パパさん意外とお茶目だね
◇
……一時間ほど経過して。
「……おい」
狼は、苛立ち混じりに呟いた。
「何?」
「どんだけ掛かってんだ……?」
一行は今、闇代の実家に向かって、小石だらけの雑木林を進んでいる。道が凸凹しており、非常に歩きにくい。
「一応、近道があるんだけどね」
「何でそっちを行かない……?」
「そんなにロッククライミングしたい?」
「……は?」
闇代は屈託のない笑みを浮かべ、続ける。
「断崖絶壁を登ると十分で着くんだけど、高さが五メートルくらいだから、登るの大変かなって」
「……俺が悪かった」
確かに、五メートルの崖を、何の装備もなく登るのは一苦労だ。というか無謀だ。
「もう少しだから、頑張って」
因みに、優と一片は平気な顔で闇代に着いて来ている。狼が貧弱なのか、彼らが凄いのか。或いは、単に狼が短気なのか。
「ほら、あそこだよ」
闇代の指差すその先に、ぼんやりと民家らしきものが見えた。
「まだ遠いだろ……」
「後五分だよ。ファイト」
闇代に励まされて歩くこと五分強、やっと闇代の実家に辿り着いた。白い塀に囲まれた土地は案外広く、さっき行った『絆学園』のグランド以上はある。家屋は一階建ての木造建築(土地相応の大きさ)。門はずっしりとしてて、結構頑丈そうに見える。……どこのお屋敷だここは?
「ほら、入って」
門を開け(鍵が開いていた)、敷地に足を踏み入れると、まず正面に建物が見えた。右手には池が見え、左手には何やらプレハブが建ててある。闇代は正面の戸を開けて、勢い良く帰宅した。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
返事はすぐに聞こえてきた。というか、玄関で待ち構えていた。パッと見は割と若そうで、印象は三十代くらい。背は高めで痩せ型、顔はそこそこ。恐らく闇代の父親であろう彼の頭は、やはりというべきか金髪であった。
「パパ!」
闇代は父親に飛びつくと、いつも狼にしているように抱きついた。
「闇代、久しぶりですね」
ただ狼と違うのは、抱きつかれた方も闇代を抱き締めていることだった。しかも、満面の笑みで。
「あ、それでね」
再会の抱擁は思ったよりも短く、闇代が離れて狼たちを招き入れた。父親の方は若干名残惜しそうだったが、客人の前なのですぐに切り替えた様子。笑顔で応対する。
「初めまして、牧野優です」
「初めまして、闇代の父で飾風化と申します。娘がお世話になりながら、まともにご挨拶も出来なくて、大変申し訳ありません」
「いえいえ。こちらこそ、大切なお子さんを預かる身でありながら、ろくに連絡も寄越せず、とても心苦しかったんですよ」
てか、保護者同士は初対面か? つまり、顔も知らないような相手に自分の娘を預けてたのか。……この父親、大丈夫なのだろうか?
「闇代が大丈夫と言っていましたから、問題ありません」
「?」
優が首を傾げているが、風化は気にすることもなく、視線を狼に移した。
「それで、君が狼君ですか?」
「ああ」
「もう婚約済みだよ」
「嘘吐くな!」
「ほう、婚約済み、ですか……」
「何でどいつもこいつも話を聞かないんだ!?」
お約束です。文句を言っても無駄です。理不尽でも我慢してください。
「一つ、言って置きますね」
風化は笑顔のまま狼の肩を掴み、
「破廉恥な付き合いは認めません。学生なんですから、清く正しく美しく、です」
米神に青筋を浮かべながら、低い声でそう告げた。
「あ、もうしちゃった」
「え……?」
「何をだっ!? このタイミングで出てくるようなことなんてしてないぞっ!」
「……なるほど、大変仲がよろしいようで」
「だから人の話を聞けってのっ!」
既成事実はこうして作られるのだった。試験に出るからよく覚えておくように。
「まあ、それは置いておくとして―――」
風化は一旦怒りを鎮め、今度は目線を一片に向けた。
「何故、退魔師がここに?」
その表情は今までと一転して、険しいものとなっていた。闇代の父親は言うまでもなく除霊師で、退魔師とは敵対しているのだから、至極当然の反応だ。
「……」
一片は無言のまま身を屈めて、膝を地につけた。両手も地面について、頭を、額が砂で汚れるまで下げる―――要するに、土下座した。
突然の行動に、誰も言葉を発することが出来ない。しかし、その沈黙は存外早く破られた。
「……俺は」
一片の口から漏れだしたのは、震えた声だった。
「俺は、あなたの妻を―――飾闇代の母親を、殺した。無論、こうして頭を下げたところで無駄なのは分かっている。しかし、ここで謝らなければならない。許してもらおうとは思わない。ただ―――謝らせてくれ……」
「謝りたい……ですか」
風化は、静かに右足を上げ、一片の頭上に持ってくる。
「パパ……!」
「闇代は黙ってなさい」
娘の呼び掛けを一蹴し、ゆっくりと足を下ろしていく。闇代が、息を呑む音が聞こえる。狼も、優も、事の成り行きを大人しく見守っていた。
「……そんなに、謝りたいですか?」
ふと、足が途中で止まる。
「……ああ」
そのやや後に、一片の返答。
「それは、誰に対してですか?」
だが、次の問いに対する答えは、すぐに返ってこなかった。
「それは、僕に謝りたいのですか? それとも、闇代にですか? それとも―――彼女にですか?」
風化が補足してやっと、一片はそれに答えることが出来た。
「……その、全てに」
「……そうですか」
風化は一瞬躊躇う素振りを見せて、
「なら、とりあえず死んで謝ってください」
下げていた右足を振り上げ、思いっ切り踏み下ろした。気配で分かるのか、一片が両目をぎゅっと閉じた。
「パパ!」
闇代の叫び声。遅れて、ぐしゃり、という嫌な音が聞こえた―――のだが。
「なーんちゃって」
しかし、風化の足は、彼の頭部ではなく、その隣の地面を踏み抜いていた。雨でも降っていたのか、地面は少しぬかるんでいて、先程の音はこれが原因らしい。
「……パパ?」
闇代は、目を点にしながら風化の顔を見やる。その父親は、満面の笑みを浮かべて、少々下品な笑い声を上げていた。
「あははっ! ここまで笑ったのは何年振りでしょうか? ふふっ!」
そうやってたっぷり一分ほど笑ったところで、風化は屈んで、一片の頭を持って顔を上げさせる。そして彼と目を合わせ、諭すようにこう言った。
「今のはただのドッキリです。別に君をどうこうするつもりはありませんから、そんなに怯えなくてもいいですよ。……君が、自分のしたことを悔いているのは十分伝わりましたから、個人的にはそれだけでいいんです。まあ、謝られたところでどうしようもない、ってのもありますが」
そして立ち上がり、一片を立たせてやる。
「そもそも、闇代が受け入れている以上、親である僕が拒めるわけないでしょう? そんなことしたら、父親の威厳が台無しです」
そして、彼の服や額についた土を落としてやり、家の中へ招き入れる。
「さ、長い移動で疲れたでしょう? どうぞ上がってください。客間まで案内しますから」
家主に先導されて、一同は飾邸の中を進んで行った。




