第1話 少女との馴れ初め
「その胸の痣は時限式の、呪いの一種だな。
その模様は魔法陣の変形で……」
「変形で?」
「オホン!
胸の成長とともに魔法陣が完成し、呪いが発動する。」
「な、何よソレ!
そんな下品な呪い、誰が考えたのよ!!!」
――呪いを抱えた少女。
思えば、この少女と出会った瞬間から、俺の運命の輪は再び回り始めたのだろう。
* * *
俺は前世では賢者だった。
そして、転生術を身につけたので、使ってみた。
ピチピチギャルになれるといいなぁ……なんて思っていた頃もありました。
しかし結果は無常。
今の俺はカモメになっていた。
「う~む」
俺は思う。
カモメも悪くないな、と。
幸いにしてこの姿でも魔法は前世のように使えたので、敵らしい敵も見当たらない。
カモメの天敵、ネコだって魔法でイチコロだ。
いや、殺さないけどね。
言葉の綾だ。
前世でネコを飼ってたこともあるし、ネコには愛着があるんだ。
だから、せいぜい風魔法で吹き飛ばしたり、水魔法を顔にお見舞いして追い払うだけだ。
そして何より、今の俺は空を飛んでいる。
自由に空を駆け回るのがこんなに楽しかったなんて。
サイコーだぜ。
ヒャッホーゥ!
そしてついに俺は旅に出ることにした。
北へ向かった。
本当に何となくだ。
元来、俺は寒い所より暑いところの方が好きだ。
でも、たまには嫌いな方を選択してみるのもいいんじゃないかって、そう思ってあえて嫌いな方に向かってみた。
道中、ウニを丸飲みして瀕死になってる同族を治癒魔法で助けてあげたり、せっかく魚を捕まえたと思ったら同族に追い回されたあげくにうっかり落としてしまったりしながら、ついに北の果ての町の近くまでやってきた。
あと一息で人類最北端制覇だ。
今は鳥類だが。
そう思った矢先、眼下の森で少女が魔物に襲われている場面が視界に入る。
一本の大木を中心に少し開けた場所だ。
4匹のスノーウルフが少女を取り囲み、低い姿勢で威嚇しながら少女との距離をじりじりと詰めてゆく。
対する少女は大木で背後を守りつつ、槍を構えて迎撃態勢を取っている。
なかなか良い構えだ。
しかし多勢に無勢、一度に襲い掛かられてはひとたまりもないだろう。
どうする?
少女は見た目麗しい。
この子がここで魔物の餌になってしまえば、人類の損失は間違いない。
そう思ったがいなや、俺はとっさに風魔法を放ち、少女の正面を除く三体の魔物を刻む。
そして、最後に残った魔物と少女の間に着地し、守るように羽を広げて魔物を威嚇すると同時に雄叫びを上げる。
「モケー!」
なんとも間抜けな鳴き声だが、これがカモメの鳴き声だ。
いきなり現れた俺の姿にスノーウルフは驚いて飛びのき、姿勢を低くして身構え警戒を露にする。
だが、目の前に現れたのが唯のカモメだと気が付いたのか、再び前傾姿勢にもどってこちらを威嚇してくる。
確かにね、カモメは普通はスノーウルフに狩られる側だからそういう反応になるよな。
でも俺は、ただのカモメじゃない。
飛ぶカモメだ。
さて、こいつはどう料理してやろうか……。
と、考える一瞬のうちに少女は距離を詰めて突きを放ち、スノーウルフの眉間を捉える。
その一撃で最後のスノーウルフは沈んだ。
いい腕してるな、このお嬢ちゃん。
これで一安心かと羽を収めて少女の方に向き直る。
「助けて、くれたの……?」
少女はまだ槍を構えていた。
だが、その表情は先ほどとは変わり若干の安堵の色が見える。
間近で見ると、この子はいわゆる美人系だな。
背の中ほどまでの黒髪に青い瞳、そして均整の取れた顔つきにキリッとした目つき。
クールビューティーってやつだ。
「危ないところだったな。でも、もう大丈夫だ」
「カモメが、喋った……?」
そうつぶやいた少女は困惑の表情を浮かべ、きょとんとしている。
見た目の印象とは裏腹に、なかなか表情豊かだな。
「うん。何というか、俺は特別なんだよ。
魔法が使えるカモメだ。
今も魔法で人間の声を出してる。
そして、もちろん飛ぶカモメだ。
運が良かったな、お嬢ちゃん。
俺が通りかからなかったら、
今頃コイツらの餌になってるところだ」
「そう、ね……。
確かに、助かったわ。
ありがとう。不思議なカモメさん」
少女はニッコリと笑った。
クールな真顔からは想像出来ないほどの満面の笑みだ。
コレは破壊力がヤバい。
おじさん、コロッといってしまいそうだ。
吸い寄せられるようにゆっくり歩いて少女に近づくと、おもむろに少女は俺を抱きしめてきた。
少女特有の柔らかさを感じるが、何というか、少女の少女は少女だった。
……残念。
だがせっかくなので、俺も頭を少女の肩に乗せて密着する。
すると、少女は俺を抱きかかえて立ち上がり、耳元でささやく。
「改めて、助けてくれてありがとう。
私はシェリサンドリカ。
あなたは?」
舌を噛みそうな名前だな。
それにしても、俺の名前か。
考えたことなかったな。
せっかく転生したのに前世の名前を使うのもちょっと気が引ける。
そんなことを考えながら俺は答える。
「名前? う~ん……名前は、まだない」
「そっか。じゃあ、私が付けてあげる」
そう言ってシェリサンドリカは俺を胸から離し、両手で支えながらじっと見つめてくる。
真剣な顔は神々しさすら感じさせる。
女神や!この子は女神に違いない。
「ジョナサンはどうかしら?」
「え? それはちょっと、
安直すぎるというか、
色々とまずい気がする」
「ん~、ピッタリだと思ったんだけど。
そうねぇ。じゃあ、あなたの鳴き声から取って、
モーゼスはどう?」
モーゼスか……、海を割りそうな名前だな。中身が賢者の俺には丁度良いかもしれん。
そうだな。
俺はコクコクと頷いて同意を示す。
そして答える。
「モーゼスか、気に入ったよ。
ありがとう。シェリサンドリカ」
「シェリーで良いわよ。
舌噛みそうでしょ。
あなたに舌は無さそうだけど」
思ったこと、バレてる。
まさか、この子は心が読めるのか?
少女の少女が、とか思ったこともバレてたら気まずい。
なんて考えてたら、ついフリーズしてしまった。そんな俺を見てシェリーはクスクスと笑う。
「ふふっ。安心して。
私は別に、あなたの心が読めるわけじゃないの。
ただ単に、私も10歳くらいになってやっと自分の名前を言えるようになったから。
3年くらい前ね。
その頃は、難しい名前だなって思ってたわ。
だから、みんな思うことは一緒かなって、ね」
そういうことか。セフセフ。
それにしても妙に聡いな。
女の子の13歳だったらそんなもんなのか?
男所帯で育った俺にはイマイチよく分からんところだ。
しかし、13歳。ということは、少女はこれから大人になってゆく。
つまり、諦めるにはまだ早いどころか勝負はこれからだ。
頑張れ!
「だから、さっきモーゼスを抱きしめたときに、
残念って思ってたような気がしたけど、
きっと気のせいね。
私、頑張るわ!」
全部バレてます……。
この子はエスパーか?
――――
「ところで、あなたがもしよかったら、
私にお礼をさせて欲しいんだけど、どうかしら?」
「ん、お礼? そうだな。
当てのある旅でもないし、
シェリーみたいな美人さんがお礼をしてくれるっていうなら断る理由はないさ」
そういって俺は姿勢を整える。
キマッた。
これが賢者の貫禄だ。
今の俺はカモメ紳士に見えてるに違いない。
ついでに賢者パワーで後光を射しておこう。
光魔法だ。
「まぁ。モーゼスは口も魔法もお上手ね。
ありがとう。
私も、こんな可愛くて頼りになる、
素敵なカモメさんと知り合えて、嬉しいわ」
シェリーが満面の笑みを浮かべて答える。
俺みたいな紛い物じゃない、本物の後光が射して見える。
この笑顔の破壊力は、やっぱりヤバい。
大人になったシェリーにこの笑顔を向けられたら、一瞬で恋に落ちてしまうだろう。
だが、シェリーはまだ13歳。
まだ耐えられる。
セフセフ。
「じゃあ、まずはお家に帰りましょう。
ちょっと離れてるけど、あなたと一緒なら安心ね。
よろしく、モーちゃん。あっちよ」
そう言ってシェリーは颯爽と歩きだす。
この方角は南か。町とは反対方向だがこれいかに。
シェリーは方向音痴なのか?
俺はやんわりと釘を刺すことにする。
「なぁシェリー。
この方向は町とは反対の気がするんだが、
こっちで合ってるのか?」
「うん。合ってるわ。
町から離れる方向だけど、
決して私が方向音痴なわけじゃないわ」
俺を見てシェリーは意味深なはにかみを見せる。
やべぇ。
オラ恐ろしくなってきたぞ。
誤魔化そう。
話題を変えるか。
「シェリーはこんな森の奥深くに住んでるのか。
ご両親も一緒に?」
「うん。お父さんとお母さんも一緒に暮らしてるわ。
2年前に町から引っ越して、
それからずっとお父さんの教えで槍の修行をしてるの。
でも、お父さんは剣の達人なのよ。
剣聖って呼ばれてたこともあるんだって。
なのに、私には剣じゃなくて槍を使わせようとするの。
変なの。
なんでも私が生まれる前に薙刀の達人と果し合いをして、
コテンパンにやられたらしくて、これからは長物の時代だって」
なるほど。お父さんと一緒に修行してるのか。
ということは、さっきから感じてる気配は、シェリーのお父さんか。
そりゃそうだ。こんな天使みたいな娘がいたら、一人で森に向かわせるわけはないもんな。
さっきのピンチもギリギリのところで助けに入るつもりだったんだろう。
合点がいった。
というか、安心した。
ちょっと余計なことをしてしまったかな。
「剣と薙刀か。
それは確かに得物の差だな。
シェリーのお父さんの見立ては正しいと思うぜ。
剣聖とまで呼ばれるに至って、
剣へのこだわりを捨てられるとは、
大した武人じゃないか」
「そういうものかしら?」
「多分、な。少なくとも俺はそう思うぜ」
「ありがとう。
その言葉を聞いたら、きっとお父さんも喜ぶわ。
ところで、今更なんだけど、
モーちゃんはどうして魔法を使えるのかしら。
それに、武術についても詳しそうだし……。
カモメが魔法と言葉を覚えてそうなったようには見えないのよね。
もしかして、人が化けてるとか?」
相変わらず鋭いな。
でも、この聡い少女ならそう考えるのは当然か。
まぁ、別に隠すことでもない。
「シェリーは冴えてるな。
お察しの通り俺は元々人間で、魔法使いだった。
自分で言うのもなんだが、
なかなかいい魔法使いだったと思うぜ。
それである時、転生法ってのを知る機会があって、
使ってみたらカモメになってしまった、
というわけだ。
中身はオッサンだよ。ガッカリしたかい?」
「そうねぇ……。
私、昔からカモメさんと仲良くお話できたらいいなって思ってたの。
だから、中の人が居るとしてもモーちゃんはカモメさんにしか見えないし、
今は夢が叶ってうれしい気持ちで一杯よ。
でも、普通のカモメさんの生活とか聞いてみたかったんだけど、
モーちゃんは特別っぽいから、そこはちょっと残念ね」
「そういうことなら、
俺は3年くらいカモメの群れの中で暮らしてたから、
あいつらの生活はよく知ってるぜ」
「ホント?」
「ああ。アイツらは本当にアホでな……」
俺たちは他愛もない話をしながら森の奥へと進んでゆく。
そして、2時間は経っただろうか。
急に視界が開け、目の前に空間が現れる。
そこには、無数の切り株に囲まれた、三角屋根の丸太小屋が建っていた。
「着いたわ。ここが私のお家よ。
さあ、入りましょう」




