何気に今回、心理戦が多いかも
「なっ……!」
突然現れた優に、狼は呆気に取られている。言うまでもないが、彼が驚いたのは優が背後から現れたからでも、優の瞳が黄色になっているからでもなく、優が郁葉たち兄妹によって倒されたのだと思っていたためである。
「お優さん……無事だったんだ」
安堵して、ほっと(平たい)胸を撫で下ろす闇代。
「気づかなかったのか?」
対して一片は、彼らの反応が意外だとでも言わんばかりだ。
「あの状態でまともに生きているはずがないが、殺されたのだとすれば霊体が近くにいてもおかしくない。仮に霊銃で霊体を完全に破壊されたためでも、一切の痕跡も残っていないのはおかしいからな」
「あ、そう言えばそうかも」
おい、しっかりしてくれよちびっ子除霊師。
「ちびっ子言わないで!」
おっと失礼。
「でも、それなら言ってあげればよかったのに」
「もしかしたら、それも奴の霊銃の能力によるものかもしれなかった上に、下手に口にすれば、それこそあいつも危なかったダロウ?」
「そうでもないけどね」
一片の言葉を、優が否定する。
「今の『あたし』には、そこの銃と似た能力があるの。それを使って死んだ振りしてただけだから、言ってもらっても特に問題なかったんだよね」
なんと紛らわしい。
「でも、今はちょっと後悔してるかな。闇代ちゃんや、狼に、惨いの見せちゃったから」
気まずそうに微笑む優に、狼はまだ声も発せない状態だ。もう会えないとさえ思っていた相手と唐突に再会できたのだ。そうなるのも無理はない。
「……何故だい?」
しかしそんな空気に、郁葉の声が水を差す。
「何故、君にはこの霊銃の能力が通じないんだ?」
「簡単だよ、そんなこと」
優は右手の刀を、郁葉が取り落とした霊銃に突きつける。
「この銃の能力は、『幻覚』じゃなくて『幻影』。使用者の姿を、別の座標軸に投影するだけなの。しかも投影方法がずさんで、ちょっと視線をずらしたりすれば簡単に見破れるの」
だから、暫く俯いていた狼には『幻影』ではない本来の姿が見えたのか。
優が刀を握る手に力を込めると、突きつけられていた霊銃にひびが入る。
「対してあたしのは完全な『幻覚』。姿だけでなく他の感覚や、体の可動域にまで干渉するから、よりあたしを誤認しやすくなる」
霊銃に入ったひびが全体に広がり、文字通り粉々に砕ける。そして後に残ったのは、小さな無数の金属片だけだった。
「これの持ち主のときはどうか知らないけど、霊銃も霊刀も使用者の魂によって能力が変化する代物だって聞いたから、所詮あなたにはこの程度しかこの子の性能を引き出せなかったみたいだね」
よく見てみると、兄の傍らに倒れる咲葉も、破壊された銃の残骸を握っている。先程彼女が宙を舞った際に、優の攻撃を受けたためだろうか。
「それじゃあ、色々吐いてもらうよ。この町の、罪もない人達の命を奪った、その理由とかね」
優の言葉に、郁葉の口から乾いた笑い声が漏れてくる。
「何?」
訝る優。しかし、その声は止むどころかより一層大きくなる。追い詰められて、気が狂ったのだろうか?
「はははっ、『罪のない人達』だって?」
それがぴたりと止まったかと思えば、今度は氷のように冷たい声が、その口から漏れてくる。
「人間は、存在そのものが罪だ。『罪のない人間』はいないし、彼らは抹殺されて然るべきなんだ。そんな奴らを殺した理由だって? 強いて言うなら裁きかな。いや、地球を覆いつくすだけの、下等で無能な害虫を駆除してると言ったほうがいいかもしれない。君はゴキブリを殺すのに躊躇いを覚えるかい? それと同じさ。この地を徘徊するしか能のないうじ虫を、僕らが駆逐する。見つけたら片っ端から排除する。そうしないと、どんどん湧いてくるからね。……何で君が、ゴキブリの肩を持つのか分からないよ」
対して優は、毅然とした態度でそれに応える。
「あたしはゴキブリなんて殺したことはないし、害虫と思ったこともない。つまり、そういうことだよ」
「ふっ……、結局、僕らは人間だけでなく、君達とも相成れないというわけか」
郁葉は立ち上がると、その冷めた瞳を優に向ける。
「何? まだ戦うの?」
「いいや。咲葉も消耗してるし、これ以上やっても勝ち目はないだろうから、今日は止めとくよ」
「今日『は』? もしかして、ここから帰れると思ってる?」
「ああ」
即答する郁葉に、優の不信感は募っていく。……何か、嫌な予感がする、と。
「君、刑事の知り合いがいるでしょ?」
何故それを? という疑問を抱いた瞬間、優の頭に最悪の結末が浮かんできた。
(まさか、そんなはずは……!)
しかしながら、嫌な予感は杞憂で終わってはくれないらしい。郁葉は続ける。
「その刑事、今頃冷たくなって、道端で寝転がってるだろうね」
最初に感じたのは、頭を金槌で殴られたかのような強い衝撃。そして、体中の感覚がなくなるような酷い脱力感。最早考えることさえ億劫な心理状態で、優は辛うじて意識を保った。
「……っ!」
だが、体勢が崩れるのは避けられない。刀は右手から零れ落ち、膝は折れて地に倒れこむ。上体が崩れ落ちるのを両手で支えるのが、今の優には精一杯だった。
「優っ!」
「お優さんっ!」
狼と闇代の声が重なり、手放しそうになる優の意識を現実へと引き戻す。だが―――
「―――あたし、やっぱり、駄目なのかな……?」
溢れる涙を拭おうとして、支えを失った体が、吸い寄せられるように地面へ落ちる。そして人ならざる兄妹は、いつの間にか姿を消していた。




