夫婦喧嘩は犬も食わないけど、兄弟喧嘩は食べるのかな?
◇
「ここは……」
数分後、天は再び『虹化粧』の前までやって来ていた。
「あら、ご存知なんですか?」
「あなたの、お店だったんですか……?」
「はい。内装からメニュー、運ばれてくるお料理まで完全自己プロデュース、自作のお店です」
まあ、今更気づいたところでもう遅い。こうなれば、優に強制連行されるのがオチだ。
「では、早く入りましょう」
ここまで来て、やっぱり帰ると言うわけにもいかず、ずるずると引き摺られるような気持ちで、店の暖簾を潜るのであった。
◆
……その少し前。
「で、何でわたしは狼君と格ゲーをしてるのかな?」
狼と闇代は、かなり古い型のゲームハード(百年物)で、格闘対戦ゲームに興じていた。
「優の持ってるゲームソフトで、対戦できるのがこれしかないんだ」
狼の操作キャラは、攻守遠近全ての面でバランスがいい万能タイプ。対して闇代は、近接戦特化の格闘家キャラだ。
「そうじゃなくて、何で狼君とゲームしてるのかなって」
闇代のキャラが連続攻撃を叩き込むが、小技で隙を突かれ、すぐさま逆転されてしまう。
「自分が勝てないからって、そういう逃避はよくないぞ」
更に隙のないコンボを繋げ、闇代のヒットポイントを大幅に削っていく。
「別に、現実なら勝てるもん」
「こっちは現実じゃあ勝てんから、ゲームでボコってストレス解消だ」
言ってて悲しくならないか? と思う間に、闇代のキャラが戦闘不能となってしまった。
「むぅ~」
「よし、これで五連勝」
実際に喧嘩したら勝ち目のない相手をゲームで叩きのめすのは、下克上と呼ぶべきか、性格が悪いと言うべきか。
「もうこれ飽きたよ……」
「まっ、それも仕方ないか」
勝てないゲームをやり続けても、楽しいはずがない。この手のゲームは熟練度が物を言う。その上古いので、コントローラーがいかれていて、慣れていないとまともに操作出来ない。かなりの指圧を必要とするので、慣れたとしても長時間は遠慮したいものだ。
「まあ、そろそろのはずなんだがな……」
「そろそろって?」
丁度その時、店の戸が開く音がした。
「ただいまです」
そして、優の声も。
「ほらな」
「もしかして、お優さんが戻ってくるのを待ってたの?」
「それもあるが……まあ、一種のギャンブルさ」
「?」
狼の言葉の意味が分からず、ちょこんと首を傾げる闇代。だが狼はそれにすら気づかないように、店のほうへ歩いていく。
「ちょっと待ってよ」
何か釈然としないまま、闇代は狼の後を追った。
「よっ」
「……」
狼は、帰ってきた優と、戻ってきた天を出迎える。
「あら、やっぱり知り合いでしたか」
「さっき知り合ったばかりだけどな」
そして、天の方を向いて、更に一言。
「戻ってくると思ったぜ」
「……この方は、お母様ですか?」
「全然違う」
と、そこで闇代がやって来る。
「あっ、天ちゃん! 戻ってきたの?」
「はい、成り行きで」
天は、優をチラリと見やりながら答えた。
「もしかして、狼君、分かってたの?」
「何が?」
「天ちゃんが、お優さんに会って、戻ってくるって」
「こいつの性格を考えろ。明らかに悩みを抱えていますって感じの奴が町をブラブラしてたら、絶対に放っておかないだろ」
なるほど、そこまで読んだ上で、敢えて飛び出した彼女を追いかけずに放置したのか。……もし優が見つけていなかったら、どうするつもりだったのか?
「で、ちゃんと連れてきてくれたってことは、勿論手伝ってくれるんだよな?」
「はい。最初からそのつもりですから」
何を手伝うのかも聞かず、そう答える優。何故ここまでお人好しなのだろうか。
◇
……優に事情を説明してから。
「なるほど。大体分かりました」
優は湯飲みの茶を啜ると、一言。
「つまり、これは兄妹喧嘩なんですね?」
「えっと……そういうのではない気がするのですが―――」
「兄妹で駄々こね合うのは立派な兄妹喧嘩です」
今回の話を、兄妹喧嘩の一言で片付けられてしまった。
「私も若い頃はよくありました。特に姉と」
「兄弟いたんか……」
狼も知らなかったらしい。
「いましたよ。まあ尤も、今も生きているのは私一人ですけど」
……ってことは、兄弟全員死んでるのか?
「ああ、気をつかわないで下さい。もう二十年以上前の話です。私の中ではもう終わったことで、今更何かを思ったりしません」
場の空気を察してか、優はそうやって笑ってみせる。それが却って悲痛に見えてしまうのだが、それを言っていると話が進まないので誰も突っ込まない。
「で、兄弟喧嘩の話でしたね。私も小さい頃は、姉にこっぴどく虐められましたよ。五歳のときなんか、八つ当たりで一日三十回は殴られましたし」
それは最早虐待だと思う。児童相談所に通報できると思う。
「まあでも、今思えば、兄弟は喧嘩するのが当然なんですよ。普段は仲のよかった兄や弟妹とも時々喧嘩しました。時には下らないことで。時には価値観や意見の違いで。他にも色々ありました。ですけど、それが普通なんです。瞳君の場合、ただ意地を張っているだけのような気もしますけど」
そこまで話して、また茶を一口啜る。
「特に、異性の兄弟では誰もが通る道ですから、それほど深刻に考える必要はありませんよ。それに―――」
またもや茶を啜り、(てか、茶を飲みながらじゃないと話せないのか……?)
「瞳君は、天ちゃんとどう接すればいいのか分からないんですよ、きっと。天ちゃんも、同じことを思っているはずです」
言われて、天は思い返してみた。自分が兄と、今までどう接してきたのかを。
「……確かに、私が当主となってからは、お兄様と話すことも少なくなりました。そうでなくとも、私たちは前々からギクシャクしていましたし……。言う通り、なのかもしれません」
「なら、どうするべきかは分かりますよね?」
「……お兄様と、ちゃんと話します」
「正解です♪」
優は微笑むと、残った茶を飲み干して、立ち上がる。
「では、瞳君を呼んで来ますね」
そしてその姿は、店の奥へと消えていった。




