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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
R―巡らせる。ナイツ
84/132

何か格好良く纏めました。

 ……その頃、先に『虹化粧』に戻っていた闇代と天は。

「……」

「……」

 気まずい雰囲気が未だに漂っていた。いい加減切り替えろよ、お前ら。

(狼きゅ~ん、早く戻ってきてよぉ……)

 まあ、あの様子だとすぐにでも戻ってくるだろうが、それは言わないでおこう。だって、その方が面白いから。

「……ねえ」

「……ええと」

 口を開くも、お互いの声が被ってしまう。……恋愛初心者の中学生か、お前らは? あ、天はまだ中学生か。

「て、天ちゃんからどうぞ」

「い、いえ、そちらからどうぞ」

 譲り合いの精神が裏目に出る典型的なパターン。まあいいや、とりあえず天からどうぞ。

「あの、失礼ですが、あなたは彼と、その、喧嘩したり、しないんですか……?」

「狼君と? ううん、あんまりないよ。寧ろ毎日らぶらぶだよー」

 闇代はしれっと答えるが、それは嘘だろ。闇代がいつも一方的で、たまに狼が折れるだけだ。

「でも、どうして?」

「いえ、私もお兄様と……お二人みたいに仲良く出来たらと思いまして」

「ふ~ん」

 まあ確かに、羨ましくなるくらいには仲良く見える二人ではあるが。

「それで、あなたのほうは?」

「あ、うん。……私たち、除霊師と退魔師のことなんだけど」

 内容が内容だけに、それを聞いた天は、緊張で顔を強張らせた。けれども闇代は対照的に、いつも通りの笑顔だ。

「もしよければ、争うのはもう止めにしない?」

「それは、どういう……」

「家同士で争うのは止めようってこと。今すぐは無理でも、いずれ世代交代になって、天ちゃんが家を仕切るようになれば出来るでしょ?」

「確かに、そうですが……」

 突然の申し出に、天は戸惑いを隠せない。当然だ。今まで争うことが常であった相手に和平を提案されても、はいそうですかと了承できるはずがない。

「ですが、それでも私は、あなたたちの考えに賛同出来ません。霊を破壊するのは、単に悪霊が人々に危害を加えないようにするだけではありません。除霊を怠れば、大気中の霊質濃度が著しく低下します。これは、新生児が魂を構成するための霊質が不足するということでもあります。そうなれば、人口低下は免れません。私たちは、死んだ人間より生きている人たちを優先しなければならないんです」

 人間の魂は胎児から二、三歳頃にかけて形成される。その材料である霊質は大気から摂取することになるが、空気中の霊質濃度が極端に低い場合、魂の形成に支障が出て、最悪成長が止まって、そのまま死亡することもある。退魔師が危惧しているのはそこであろう。

「確かにその意見は尤もだよ。そうやって退魔師が霊体人口を調整してくれるから、今の社会があるんだと思う。だけど、それで生きている除霊師と退魔師(わたしたち)が犠牲になったら意味ないよ」

「ですけど……」

 それでも天は納得がいかない模様。闇代は仕方なく、攻め方を変えてみることに。

「一片君がどうしてここに来たか、分かる?」

「それは……家が嫌になったからでは?」

「それもあるだろうけど、それなら何で今まで出て行かなかったのかな?」

 天は答えない。分からないから、答えられないのだ。

「多分ね、一片君も分かったんだよ。主義が違うからって争うのが、どれだけ無益かって」

 意見や考え方の違いで対立することなど、世界規模で見ればそこらかしこで、日常生活でもしょっちゅうだ。しかし、それらはいずれも、解決にはなり得ない。暴力や権力でねじ伏せようと、根本的な問題は何も解決しないのだ。勿論、有益にもならない。彼は、前の一件で、それに気づいたのかもしれない。

「……」

 天にも、それくらい分かっている。だが、それを認められない。認めたら、今までの自分を、家族を、退魔師という家業を、全て否定することになる。

「わたしもね、最初は無理だって思ったよ。ママを奪った一片君を許せないってね。でも、狼君に言われたんだ。復讐は単なる徒労だって。復讐しても、ママは喜ばないって。だから、わたしは許すことにした。そして、争うのは無駄だって思うようになったんだよ」

「……凄いですね。私には、とてもそうは思えません」

「だって狼君だもん。正直言うと、そこに惚れたんだ」

 えへへと、闇代ははにかむように笑った。釣られて、天も笑顔になる。そして、何かを決意するかのように頷く。

「……そうですね。今の私はただの傀儡ですが、帰ったらすぐに発言力を取り戻します。並大抵のことではないでしょうけど―――それでも、あなたの言う理想を、実現させて見せます」

「うん、楽しみにしてる」

 もうこの二人に、先ほどまでの気まずさはない。これで完全に打ち解けたようだ(そもそも、気まずくなった原因自体はどうでもいいことなのだが)。それにしても、知らぬ間に二人の仲を取り持つとは……向坂狼、恐るべし。

「ただいま、っと」

 そうこうしている内に、狼が帰ってきた。

「おかえり~」

「おう」

 狼は闇代とハイタッチ(と言っても、狼のほうはロータッチだが)する。……何で、こんな唐突に?

「ほら、お前もとっとと入れよ」

 そして、店の外にいた一片を店内に招き入れる。

「お兄様……」

 不安げな天にチラリと目を向け、一片は彼女の対面に座った。

「……」

「……」

 そして、漂う沈黙。さすがに狼や闇代も、黙って見ていた。

「……」

 一片が向けてくる視線に、天は緊張しながらも口を開く。

「お、お兄様……どうしても、戻っていただけないのですか?」

「……ああ」

 短い返答。そして再び静寂。

「……俺は」

 と思ったら、またも一片が口を開いた。

「この場所が気に入っている。ここには、あの家にはなかったものが―――何か、大切なものがある。そんな気がする。それを知るまでは、取り戻すまでは、俺は戻れないんダ」

「……そうですか」

 天は頷くと、

「では、私が、その大切なものとやらを、取り戻します」

 そう、自信を持って、答えた。

「お兄様が戻ってこられるような素晴らしい場所に、一片の家を変えて見せます。―――もしそうなったら、お兄様は戻ってきてくださいますか?」

「……約束する」

 その言葉に天は、

「はいっ!」

 満面の笑みを見せてくれたのだった。



  ◇


「にしても、案外あっさりと引き下がったな」

 狼は、天の潔さに驚いていた。因みに天は、既に帰ってしまった。見送ろうとも言ったのだが、彼女はそれを辞退して、一人で行ってしまった。

「多分、目標を見つけたからだよ」

「目標?」

「うん。一片君が戻れるような家にする、っていう目標をね」

 ついでに、退魔師と除霊師の軋轢を取り除くのも。そう伝えると狼は、なるほどと呟き、続けた。

「って言っても、こいつは戻る気なんか更々ないだろ?」

「ああ」

「えっ……?」

 戻る気ないのに約束したのか……?

「じゃ、じゃあ、『大切なものがあるから』っていうのは……?」

「でまかせ」

「ひ、ひっどーい……!」

 闇代が憤慨している。しかし、一片は悪びれた様子もなく。

「あれの扱い方を思い出してな」

「どんなだよ?」

「適当な言葉であしらう」

「なるほどな……」

 似たようなことを闇代にしている狼ですら呆れているぞ……。

「ただいまです」

 ここで優が戻ってきた。……何故このタイミングで?

「どこ行ってたんだよ?」

「夕食の材料を買出しに」

 お夕飯のお買い物か。だったら一言言ってけよ。

「今日はハンバーグにしますね」

「やったー」

 闇代が喜んでいる。―――はいいのだが、何故そこで狼に抱きつく?

「おいこら離れろ!」

「やーだ」

 そしてそのまま、いつものようにあれな感じになっていく。

(それにしても)

 そんな光景を眺めながら一片は思った(正確には、ナレーターのアテレコ)。

(『大切なもの』などと、大それた言い方をしなくてもよかったかもな)

 大切なのは、今この時間。皆が笑って過ごせる、ありふれた、しかし尊いこの光景。そんなちっぽけな幸せに、彼は飢えていたのかもしれない。

「おい一片! 見てないでこいつを何とかしろ!」

「狼きゅ~ん! だ~い好き! そして一緒にごーとぅーべっ!」

「あらあら、若いっていいですね」

「ふざけるな~!」

「……やれやれ」

 でも今は、その幸せを共有できる。この、騒がしくも愉快な仲間と一緒に。……ここから出て行くのは、確かに嫌だと思った。

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