―――(自主規制)―――なヒロイン
◇
……十分後。
「ったく、お前が手間かけさせるから遅れただろうがっ!」
「悪いのは狼君だもん!」
狼と闇代は口論しながら、二人並んで全力疾走していた。少し補足すると、二人はあの後、優が物(盗まれた狼の下着)を持ってくるまで押し問答を続けて、結果、遅刻しそうになって走っているのだ。
「ちっ、あと五分か……」
腕時計に目線を落として、舌打ちする狼。そして、更に走る速度を上げる。
「あ、危ないっ!」
闇代の声に、狼は顔を上げた。すると、彼の前方には、短い髪にリボンを結んだ少女が歩いていた。
「うぉっ!」
狼は慌てて止まろうとしたが、今まで全力で走っていたため止まりきれず、少女にぶつかってしまう。
「きゃっ!」
少女が驚いて悲鳴を上げる。幸い、体のバランスを崩しただけで、地面に倒れこむようなことはなかった。
「わ、悪い……」
「い、いえ、こっちこそ……」
狼はどうにか立ち止まって、謝罪の言葉とともに頭を下げた。対して、少女は振り返り、反射的に頭を下げようとして、
「あれ? もしかして狼君?」
眼前の少年、自分にぶつかってきた人物(つまり狼)を見て、そう口にした。
「……その声は、まさか」
恐る恐る、といった感じで顔を上げる狼。目の前にいたのは、自分と同じくらいの少女。少しはねたショートヘアにリボンを結び、狼たちと同じ学校の制服に身を包んだ彼女は、まだ幼さの残る瞳を大きく見開き、同じく大きく開いた口を右手で押さえ、狼を見下ろしていた。
「……やっぱり、あんたかよ」
狼が恨めしそうに呟く。だが少女には、それが聞こえていない様子。
「やっぱり狼君だぁ~!」
そう言い終えるや否や、少女は突然、狼に抱きついてきた。
「うぉっ……!」
「んもぅ、中学卒業してからまったく顔見せないから寂しかったんだよぉ~! あ、ていうかその制服、私と同じ高校じゃん! 入学してたんなら教えてくれればよかったのにぃ、このこのぉ~!」
「むぐっ……!」
突然の不意打ちを避けられず、頭を抱きしめられ、身動きが取れなくなった狼。ついでに言うと、顔が少女の胸(結構大きめ)に押し当てられ、それが原因で口が塞がり呼吸が出来ない様子。
「……何やってるの?」
そんなことをしていたら、闇代がわなわなと震えながらやって来た。少女は闇代に気づくと、狼を抱いたまま、首を傾げて尋ねた。
「えっと、君、どうしたの? この辺は小学校の校区じゃないと思うんだけど」
「小学生じゃない! 高校生だよ!」
あ、きれた。でもって、鞄を地面に置くと、構えを取って、
「狼君から……離れろぉーーー!」
少女の顔面目掛けて飛び蹴りを放った。……っておい! この速度、霊術使ってるだろ!? 一般人に使うのはまずいんじゃあ……。
「きゃっ……!」
闇代の足が顔の中央に直撃し、狼諸共吹き飛ばされる少女。……これは絶対、顔の骨が折れてるな。ていうか生きてればいいけど。どうなっても知らんぞ私は。
「痛たたた……狼君、大丈夫?」
と思ったのだが、少女の顔には傷一つなく、狼を心配する余裕すらある。
「くっ……」
対して闇代は、蹴りを入れた足を押さえて蹲っている。よく見ると、靴が破れて、地肌が見えていた。蹴ったほうがダメージを受けて、蹴られたほうは平然としているとは、なんとも不思議だ。
「ぐぐっ……おりゃ!」
「きゃっ!」
そこでようやく、狼は少女の手から逃れることに成功した。そして、尽きかけていた酸素を求め、もがくように呼吸している。それが落ち着いてから、狼は口を開いた。
「あんたは何やってんだ!? もう高校生だろ!? 人前でこんなことするな!」
「もう、照れ屋さんなんだからっ」
「そっちが照れろ! 羞恥心って言葉を知れ!」
「はいはい、次は人のいないところでするから」
「もう二度とするな!」
とりあえず、少女のほうはそれで終わりらしい。そして闇代のほうを向き、
「お前も、一般人に霊術使うな! 危ないだろうが!」
「で、でも、その人、蹴られても平気な顔してるよ……?」
「これは割と頑丈なんだ! 超人的に! 分かったら二度とするな!」
突っ込み乙。
とりあえず全員落ち着いたところで、少女が闇代を指差して、狼にこう尋ねた。
「……それで、その子は誰なのかな、狼君?」
「ああ、こいつか? クラスメイト」
「あぁんど婚約者」
そこで闇代が余計な口を挟んだ。
「してねえから」
「狼君……私がいない間に、犯罪者になっちゃったの?」
あーあ、闇代のせいで狼が犯罪者だと疑われてしまった。まあ、普通の反応だけど。
「人の話を聞け! それからこいつは俺と同い年だ! 制服着てるから分かるだろ!?」
「まさか、ロリだけじゃなく制服にまで目覚めたの……?」
「だーかーらー! こいつはクラスメイトだっての!」
「も、もしかして、重度のロリコンが原因で小学校を乗っ取ったとか……?」
「確かに小学生みたいな格好だけど! 俺も最初はそう思ったけど! 一応十六だから!」
「しょ、小学生じゃないもん!」
てか、小学校は乗っ取れないだろ。んなことできたら、こんな可哀想な作品の主人公になんてなってません。
「それでそれで、狼君は重度のロリコンに陥った挙句、毎日何人もの無垢な少女たちを廃墟になった学校に拉致監禁しては、―――(自主規制)―――で―――(自主規制)―――な―――(自主規制)―――とか!?」
何なんだこの子……? 妄想癖でもあるのか? 自主規制が三つも入る台詞とか、初めて見たぞ。
「道端でそんな言葉使うんじゃねえ! でもってさっさと現実に帰って来い!」
「もう、冗談なのに」
「冗談かよ!?」
某新喜劇だと全員ひっくり返るだろうな、今の。
「別に、―――(自主規制)―――も、―――(自主規制)―――も、―――(自主規制)―――も、よく遣うでしょ?」
「遣わないから自主規制なんだ!」
てか、自主規制の量が半端ないです。今までこんなに使ったことないです。お陰で狼も、また呼吸困難になってるし。
「ほんと、中学生のときから何一つ変わってないな……」
「『下ネタと猥語の百科事典』とはよく言われたからね」
今更だけど、この子、狼が中学生の時の知り合いだろうか?
「それで、その子、誰なの?」
今度は闇代が狼に尋ねた。狼は疲れたように、闇代に紹介する。
「俺が中学生だったときの先輩、山下美也だ」
「どもー、美也でーす。みんなからは美也ちゃんとか、『下ネタと猥語の百科事典』とか、『自主規制の存在意義』とか、『口を開くとR指定』とか、『最早存在そのものが規制対象』って呼ばれてまーす」
不名誉なあだ名ばかりなのに、本人はとても誇らしげなんですけど……。
「にしても狼君ったら、ちょっと前まで―――(自主規制)―――も子供だったのに、もうすっかり大人だねぇ~」
「狼君の―――(自主規制)―――見たの!?」
「見せてねえよ!」
だから、規制対象の台詞は止めてくれ……。そして闇代、女の子が―――(自主規制)―――とか言ってはいけません。
「ってか、このままだと遅刻するぞっ!」
「ああっ!」
「忘れてたぁ!」
というわけで、―――(自主規制)―――な会話は一時中断して、三人は学校へとダッシュで向かった。とはいえ結局、三人とも遅刻したのだが。




