第19話 新たなる決意
シェリーの「黒髪」に関する新事実発覚から二ヶ月。
俺とティシアはこの事実に対する解釈、
そして、その背後に存在する論理について、
考察を繰り返し、議論を重ねてきた。
実験は、シェリーの負担が大きいので最初の一回だけで終わりにした。
なに、俺たちは賢者だ。
手持ちの実験結果だけでも十分な手掛かりになる、
と息巻いていたが、現実はそう甘くはなかった。
あの日から今日まで、俺達は昼夜を忘れ研究に取り組んできた。
すべては『黒髪』の謎を解き明かすため。
だが最近は、流石の俺達も行き詰まりを感じ始めていた。
当初は俺たちの議論を笑顔で見守っていたシェリーだが、
いつの日からか実験室に一人で籠る時間が増えていった。
どうやら、槍の鍛錬に打ち込んでいるようだった。
突き、捻り、払いといった基本動作に加え、
魔法との同調など発展技術にも磨きをかけて、
遂には大技サウザンドピークスを完成させるに至った。
『槍の女神』誕生の頃は、俺がこっそり粒槍の魔法を仕込んでいたが、
今ではシェリー一人で空中の木札全てを打ち抜くことが出来る。
見事だ。
その姿を時おり陰から見守ってきた俺は、シェリーが自立の兆しを見せ始めたのだと喜ばしく思っていたのだが……。
――――――
「バカね。あの子、遠慮してくれてるのよ、私たちに」
俺とティシアは今日も賢者のキャッチボールに勤しんでいた。
その最中、ふと雑談へと話が逸れたときにティシアが漏らした言葉である。
「そうなのか? 最近は大技も完成させて、
ついに鍛錬の喜びに目覚めたのかと思ってたんだが」
「……。」
!!! 痛った。
またデコピンされた。
相変わらず容赦がねえ。
俺なんか悪いことしたか?
「そういうとこよ、貴方の悪いところ。
もちろん、自立したって言うのはあると思うわよ。
でも、それだけじゃないの」
一転してティシアの動作、そして声色が優しさを帯びたものへと変わり、
俺の頭から首筋にかけてゆっくりと撫でてくる。
その姿はどこか慈しみの情を感じさせる。
「貴方、自分では気づかなかったでしょうけど、
研究に打ち込む姿は輝いて見えたわよ。
どうせ今まで、バカばっかりやってたんでしょ、
タマちゃんの時みたいに」
む。またか。
俺の『女=エスパー』説が真実味を帯びてきたな。
「だから、あの子が自立して見えたのは、
半分は貴方のためだったのよ」
そうだったのか……。
おれはてっきり忘れられたのかと密かに恐れていたのだが。
「良い子じゃない。
私、あなたの相手があの子で良かったって、
心から言えるわ、今なら。
だから、もしあの子を泣かすようなことをしたら……
わかってるわね?」
「ああ。任せてくれ」
――――――
雑多な物で溢れるティシアの研究室。
その壁際に置かれた角机。
机の上も物と書類で溢れかえっているが、一つの角の周りだけ、空白地帯がある。
その空白地帯に俺は座り、ティシアは目前の椅子に腰かける。
俺たちは二人、向かい合う。
だが言葉はなく、それぞれ思案を巡らせていた。
『黒髪』に潜む謎。
議論は尽くした。
だが結論は出ない。
これ以上は時間の無駄だろう。
ここから先は、外力に頼るのも一案だ。
名残惜しいが、ここはここまでだな。
……よし。
意を決した俺は、早速ティシアに決意を告げる。
「なあ、ティシア」
「なあに?カモメの賢者さん」
いつになく上機嫌のティシア。
……。この雰囲気では……言えない。
どうする? 明日にするか?
などとまごついていると、俺の醸し出す雰囲気から察するものがあったのだろう。
緩み切っていたティシアの顔の端々が、徐々にその張りを増すのが見える。
すまない、ティシア。
「ここらが、潮時だと思わないか?」
「……そうね。」
「そろそろ俺は、シェリーの元に戻らないといけない。
近いうちに、ここを、発つ」
返事は、ない。
気が付けばティシアは頭をもたげていた。
青銀色の髪は垂れ下がり、その表情は伺えない。
その様は、視線を遮るカーテンのよう。
何か、元気づける言葉は……
「こんなに長い共同作業は、初めてだったな。
確かに俺たちは結ばれなかったが、いい思い出で『上書き』できそうだ。
ありがとう、アマルティシア」
「……バカね……そんな、女を、泣かせるような、こと……」
「ティシア……」
俺は、そろそろとティシアに近寄り、膝上に飛び降りる。
そして、体を預けて密着し、胸元に頭を寄せる。
ティシアが抱きしめてきた。
互いに無言。静かに時が過ぎてゆく。
10分ほどだろうか。
暫くの間、俺たちは無言で互いの存在を、肌で感じ合っていた。
二人だけの特別な時間、これで本当に最後だろう。
彼女は今、何を思うのか。
終止符を打ったのは、ティシアだった。
「ふぅ。泣いたらすっきりしたわ。
昔の女を口説くような真似、するんじゃないわよまったく。
カモメのくせに、生意気ね」
ティシアが俺をからかうように、両手であちこちを刺激してくる。
「わ! ちょ! やめろ! どこ触ってんだ!」
「ふふ♪ 貴方、カワイイわね」
と、じゃれ合う拍子に羽根がふわりと舞う。
そんな調子でキャッキャウフフを楽しんでいると、
静かにドアが開き、シェリーが入ってきた。
「あ――――――っ!!
ティシアさん、何やってるんですか!
それに、モーゼスも!」
シェリーは即座に駆け寄り俺を即座に奪い取ると、その胸に抱え込む。
そして、
「もう。私は真面目に鍛錬してたのに、
大人が何遊んでるんですか。まったく」
「それは、その……」
珍しい。ティシアが少女に説教されている。
いいぞ! もっとやれ!
「モーゼス。あなたもよ」
シェリーが俺を抱く、その腕に徐々に力が込められる。
痛たた。勘弁して?
「いつもいつも、ティシアさんにされるがままで、
恥ずかしいと思わないの!?
たまにはガツンとやり返してみなさいよ、もう!
そもそも……」
ヤバい……シェリーに何か変なスイッチ入った。
鬱憤でも溜めてたのかな。
次から次へと愚痴が出てくるぞ。
~ その様は、止まるどころか勢いを増す、滝の様 ~
うむ。今日も俺は詩人――
「ちょっと! 聞いてるの!? 大体あなたは……」
あの後、小一時間くらいシェリーに説教されました。
俺、賢者なのに……ぐすん。
――――――
ついに、この日がやってきた。
ここを発つ日が。
俺達三人は、魔法都市アステロンの入場門近くにある待合所で、
馬車を待っていた。
俺はいつもの定位置で、カモメ立ちだ。
俺とティシアは、ここでも「黒髪」談義に花を咲かせていたが、
そろそろ出発時刻だ。
別れの時が近づいてきた。
「ティシア、そろそろ時間だ。
この二ヶ月、世話になったな」
ティシアの眉がピクリと動き、その表情を微かに緩めた。
「ええ。でも、こちらこそ。
また貴方に会えて、ちゃんと謝れてよかった。
それに、シェリーちゃんも。
妹が出来たみたいで、この二ヶ月は本当に楽しかったわ」
シェリーは真剣な表情で、ティシアと見つめ合っている。
この二ヶ月、文字通り姉妹のように、二人は仲睦まじく暮らしていた。
きっと、楽しかったのだろう。
「ティシアさん……私も、その、お姉さんが出来た、みたい、で……」
シェリーが言葉に詰まる。
刻一刻と迫る別れの時に、感極まっているのだろう。
ここを締めるのは、俺の役目だ。
「昨日も話した通り、俺たちはこれから南へ向かう。
そして一度、師匠に会ってくるよ。
ここからだと行くだけでも4カ月はかかる、長旅だ。
旅の間に何か思いつくかもしれんし、
それが無理でも叡者たる師匠なら、
きっと助けになってくれるだろう」
「そうね。私は私で、理論の方から攻めてみるわ。
貴方の仮説、『異次元への扉』が正しいとした場合に、
背後に存在しうる論理、ね。
貴方達が、最後にアレスとエリュナの元に帰るなら、ここは通り道になるわ。
だから、かならずもう一度、立ち寄って。約束よ」
「ああ」
改めて交わされた再会の約束に、ティシアは満足げな笑みを見せる。
ん? 肩から下げたカバンから何か小袋を取り出した。
餞別の品か?
「シェリーちゃん。
これ、あなた達のために作ったのよ。
中開けてみて?」
ティシアはシェリーに小袋を渡し、シェリーを促す。
シェリーの肩上から小袋を覗き込むと、中には5、6本の小瓶が入っていた。
「これは……飲み薬?」
「そう、私特性の。
効果は……精力剤、の様なものかしら」
「っ……※!?*♡///」
シェリーの顔が、徐々に赤みを帯びてゆく。
相変わらず、可愛いな。
「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かったわね。
正確には、魔力材、とでも言ったらいいのかしら。
大量の魔力が込めてあるの。
普通の人が飲むには危険だけど、ルカなら制御できるはず。
どうしても人の姿に戻りたくなった時に、使ってね。
30分くらいはもつはずよ」
これはありがたい。
いつの間にこんなものを。
ティシアには、感謝してもしきれないな。
おもむろに、ティシアが両手を広げてシェリーに近寄り、身体を重ね合わせる。
そして、シェリーの頭と左肩に立つ俺、その間に青銀色の髪を滑りこませ、
両腕でまとめて俺たちを、抱きしめてきた。
「ここでお別れね。
二人とも、仲良くするのよ。
そして……さよなら、ルカ。
たくさんの思い出、ありがとう。
あなたはもう、ルカじゃない。
カモメ賢者のモーゼスね。
モーゼス……行ってらっしゃい。」
「ティシア、さん……」
――――――
こうして俺とシェリーはティシアに祝福され、再び二人、旅立った。
いざ行かん。師匠の元へ。




