まだまだ続きます
……更に時間は流れ、八月中旬。
「狼くーん、まだー?」
「ちょっと待て」
狼は旅行鞄を背負うと、靴を履いて、玄関(虹化粧の裏口)から出る。
「はーやーくー!」
「戸締りするまで待て」
戸に鍵を掛けると、闇代の元へと駆け出した。闇代は、そんな彼に微笑みかけると、ちょこんと首を傾げた。
「あれ、お優さんは?」
「正面から出るって」
狼が答え、それから二人は、仲良く並んで歩き出す。そこで狼も、気になったことを聞いてみた。
「で、一片は?」
「え? ここだけど?」
闇代が指差したのは、彼女が引いているトランク(特大)。
「……生きてるよな?」
「当然」
既に物言わぬ骸となりて、解体されたかと思いました。
「何で、そんなとこに……?」
「だって、逃げるんだもん」
この中には、手足を縛られ、猿轡をした一片が押し込められている。因みに、縛ったのは優だ。押し込めたのも。
「まあ、こいつは嫌がるだろうけど……駅に着いたら出してやれよ」
「はーい」
その前に窒息してないといいが。狭い空間+密閉状態+猿轡なのだから、そうなる可能性は十分にある。
話しているうちに、二人は『虹化粧』の正面入り口までやって来る。
「おーい、何やってんだよ?」
「張り紙です」
見れば、優が店の戸に紙を貼り付けていた。
「それでは、行きましょうか」
「うん」
「ああ」
三人(+一人)は、揃って駅へと向かう。……『虹化粧』の張り紙には、こう書かれていた。『誠に勝手ながら、お盆の間はお休みさせて頂きます。優』と。
彼らが向かうのは、闇代の生まれ育った町、『虹ヶ丘町』だ。
◇
……電車に揺られること計一時間弱。彼らは、『虹ヶ丘駅』に辿り着いた。
「んっ……やっと着いた」
伸びをする闇代。所要時間はほんの一時間足らずだが、やはり疲れるのだろう。
「……やっと自由ダ」
一片も手足をストレッチしている。駅でトランクから出されたが、手足の拘束は外されなかった。結果、緊縛状態で電車を乗り継ぐ羽目に。
「ここが闇代の故郷か……」
狼は辺りを見回していた。と言っても、あるのは民家と電柱くらいだが。それも、あまり密集していない。つまり、ぽつりぽつりと立っているのだ。
「何にもないな」
「まあ、田舎だからね」
狼たちの辺りも田舎だが、ここほど閑散としていない。少なくとも、駅の周りはもう少し賑わっていた。しかしここは、特にこれといった施設もなく、何となく寂れているように思える。
「電車を使う人も少ないし、こうなるのも無理ないんだけどね」
「ふーん」
頷きながら、狼は適当に辺りをぶらつき始めた。まあ、別に見るものもないが。
「どこか行きたい場所とかある?」
闇代に訊かれるが、特に希望のない狼は首を横に振った。
「じゃあ、少し寄り道していい?」
「好きにしろよ」
そう言われて、闇代は狼の手を掴んで、
「ほらほら、こっちだよ」
彼を引っ張りながら、駆けていく。……右手は狼の手を、左手はトランクを担ぎながら。
「おい、あんまり引っ張るなよ」
そうやって連れて行かれたのは、とある小さな神社。山の上にあって、全体的にボロボロで、神主もいないような、地元の人からも忘れられていそうな場所だ。
「あら、結構渋い場所ですね」
優(しっかり追いついていました)は、ここを出来る限りいい言葉で表現した(恐らく本音だろうが)。
「なんたって、こんな場所に?」
不思議がる狼を尻目に、闇代は本殿(近くにある見取り図では本殿と鳥居しかない模様)の前に来ると、勝手に社の扉を開けだした。
「おい、それはさすがに……」
狼は止めようとするが、闇代は平気平気と言って、そのまま社に入っていく。
「神ちゃん、久しぶりー。元気してたー?」
中に入ると、闇代が突然誰かと話し出した。
「うん。ちょっと訳があって、離れてたの。ほら、もうお盆でしょ? だから帰ってきたの」
しかし、会話の相手の声は聞こえてこない。
「……あいつ、とうとう壊れたのか?」
「あれは霊と会話しているんダ」
失礼な勘違いを始めた狼に、一片が説明する。霊感がある者なら聞こえるだろう。社の中に住み着く霊の声が。
〈そっかー。闇代も元気でやってるみたいだなー〉
声の主は、妙齢の女性(の姿をした霊)。闇代の肩を叩きながら、笑顔で話している。
「お盆が終わったらまた向こうに戻るけど、それまでこっちにいるからね」
〈了解。そんならあたしも、たまには社から出てみるわ。折角の盆だしな〉
「それがいいよ。それじゃあ、またね」
〈ああ。さいならー〉
互いに手を振り、闇代は社から出てきた。
「お待たせ」
「もういいのか?」
「うん」
闇代は頷くと、置いておいたトランクを手にした。
「他にも会いたい人がいるから、そっちにも行きたいの」
「まだ行くんか……」
さすがに、旅行鞄を持っての移動は辛いだろうに。
「それにね、狼君にも、わたしの故郷を見てもらいたいの」
それでも、そういう思いはあるもので。
「……ったく、仕方ねえな」
それが分かるからこそ、狼も溜息混じりに、そう答えるのだった。




