「ここは俺に任せて先に行けぇーーー!」は死亡フラグ
◆
……少し前。
「お優さーん、こんにちはー」
開店前の居酒屋『虹化粧』の入り口を、妙齢の女性―――女刑事、小宮間舞奈が勢いよく開けた。
「あら小宮間さん、どうされました?」
それを、この店の持ち主である優が出迎えた。
「ちょっと近くまで来たから、顔出しとこうかなって」
「そうですか」
舞奈がカウンター席に腰掛けると、優が透かさず湯飲みにお茶を入れ、舞奈に差し出す。居酒屋なのに酒でないのは、営業時間ではないからだろうか。
「そういえば狼君、元気?」
「ええ、お陰さまで。最近は同居人が増えたせいか、一段と元気ですよ」
「同居人?」
すると、またもや店の扉が開いた。
「お優さん、ただいまー」
「帰った」
入ってきたのは、闇代と一片だった。例の一件以来彼らがどうなっているのか聞かないが、一緒に帰ってくるくらいには打ち解けているようだ。
「おかえりなさい」
闇代は鞄をテーブルに置くと、カウンター席に座っている舞奈に気が付いた。
「誰?」
「知り合いの刑事さんで、小宮間舞奈さんです」
名前を呼ばれ、舞奈は立ち上がって闇代たちのほうを向いた。
「小宮間舞奈です。もしかして、君たちがこの家の新しい同居人?」
自己紹介され、闇代も姿勢を正してそれに応える。
「飾闇代です。お優さんのところでお世話になってます」
「へー、闇代ちゃんって言うんだ。可愛いね」
「えへへ」
褒められて、はにかむ闇代。この場合の『可愛い』は『小さい』という意味合いが強いのだが、それは本人には内緒の方向で。
「で、そっちの子は?」
舞奈の視線が一片に向く。
「……一片、瞳」
呟くように名乗る一片。
「ふーん、瞳君かぁ。クールでカッコいいね」
「……」
一片はそっぽを向いてしまったが、耳が赤いので照れているだけだろう。
「なるほどね。こんな子達と一緒なら、狼君も幸せだろうね」
微笑む舞奈。まるで、自分のことのように喜んでいる。
「でも狼君、最近冷たいんだよ? 今日だって、わたしを放って他の女の子達と寄り道してるし……」
「それはお前がしつこく付き纏っているからダロウ?」
まあ確かに、闇代は愛情表現には若干(と言いつつ実は相当)問題がある。
「べっ、別に付き纏ってなんかいないもん!」
闇代は顔を真っ赤にして抗議しているが、一片は取り合おうとしない。
「まあ、まあ。狼君も男の子だからね。たまには一人になりたいんだよ」
「何故男が孤独な生物みたいになってるんダ……?」
一片の呟きは、舞奈には届いていない。てか、そもそも聞く気すらない。闇代の話もちゃんと聞いていないし。
そんな話をしていると、店の奥からベルの音が響いてきた。
「あら、電話みたいです。ちょっと出てきますね」
そう言って、優が店の奥へと消えていった。
「はいはい、今出ますよ」
優は受話器を取ると、それを耳に押し当てた。
「もしもし牧野です」
しかし受話器からは、何の音もしない。
「もしもーし?」
再度呼びかけるが、反応はない。
「どうしたんでしょうか?」
普通に考えたら悪戯電話、それも無言電話だが、優は電話を切ろうとしない。
《……だ? ……かよ……》
耳を澄ませると、くぐもった声が聞こえてきた。
「狼ですか?」
さすがというか、優にはそれが狼の声だと分かるようだ。
《……ら……にげ……!》
声が途切れていて何を言っているかは分からないが、緊迫した様子が読み取れる。
「う、狼っ! どうしたんですかっ!?」
このナレーターでもこの程度のことが分かるのだから、優はより強くその雰囲気を感じたらしい。必死に呼びかけるが、彼の返答はない。
《……そ……ぐ……!》
そこで、通話が切れてしまった。
「狼……」
優は受話器を戻すと、店のほうへと駆けて行った。
◆
……狼達に、何があったかというと。
「ちっ、動き出した」
電柱の陰、茂みの中、傍の空き家などから、黒いスーツにサングラスの男達が姿を現す。彼らは右手にごつい拳銃を握り締め、足並みを揃えて狼達に近づいていく。
「何者だ! 俺らに何か用かよ?」
彼らは、狼の言葉に耳を傾けずに、徐々にその包囲網を狭めていく。
「くそっ、面倒だな……。俺が道を開くから、お前らだけでも逃げろ!」
狼は懐から、先の尖った、三角錐の形をした金属塊を取り出した。彼の武器の一つ、『貫く頭蓋』ランスだ。
「おら!」
それを握った手を右に振り抜き、一番人の薄い部分を攻撃。突然の不意打ちに、男達が体勢を崩した。
「今だ急げ! ぐっ……!」
直後、狼の肩を弾丸が掠める。
「狼っ……!」
上風は僅かに躊躇ったが、紗佐の手を掴んで、狼の作った隙へと飛び込んだ。
しかしその頃には、男達が体勢を立て直しかけていた。
「こんのっ……!」
上風の回し蹴りが、立ち直りかけていた男達の側頭部に直撃する。
そのまま足を止めず走り抜け、包囲網を突破する。
そんな彼女達に、銃を向ける他の男が三名ほど。
「させるかっ……!」
狼が放ったランスが、彼と繋がっているロープ部分を使って男の腕を縛る。そしてそれを力任せに引っ張り、後の二人にぶつけた。
「ガキが……!」
しかしそれにより、残った男達から一斉に銃撃されてしまった。
「がっ……!」
腕を、足を、腹を、肩を、凶弾が狼を貫いていく。
「狼っ……!」
「向坂君……!」
さすがに上風も足を止め、紗佐も彼の名を呼ぶ。だが、
「まったく、手間取らせやがって」
「「!」」
少女達の行く手は、控えていたと思われる男達に遮られてしまった。
「抵抗したところで、無駄に苦しむだけだというのに……なんと愚かな」
「ぐっ……!」
「あっ……!」
男達は上風と紗佐を締め上げると、彼女達を連れて狼の元へ歩いていく。
「……くそっ!」
狼はボロボロになりながらも、まだ立ち上がろうとしている。
「もう止めろ。無駄な犠牲が増えるだけだ」
また別の男が狼の首根っこを掴み持ち上げ、傍らにいる少女たちを指差し言った。
「これ以上抵抗するなら、こいつらを始末する必要が出てくる」
その言葉に、狼は恨めしそうな目をしていたが、やがて全身の力が抜けたかのようにぐったりとなった。
「狼……」
「向坂君……」
上風と紗佐はただ、なす術なく彼を見ていることしかできなかった。




