猫をもふもふするのが大好きだけど、そのせいで猫に嫌われている
◇
……一時間目が終わって。
「うーるーふーくーん!」
チャイムが鳴るや否や、先程の少女―――美也が、狼の教室に駆け込んできた。突然入ってきた女子生徒(しかも上級生)に驚いて、教室にいた生徒たちが一斉に振り返る。
「あれ、美也さん!?」
「やっほー、上風ちゃんも久しぶり~」
美也を見て、上風が大声を上げていた。知り合いなのには驚いたが、よく考えれば、彼女は狼と幼馴染なのだから、彼の先輩と知り合いなのも当然か。
「ほらほら狼君、今すぐもふらせてぇ~」
「断る!」
朝と同じく抱きつこうとしてきた美也を、手馴れたように躱す狼。闇代を回避する技能を身につけたから、予測していれば避けられるのだろうか。
「あぁん! 折角再会したんだから、もふもふの一つくらいさせてよぉ~」
「させるかっての!」
「もしかして、思春期真っ只中の狼君はもふもふくらいじゃ満足できないの? ―――(自主規制)―――とか、―――(自主規制)―――とかして欲しいの?」
「だからそういうことを口走るな!」
「相変わらずですね……」
自主規制用語を大声で連発する女子生徒にも、他の生徒たちはまったく動じていない。普段から闇代が(時々他の子が)暴走しているので、もう慣れてしまったのだろう。
「とにかく今すぐもふもふさせて! でないと禁断症状で発狂しちゃう!」
「既に発狂してるだろ!」
「駄目ぇーーー! 狼君はわたしがもふるのっ!」
「お前は出てくるな!」
そこに闇代が絡んできて、もっとややこしいことになってきた。
「闇代ちゃん、だっけ? 生憎だけど、狼君は私が―――(自主規制)―――して―――(自主規制)―――して―――(自主規制)―――するって、何年も前から決まってるの。だから諦めて、ね?」
「んなの決まってねえ!」
「わたしはもう結納まで済ませたもん!」
「済ませてねえ! てかそもそもしようとしたことすらねえわ!」
この自主規制と、既成事実の捏造による応酬は、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで続けられた。
◇
……二時間目が終わって。
「狼くーん! もふもふの時間だよー!」
またしても美也がやって来た。教室に入ってくるなり、獲物に飛び掛る豹のように、狼に抱きつこうとする。
「いい加減にしてくれ!」
狼はそれを何とか躱す。しかし、その後方には伏兵が潜んでいた。
「隙ありー!」
「うぉっ!」
回避直後の隙を闇代に突かれ、頭部を抱えられてしまった狼。……てか、闇代さん、あなた机の上に乗ってますよね? そうしないと彼の頭に届かないのは分かるけど、止めたほうがいいんじゃないかと。ほら、お行儀悪いから。今更だけど。
「狼君、もふもふぅ~」
「はーなーせー!」
狼は闇代の腕の中でもがいているが、抜け出せそうには見えない。
「あーっ! 私にももふもふさせてぇ~!」
「だーめ。狼君はわたしがもふるの」
―――駄目だ。この二人、ほんとに同レベルだ。狼の苦労が倍加しただけだな、これは……。
「止めてくれーーー!」
狼の絶叫も、最早誰の耳にも届いていない。
◇
……昼休み。
「……やっと昼飯か」
精根尽き果てたといった感じで、机に突っ伏す狼。ご愁傷様です。
「大変ね、あんたも」
「ここまでくると、さすがにうるっちが不憫に思えてきたぜ……」
上風と氷室も、哀れむように狼を眺めていた。とはいえ、彼らはまだましな方。大概の生徒は最早、意に介すことすらない。違和感さえも持たれていないかも知れない。
「狼くーん、お昼ご飯食べよー」
ほらほら、美也がまたもやって来た。今度はパンを片手に。自分用の昼食だろうか?
「狼君、わたしと食べよっ」
すると闇代が鞄から弁当箱を二つ取り出して、狼の向かいに座る。そして一つを狼の前に置いて、言った。
「ほら、狼君のために作ったんだよ。一緒に食べようよ」
つまり彼女は、朝食と共に弁当も作ったのか。女の子の手作り弁当……これで狼の好感度も、若干闇代寄りになるはず。
「とりあえず、食えれば何でもいい」
ありゃ? それほど手応えがないな……。
「じゃあ、私も一緒に食べるね」
そしたら美也は、狼の隣に腰を下ろした。そしてパンの包装を破き、パン(スティック状の奴)を取り出して、咥えた。
「ふぇえ、ふふふふぅ」
「口にものを入れて喋るな」
狼は弁当(闇代の手作り)を食べながら突っ込んだ。美也はパンを噛み千切って咀嚼してから続ける。
「どうして、この学校に入ったのに、まったく顔見せなかったの?」
「この展開を予想して、鉢合わせないように避けてたんだ」
そうだったのか……にしては、同じく知り合いの上風とも会ってなかった様だが。
「まあ、美也さんって、この通りの人だからね……」
溜息混じりに呟く上風。……なるほど、こっちも避けてたのか。それなら納得。
「うぅ……私、二人に嫌われてるのかな?」
「少なくとも俺は苦手だ」
「が、がーん……!」
いや、口に出すほどの衝撃を受けなくても……。だが、その割りにパンを普通に食べ進めている美也。もしかして、これは単にリアクションが大袈裟なだけか?
「私は、狼君のこと、大好きだよ……?」
「ありがた迷惑」
「振られた!?」
まあ、彼は好意を持たれて、ろくなことになってないからな。
「だって狼君は、わたしの婚約者だもん」
「してないっての」
「そっかぁ、それじゃあ仕方ないよねぇ~。狼君、ロリに目覚めたんだから」
「そのコントまたやるのか?」
てな感じで、昼食を乗り切った狼であった。