諦めが早いのはとてもいいこと
「くそっ……!」
狼は苛立っていた。優が目の前で倒れ、敵である男女二人組みは、優に気を取られた一瞬で逃げられてしまった。本当なら逃げた彼らを追いたい所だが、優を放っては置けない。
「おいっ! しっかりしろ!」
肩を掴んで揺すってみるも、涙の溢れる目が開かれることも、閉ざされた口から声が漏れることもなかった。
「ったく! どうしろってんだ!?」
叫んだところで、一つの可能性を思いついた。
「あの刑事か……!?」
狼は携帯電話を取り出した。昨今ではあまり見かけない、二つ折りの旧式携帯電話だ。
ボタンを操作し、アドレス帳からある人物の番号をコールする。
《もしもーし? この番号は狼君かな~?》
スピーカーから、間延びした女性の声が聞こえてくる。
「よし、生きてる!」
《ふぇっ!》
狼は電話を優の耳に当てる。すると優が跳ね起きて、叫ぶようにマイク部分に話しかける。
「舞奈ちゃん!? い、生きてたの!?」
《急になんなの!?》
驚く優と、それに困惑する舞奈。そこから暫く、二人の噛み合わない会話が続いたが、やがて落ち着いて話せるようになった。
《つまり、私が殺されたって嘘で取り乱して、挙句相手さんには逃げられたの?》
「本当に、面目ありません……」
携帯越しに頭を下げて陳謝する優。先程、落ち着くために瞳を蒼に戻した。
「私としたことが、ここまでの被害を出した上に取り逃がしてしまうだなんて……」
《まあまあ、そういうときもあるよ。今回は、私の存在が足枷になっちゃったみたいだし、こっちこそごめんね》
「そ、そんな、小宮間さんが謝るようなことでは……」
《ともかく。これからは、今後の動向に注意しよう。ね?》
「……はい」
それから二言三言話した後、通話を切った優は携帯を狼に返す。
「申し訳ありません、心配を掛けてしまって」
そして、狼達にも頭を下げる。
「まったくだぜ。リアルな死んだ振りはするわ、急に倒れるわで、どんだけ驚いたことか……」
おいおい、そこは嘘でも気にしてないと言えよ。
「でもまあ、みんな無事だったんだから良しとしようよ」
「ダナ」
その点、他の二人は空気が読めて助かる。
「てか、さっさと帰って飯にしようぜ。朝飯まだだから、腹減って仕方ない」
「あ、そう言えば……」
もうそろそろ朝食の時間だ。色々あったのだから、腹が減るのも当然であろう。
「じゃあ、帰って朝ごはんにしましょうか」
「うん」
「ああ」
「そうダナ」
一同は、ぞろぞろと『虹化粧』へと戻っていった。




