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冒険稼業  作者: マリオン


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第1話 十剣(前編)

 目を閉じて、深呼吸を一つ──俺は、裂帛の気合いで、立ち木に木剣を振るう。


「やはり──師匠のようにはいかんか」


 目の前には、深々と幹を斬り裂いて──そして、その半ばで折れた木剣がある。師匠であれば──あの小憎らしい老婆であれば、この程度の立ち木など、鼻歌交じりに両断しているであろうことを思うと、自らの不甲斐なさを痛感するというもの。予備の木剣を構えて、再び大上段に振りかぶる──と、そのときである。


「若様!」

 自らを呼ぶ声に、振りかぶった木剣を下ろす。見れば、息を切らしながら駆けてくるのは、従騎士のラフィンである。


「若様! 何も()()()(きわ)で修練などなさらなくとも──」

 ラフィンは、俺のもとまでたどりつくと、肩で息をしながら、苦言を呈する。その様ときたら、先に騎士を退いた(じい)とそっくりなのであるからして──まったく血は争えぬものであるなあ、と思わず苦笑する。


「魔の森の立ち木は硬いでな。修練にはちょうどよい」

 魔の森──かつては魔物を統べる王の座したという森も、今はただの森である。魔物の目撃もとんと絶えて、ここ百年くらいは平和そのものというから、ラフィンの心配性にも困ったものであるなあ、と思う。


「そんなことをおっしゃるのは、若様くらいのものですよ」

「それで、何用か?」

 小言を続けるラフィンに、木剣を肩に担いで尋ねる──と、彼はようやく自らの用向きを思い出したようで。

「領主様がお呼びです!」

 慌てて、そう告げる

「親父殿が?」

 めずらしい。こちとら剣にうつつを抜かしてばかりの放蕩息子なのであるからして、父からはとうに見限られたものと思っていたのであるが──どうやら相当の大事らしい。

「──となると、ずいぶんと探させたか。すまぬな」

 詫びて、俺はラフィンの──まだ幼さを残した少年の頭を、くしゃりとなでる。


 俺はラフィンとともに森の際を離れて、都市の外壁に設けられた裏門を抜ける。見あげる外壁は、首が痛くなるほどに高い。かつては魔の森から這い出す魔物どもを迎え撃つ最前線の砦であったからこその頑強さであるが──今や無用の長物とも言える。


 裏門から、城に向かうと、市場を通ることになる。

「若様!」

 市場には、俺の顔を知る領民があふれている。

「若様! 今日はよい林檎がありますよ!」

 少し歩くたびに声をかけられては、旬のものを手渡される。

「ほう、確かにうまい」


 俺の後ろで、ラフィンはやきもきしているようであるが──俺は、彼らとの他愛のないやりとりが、嫌いではない──というよりも、領主の嫡男としての責務の中で、唯一楽しんでいることと言っても過言ではあるまい。


「若様、お泊りはいかがで?」

 と──俺の腕を遠慮なく引くのは、宿屋の主人のハンスである。

「また飲みには行くが──泊りはせんぞ」

 苦笑しながら返して、ハンスの腕をひょいと払う。


 ハンスの宿屋は酒場も兼ねていて──彼は、そこで酔いつぶれて泊まっていけばよい、と暗に告げているのである。まったく、領主の息子への敬意など、ないに等しい客引きであるが──俺にとってはそれが心地がよいのであるから、不思議なものである。


「若様──お泊りはいかがですか?」

 と、ハンスの背中から、おっかなびっくりというように、少女が顔を出して──先のハンスと同様の客引きをする。


「今は城に急いでおる──が、次に飲みにきた折には、酌を頼む」

 まったく、年端もいかぬ娘に何を言わせるやら──にやにやと笑うハンスにあきれながら、俺は腰を屈めて、少女──ルシオンの亜麻色の髪をなでる。ルシオンは、俺と正面から目をあわせると、頬を朱に染めて──再びハンスの背中に隠れる。


「いくら若様といえども、うちの看板娘は譲れませんぞ!」

 言って、ハンスは俺の行為をとがめるのであるが、その言葉とは裏腹に、どうも娘を俺の妾にでも、と考えている節がある。ルシオンも、もう十四、五になるであろうから、そろそろ縁談が持ちあがっても不思議はあるまいが──三十路を越える俺とでは年齢の釣り合いが取れまいに。まったく、油断のならぬ親父である。


「若様! 寄り道が過ぎますよ!」

 ついに待ちきれなくなったラフィンが、無理やりに俺の背を押して──俺はハンスとルシオンに別れを告げて、城に向かう。



 城は、かつての名残で、入り組んだつくりになっている。実際に、過去には城まで侵入した魔物もいたというのであるが、このつくりと矢狭間からの攻撃で食いとめたこともあるというから、馬鹿にしたものではない。


 俺は何度も廊下を折れながら、途中ですれ違った侍従を呼びとめて、父の所在を尋ねる。侍従によると、父は広間で祝宴の準備をしているとのことで──はて、何やら祝い事でもあったろうか、と首を傾げながら、広間に向かう。


「親父殿──俺に用とは、めずらしい」

 広間に入ると、父は侍従長との話を切りあげて、こちらに向き直る。父は、俺に従うラフィンに頷いてみせて──忠実に役目を果たした彼は、辞儀をして、広間から退出する。


「ラガン──おぬし、また剣を振っておったのか?」

 父は、俺の腰に差さった木剣を見やって、わざとらしく溜息をついてみせる。

「それしか能がありませんからな」

 俺は悪びれず、うそぶいてみせる。領主の嫡男らしいことなど、ほとんどできぬ男である。社交も政治も、とんとわからぬ。興味があるのは──剣と戦だけ。

「まあ、よい。此度は、それが認められたということであろうからの」

 叱責されることを覚悟しての発言であったというのに、意外や父は笑顔を見せる。


「十剣の一人──エルドラン卿が、寄る年波には勝てぬと申してな、陛下の騎士を退かれた」

 エルドラン卿──その名を聞いて、俺は幼き頃に稽古をつけてもらったときのことを思い出す。彼にすれば、子ども相手の戯れで、十分に加減はしていたのであろうが、それでも軽々と吹き飛ばされたのを覚えている。とんでもない剛力の持ち主であり、幾多の戦で王と(くつわ)を並べたという、歴戦の猛者でもある。あの剛勇の騎士が退くとは──時の流れとは残酷なものであるなあ、と感じ入る。


「喜べ、ラガン──ぬしが次の十剣に選ばれたのだ」

 続く父の言に、俺は驚きのあまり立ち尽くす。


 十剣と言えば、リメルス王国における、最高の騎士の称号である。剣の腕はもちろんのこと、家柄、経歴まで、申し分のない騎士こそが選ばれるものである。剣の腕はともかくも、辺境の田舎騎士で、戦働きも十分でない俺などが、選ばれてよいものではない。


「しかし、俺はまだ師匠に遠く及ばぬ身──」

「何を言うておる。()()殿に及んでおったなら、十剣どころの騒ぎではないわ」

 身に余る光栄に、俺は思わず謙遜するのであるが──父はそれを一笑に付す。


 確かに──あの老婆ほどの剣士が、一国に仕えるとなれば、それはもはや一騎士などという枠に収まるものではなく、一つの軍隊を手に入れるに等しいと言えよう。


「ぬしの剣の腕も捨てたものではないということよ──まあ、ベラトールは、魔の森にもっとも近い領地ゆえ、そこに十剣を配しておきたいという陛下のお考えなのやもしれぬ」

 父は、めずらしく俺の剣を褒めたかと思えば、もっともらしい理屈を続ける。


「十剣の一人──トーラス卿が、陛下よりの書状と、十剣の証たる剣をお持ちくださっておる」

 トーラス卿が遣わされているとなれば、これはもう父の妄言であろうはずもない。俺が次期十剣というのは、まぎれもなく真実なのである、とようやく信ぜられて──今になって、胸が高揚する。


「すぐに、十剣の任命式と、祝宴を開くぞ!」

 父は張り切って、そばに控える侍従長に、式典と祝宴の準備を命じる。そして、その式典が、トーラス卿を招いての格式高いものであることに、今さら気づいたようで。

「ラガン──せめて、その総髪を切ってはくれんかの?」

「残念──もう間に合いますまい」

 明らかに式典にふさわしくない俺の黒髪に文句をつけるのであるが──俺としても、まったくあずかり知らぬところで、勝手に話が進められて、さあ髪を切れ、では納得もいかぬというもの。せめてもの抵抗である。



「ラガン・ベラトール──」

 名を呼ばれて、顔をあげる。


 式典のために飾られた広間には重臣が居並び、奥にはベラトール領主たる父が座している。父の前には、トーラス卿が十剣の証たる宝剣を押しいただいており、俺はリメルス王の名代である彼の前に跪いている。


「陛下より賜った剣に──そして、十剣の名に恥じぬよう、精進するがよい」

 淡々と述べるトーラス卿より、豪奢な剣を手渡されて──俺は晴れて、リメルス王国に名だたる十剣の一人となったのである。

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