礼を言わせてもらおう」
「いや、当然の事をしたまでだ。礼には及ばない」
「カモメが喋った!」
いや、アレス。お前は娘の話を聞いてなかったのか?
――――――
あれから俺達三人はソファに座り、談笑を続けた。俺とシェリーは並んで座り、対面にはアレスがいる。
「――そんな訳で、モーゼスは元々は魔法使いで、転生術っていうのを使ってカモメになったんだって」
「魔法使いが転生か。まるでルカみたいだな」
「それって、お父さんが昔、中央の大迷宮を制覇したときに一緒だった人?」
「ああ。その名はルカーヴ・トレイン。賢者として知られた男だ。だが、実際のアイツはなかなか俗っぽい奴でな、『ピチピチギャルに俺はなる!』とか言って伝説の転生法を探しに東へと旅立った。変わった奴だったよ。元気にしてんのかな、アイツ」
「うわぁ……ただの変態じゃない、その人」
シェリーがドン引きしてる。さっきまでは春の訪れを感じさせるような温かい笑みを浮かべてたのに、一瞬顔をしかめたかと思ったら徐々に絶対零度の無表情に変わってゆく。この賑やかな表情と一見クールな美貌のギャップが少女の魅力を引き立て……じゃなくて、ここは知らぬ存ぜぬを突き通す!
「そんな変態と一緒にされるのは心外だな。俺は、鳥にあこがれて転生しただけの、 清き心の持ち主さ。一度、空から世界を眺めてみたかったんだ。今は念願叶って幸せな日々を過ごしてるぜ」
声の張りを高め、同時に首筋も正す。俺はカモメ紳士。断じて変態などではない。
「でも、さっきは、『気が付いたらカモメになってた』って言ってたような……」
今度はジト目で俺を見つめてくる。疑いの目だ。何か誤魔化す方法は――
「そ、そうでしたっけ? ウフフ……」
ちょうどその時、玄関とは反対のドアがガチャっと開いて、懐かしい顔が姿を現した。その名はエリュナ、アレスと共に大迷宮を制覇したときの仲間の一人だ。職業はシーフ。隠密行動の達人だ。しかも、それを他人に悟らせないほどに表情豊かで明るい女性だ。そういや、この二人は恋人同士だったな。なるほど、シェリーの百面相はエリュナ譲りか。
「おかえりなさい、シェリー。さっきから賑やかだけど、お客さんかしら」
「あ、お母さん。ただいま。実はね、このカモメさんに助けてもらったの――」
こうしてシェリーによる俺の紹介が繰り返される。……ふぅ。なんとかうやむやに出来たか。危ないところだった。
――――――
「モーちゃんはシェリーの命の恩人なのね。じゃあ、しっかりお礼をしないとね。 今日はご馳走にしましょう。シェリーも一緒に料理しましょう」
「うん。任せて。じゃあ、私は台所に行くけど、お父さんはモーゼスの相手をお願いね。いじめちゃだめよ。モーちゃんも、くつろいで待っててね」
シェリーが俺の頭を撫でてニッコリと笑う。今度は天使の笑みか。
ほどなくして、天使は手を振りながら母エリュナとともに台所へと消えていった。リビングには俺とアレス、一羽とおっさんが残される。
しばらく沈黙が続いたのち、おもむろにアレスが口を開いた。
「なあ、モーゼス。お前さん、ルカの生まれ変わりだろう?」
……。
「やっぱり、分かる? 誤魔化せたと思ったんだけどな」
「ハッハッハ! ありゃあシェリーが気を利かせたのさ。聡い子だ。変態とか言ったけど、直後にしまったって顔してたよ。ちょっとビックリしただけで、他意は無いさ。変態にも理解がある、懐の深い子さ。どうだ、ルカ。惚れただろう?」
アレスが俺の肩? いや、羽根の付け根辺りを無遠慮に叩いてきた。加減はしてるのだろうが、そこは剣聖。それでも結構痛い。
「そうだな。いや、正直アレス譲りの美形とエリュナの愛嬌の良さを兼ね備えた、 文句なしの美少女だと思うぜ。5年後に会ってたら、間違いなく惚れてたな」
「そうか。女の趣味が健全なのはお前の良いところだ。それにしても、カモメに転生したか。ピチピチギャルになれなくて残念だったな」
「でも、こうしてまたアレスと再会できたんだ。悪いことばかりじゃないさ」
「その言葉だけ聞いてると、お前が賢者と讃えられたのもさもありなんと思わせられるな。ところで、ここでルカと再会したのも何かの運命なのかもしれん。 ちょっと相談に乗ってくれるか?」
「良かろう。この賢者モーゼスがお主の悩みを聞いてしんぜよう。何なりと申すがよい」
そう言って胸を張り、光魔法も使って後光を演出する。そんな俺を見てアレスは呆れたような笑みを見せる。
「相変わらずだな、お前さんは。では、遠慮なく賢者に頼らせてもらおう」
――――――
「お待たせ! 料理が出来たわ。お父さん、運ぶの手伝ってくれる?」
「おう!任せろ」
『バリバリ。やめてー!』とか聞こえたか聞こえなかったか、台所へ向かったアレスと入れ替わりにエリュナがやってきた。
「モーゼスさん。シェリーを助けてくれてありがとう。改めてお礼を言うわ。でも、残念だったわね、ピチピチギャルになれなくて」
そう言ったエリュナの顔には小悪魔スマイルが浮かんでいる。
「あ、やっぱわかる?」
「そりゃあね。だって貴方、昔と同じ魔力を纏ってるんですもの。姿は変わっても私の眼は誤魔化せませんことですわよ」
エリュナが両手で俺の顔を挟み込む。グェ。
「それにしても、つか。あなた、寒いところが嫌いだったんじゃないの? こんなところにいるなんて、どういう風の吹きまわしかしら? あ、わかった。シェリーに会いに来たんでしょう」
「いや、ただの思い付きで北にやってきただけなんだが……でも、そうだな。それも含めて、何かに導かれてきたのかもしれんな」
エリュナは昔から、こういうところで勘が良い。第六感とでもいうべきか、人の運命のようなものを感じ取る力に長けている。確かに、俺はカモメになった今世で人と関わるつもりはなかったし、実際ここまではそうしてきた。それが、何故かシェリーを助けに入って、しかもシェリーは旧友たちの娘ときた。これに運命的な作為を感じないのは逆に難しい。
「何真面目な顔してるのよ。ふふ。ルカは相変わらずロマンチストなのね。その言葉をシェリーにもかけてあげなさいな。あの子、喜ぶと思うわ」
こら、俺のカモ胸を突くんじゃない。でも、結構気持ち良いな……。って、そうじゃない。
「何言ってんだ。カモメと少女が恋に落ちて、それでどうしろってんだよ」
「いいじゃない。あの子、カモメ好きだし。それに、戻ろうと思えば人間に戻れるでしょ、貴方」




