×ロープで教育 ○ロープの教育
◇
「……お前ら、何話してんだよ?」
あれから暫くして、狼が戻ってきた。
「ちょっと、人生の後輩に教育的指導をね」
「なら、そこに置いてあるロープと、教育的指導の関係性について、しっかりと聞かせてもらおうじゃねえか」
テーブルの上には、ナイロン製のロープが置いてあった。何故、こんなものが?
「腕の正しい縛り方を教えるためだよ」
「何でまたそんなことを……」
「だって天ちゃんが、一片君にそういうことをしたいって言うから」
「言ってませんっ!」
全力で否定しなくても、狼が真に受けるとは思えないが。
「どうせお前が変な誘導尋問したんだろ」
「ううん。違う」
何で事実をそんなにきっぱりと否定できるのだろうか。その技能は羨ましい。
「……まあいいや。それなりに打ち解けたみたいだし」
最早、そこは気に留めないこととしたようだ。まあ、闇代相手ならそれが一番楽だろうが。
「話してきたぞ、あいつと」
その一言で、和んでいた(というか、振り回された後の)天の表情が引き締まった。狼は続ける。
「なんか、色々理由をつけてたけど、戻りたくないのは確実だな、ありゃ」
「そうですか……」
そう告げられて、天は残念そうに項垂れた。普通ならそこで口を噤むのだが、止せばいいのに追撃する狼。
「家がどうたらとか、妹は当主の癖に弱いとか、傀儡とか、伝統と誇りはどうしたとか、考えが古すぎるとか、支離滅裂なことばかり言ってた」
「それは……」
言わないほうがいいと思うのだが。それを言うからこその追撃である。
「……やはり、私に当主は務まらないのでしょうか?」
ほら、しっかり傷ついてる。
「いや、知らんが。まあただ、話してみた印象だと、あんまり好感持たれてないのは確かだな、お前」
何故更に追い討ちをかける? Sか? どSなのか?
「―――私は、お兄様にとって、邪魔でしかないのでしょうか?」
「んなの聞くな。聞くなら本人にしろ。お望みなら、ここまで引きずり出すけど、どうする?」
「……いえ、ご迷惑はかけられません」
そう言って、天は静かに店から出て行った。残されたのは、闇代と狼の二人だけ。
「……良かったの?」
闇代は、責めるような視線を向けつつ狼に問いかけた。
「何がさ?」
「天ちゃん、絶対に傷ついてるよ? 追いかけたら?」
「だろうな。普通はそうする。けど、ああいうのは俺より適任がいる」
「?」
首を傾げる闇代に、狼は含みのある笑いを浮かべ、こう言った。
「とにかく、ゲームでもして待ってれば何とかなるって」
一方、店を出た天は、町を当てもなく彷徨い歩いていた。
「……お兄様」
兄のことを思い、ここまでやって来たというのに。彼は自分と会う気すらないのかと思うと、衝動にも似た何かが込み上げてくる。だがそれを理性で抑え、それでも暴れようとする気持ちを静めるために、ただただ歩き続けた。
「あの」
ふと声を掛けられ、立ち止まる天。顔を上げれば、目の前には茶髪で碧眼の人物である優―――天は名前を知らないが―――がいた。
「もしかして、何かお困りですか? よろしければ相談に乗りますよ」
優しく声を掛けられ、天の心が揺らぎそうになる。
「……いえ、大丈夫ですから」
それでも、見ず知らずの人に迷惑は掛けられないと、断ってその場を離れようとする。だが、優はそう簡単には引き下がらない。
「いえいえ、この町では『困ったときはお互い様』という暗黙の了解がありまして、たとえ他所の方でも、困っていたら助けなければならないんです」
「……どうして、私が他所から来たと?」
不審に思い、天は足を止めてしまう。しかし優は、さも当然のように答えた。
「あなたの着ている制服です。かなり遠方にある中学の制服ですよね」
「あ……」
制服というのは、自分がどこに所属しているのかをはっきりさせる代物。故に、それを見れば自分の居住地も分かってしまうのだ。近所でもない学校の制服を把握している人は少ないが。
「ここではあれですし、とりあえずうちに来ませんか? 頼りになる子供達もいますし。ね?」
その笑顔に、折角の厚意を無碍にするのも悪いと思い、天は渋々ついていくのであった。




