第17話 荒稼ぎ(四)
「さて──俺たちゃ帰るか」
ロルフは硬い干し肉をようやく食べ終えて、おもむろに立ちあがる。
ロルフの提案に否やはない。初めて五層に下りて、その日のうちに休憩所までの道を地図に記すことができたのである。今回の探索の首尾は上々と言えよう。
俺は、そうだな、と同意を示しながら立ちあがり──ふと違和感を覚えて、水路の先の壁を凝視する。
「どうした?」
ロルフは、俺が動かぬことに気づいて、いぶかしげに声をあげる。
「いや──その壁」
つぶやきながら──俺は左目を閉じる。
「ただの壁に見えるけど──」
ロルフは壁を見ながらそう言うのであるが──俺には違う景色が見えている。
他の壁は厚みがあるのだろう、線は表層をなぞるように薄い。しかし、その壁だけは、まるですぐ先が空洞で、その奥までを深く斬り裂くことができるような、濃い線が見えているのである。
「もしかして──斬れるのか?」
「ああ」
頷いて答える──と、ロルフは壁に近寄り、手の甲で叩きながら、耳をあてる。
「ラガンの剣で斬れるってことはよう──もしかして、誰にも知られてない隠し通路でもあるんじゃねえのか?」
ロルフは興奮気味に語る。確かに、その可能性は十分にある。
「──斬るか?」
曲刀の柄を握って、そう問う俺に、ロルフはしばし思案してから、おもむろに口を開く。
「いや、斬るな」
答えは──意外や否定である。
「もしも斬っちまったら、誰もがわかる通路になっちまうが、もしも仕掛けをみつけて通れるようになりゃあ、俺たちだけが知る隠し通路になるだろ」
ロルフの説明に、なるほど、と頷く。確かに、隠し通路の先に何があるにしろ、それを独占できるのは大きい。
「ロルフ──おぬし、存外に頭がまわるな」
「ラガンが金に興味なさすぎるんだよ」
ロルフはあきれるように返しながら、壁をつぶさに調べ始めて──俺はそれを無言で見守る。
やがて、ロルフは何かに気づいたようで──壁の高いところ、背伸びをしてようやく届くあたりに手を伸ばす。見れば、石壁のうち、その部分だけが、わずかに黒ずんでいる。そう──まるで、かつて多くのものがそこに触れたかのように。
「おお!」
ロルフが、その石壁を押す──と同時に、何かの仕掛けが動いたようで、まるで扉のように、ゆっくりと壁が開いていく。
俺はロルフに駆け寄り、壁の奥をのぞき込む。そこには通路が伸びており、どうやらすぐ先で部屋になっているようである、と見て取る。
「俺が先に行く」
言って、ロルフは手で俺を制しながら、通路に足を踏み入れる。俺に戦いを任せている分、斥候を買って出ようということであろう──ともあれ、狩人としての業前は信頼に足る男である。俺はロルフに道を譲る。
ロルフは通路を行き、部屋にたどりついて、どうやら安全であると判断したようで。
「──大丈夫だ。ラガンも入ってこいよ」
と、俺を手招いて──俺は呼ばれるまま、その部屋に入る。
「ほう」
部屋は、まるで倉庫のようである。そして──俺は似たような部屋を知っている。在りし日のベラトール──城砦には、いたるところに、魔物の侵攻に備えたものであろう備蓄庫があった。そこには武具や糧食などが整然と収められていたのである──ちょうど、この部屋と同じように。
「地上からの蛮族の侵入を、かつてこの砦で迎え撃ったとして、その頃の備蓄品のようなものなのかねえ」
ロルフは、部屋の中をきょろきょろと見まわしながら、俺と同じ結論に至る。
俺たちは、手分けして、部屋の物色を始める。迷宮の中で手に入れた古代の遺物は、高値で取引されるという──となれば、根こそぎ奪っていくのが冒険者の流儀というもの。
ロルフは部屋の右に向かい、俺は左の石造りの棚に向かう。見れば、棚には小さな瓶が整然と並んでいる。
「これは──傷薬か?」
手のひらくらいの大きさの瓶は、薄い青みを帯びた液体で満たされており、一見したところ、腐食しているようには思えない。
「さて、何百年も前の傷薬が、はたして使えるものか」
古代の傷薬ともなれば、その効用はいかばかりか、はかり知れぬのであるが──さりとて、古代につくられてから何百年も経過している薬を服用する気になれぬのも、また事実。腹を壊す程度で済めばよいが、最悪の場合、逆に死に至ることさえあるやもしれぬのである。
傷薬を片手に、ううむ、とうなる俺に、いつのまにやらそれを眺めていたロルフが苦笑を向ける。
「もうどうしようもないくらいの傷を負ったときにでも試してみようや」
言って、ロルフは薬瓶を三つほど手に取って、割れぬように布でくるんで、懐にしまう。
俺は、続いて棚の隣の武具に目を移す。一番に目に入るのは──やはり、剣である。手近なところにある剣を手に取り、その刃を目の高さにまで持ちあげる。
「──ふむ」
出来がよい。古代の名工の手によるものであろう、と判断する。左目を閉じてみると、現代の店売りの剣と比して、線が少ないことが見て取れる。かなりの業物である。
「武器の方は、目立った傷はないな。持ち帰れば、それなりの値で売れるのではないか?」
俺は、その発案を内心で自賛しながら、長剣を何本か手に取る。
「ああ! そんなにまとめて持って帰るやつがあるか!」
しかし──ロルフは、まるで子どもにそうするように、俺を叱り飛ばす。もしかすると、ロルフに怒られたのは、初めてのことやもしれぬ、と驚いてしまう。
「小出しにして売るんだよ! まとめて売ったら値崩れ起こすだろ!」
なるほど──ロルフの主張に、俺は素直に納得する。しかし、ロルフのやつめ、狩人の才だけではなく、商人の才まであろうとは──ないのは、さしあたり剣士の才だけであるなあ、と苦笑でもって返す。
「たくましいものだなあ」
言って、俺は、感心するやら、あきれるやら──互いに顔を見あわせて笑って、すぐに物色に戻る。
俺とロルフは、厳選した数点の遺物を、地上に持ち帰ることにする。帰り道は、幸いなことに魔物に遭遇することもなく──途中、いつものように賭場でしつこくからまれたくらいである──悠々と地上まで帰り着き、そのまま衛兵の詰所に向かう。迷宮を管理する衛兵は、魔物の討伐の報酬を支払うだけでなく、遺物の買い取りも行っているのだという。商人でもないのに、と不思議に思うところはあるが、古代の遺物ともなれば、国で管理したいのであろう、と考えて納得する。
ロルフは、迷宮の隠し部屋で手に入れた長剣と槍を一本ずつ、衛兵の前に並べる。当初、どうせ冒険者の遺品か何かであろう、と軽く見ていた様子の衛兵は、それが古代の遺物であると気づくと、目の色を変える。
「どこで手に入れた!?」
「魔物が持ってたんだ」
衛兵の問いに、しかしロルフは嘘で返す。隠し部屋でみつけたなどと正直に答えようものなら、今も聞き耳を立てている冒険者から狙われることにもなろうから、自衛の策と言えよう。
「そうか、そりゃあ運がよかったなあ」
衛兵は、ロルフの主張を素直に信じたものかはわからぬのであるが、運の一言で話題を切りあげる。少なくとも、それで納得してみせる程度の度量は持ち合わせているようで、冒険者相手の気遣いがあるあたり、熟練の衛兵なのであろう、と思う。
古代の武具は、現在のものよりもかなり性能がよいらしく──どうやら魔法で精錬されているらしい──破格の値段で買いあげられた。どうせ貴族のものになるのであろう、とはロルフの談である。
一方で、砦の入口で採集した植物も、迷宮通の露店で買い取ってもらうことができた。どうやら、現在このあたりでは絶滅してしまっている種のようで、より効果の高い回復薬をつくるのに必要とのことで、こちらにも高値がついたのである。
「おいおい、たまんねえな!」
ロルフが興奮するのも無理はない。今回の稼ぎは、しめて金貨三枚にもなったのである。一度の探索でこれほどの大金を稼ぎ、しかも何度も同じことを繰り返すことができるというのであれば──。
「確かに──これなら身請けも夢ではないな」
そんな言葉が、素直に口をついて出る。
以前、ロルフから身請けの話を聞いた折、俺は心のどこかで、さすがに彼の稼ぎでは無理であろう、と思っていたのである。しかし、ロルフの専心もあって、順当に迷宮を攻略し、ついには秘密の備蓄庫までみつけてしまったのであるからして、魔物を斬るしか能のない俺としては、彼に賛辞を贈りたい気分である。
「黒黥の昇降機を使える俺たちなら、荒稼ぎできるぞう!」
言って、ロルフは歓喜からであろう、腕を天に突きあげる。
そう──俺たちならば、他の冒険者よりも楽に五層に下りることができる。地上と例の隠し部屋を往復するだけで、少なくとも備蓄品が空になるまでは、今回と同じだけの額を稼げるのである。さすがに、すぐに身請けできるほどに稼げるわけではなかろうが、それでも近いうちに、と見通しが立ったのは間違いない。今までは単なる願望であったものが、現実としての実感を帯びたのであるからして、ロルフの喜びもひとしおであろう、と思う。
「よかったな」
「ああ! ラガンと組んでよかったぜ!」
ロルフは、何と涙まで浮かべて、俺に感謝を述べるのであるが。
「こちらこそ、だ」
俺の方こそ、ロルフの存在に、どれだけ救われているやら知れぬ。
俺は、ロルフの泣き笑いに、つられるように笑顔になる。
「荒稼ぎ」完/次話「刺客」
※また少しお待たせすることになると思います(新年度忙しい……)。




