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冒険稼業  作者: マリオン
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第1話 十剣(後編)

 気づけば──俺は自室のベッドに寄りかかるようにして倒れている。


「──はて?」

 思案するが、陛下よりの剣を賜って、祝いの酒を飲みほした後の記憶が曖昧である。めずらしく酔いがまわり、祝宴を辞したところまでは覚えているのであるが、どうやって自室にたどりついたものやら、さだかではない。


 いまだ朦朧とする意識の中──不意に、かすかに剣戟の音が響いたような気がして──おもむろに立ちあがり、壁に手をついて身体を支えながら、窓の鎧戸を開ける。


「何だ──これは」

 街が──辺境都市ベラトールが燃えている。


 今まで外敵に破られたことのない砦が、内側から──王より遣わされたトーラス卿の軍勢により、蹂躙されているのである。


 俺は、王より賜った剣──ではなく、使い慣れた片刃の曲刀を腰に差す。両手で頬を張って、気合いを入れ直して──先に祝宴の開かれた広間に向かって駆け出す。


 広間に近づくにつれて、異臭が漂う。俺は、それが血の匂いであることに気づいて、さらに飛ぶように駆ける。

 ようやく広間にたどりつく──と、そこは血の海である。重臣たちは、祝宴の席に座したまま、後ろから斬り殺されている。俺はあたりを見回して、父の姿を探す。視界の隅に、ベラトールの紋章がかすめて──あれは、父が祝宴の際にまとっていた外套である、と気づく。


「親父殿!」

 倒れ伏した父のもとに駆けつけて、その身を抱き起こす。

「儂としたことが──ぬかったわ」

「もう──しゃべるな」

 一目でわかる──父はもう助からぬ。見事な剣筋で、肩から腰にかけて、斬られている。かろうじて生きて、言葉を発していることが不思議なくらいの──致命傷である。


「──介錯がいるか?」

 俺は、曲刀の柄に手をかけて、せめてもの情けに、と父に問う。

「──よい。聞け、ラガンよ」

 父は曲刀を手で払って、俺の目を見る。

「勇者ブルム像の──腕輪を外せ」

 父の遺言である。俺は問い返すことなく、その指示に従う。


 広間の端に立つ像──それは、かつて魔の森に踏み入り、魔物を統べる王を打ち倒したとされる、勇者の姿を模したものだという。俺は像に近寄り、その右手首あたりにある腕輪に触れる。彫刻の一部としか思えぬ腕輪は、意外やするりと抜けて、俺の手に収まる。それは、何の変哲もない、石の腕輪である。


「これで──よいのか?」

 父のもとに戻ると。

「その腕輪を持って、国を──リメルスを出るのだ」

 父は俺の胸ぐらをつかんで、顔を近づける。

「決して、誰にも──リメルス王その人にも渡してはならぬぞ!」

 そして、最後の力を振りしぼるように告げた──そのときである。


 死角から飛来した短剣が、父の心臓を貫いて──父はそれ以上、何を言い残す間もなく、絶命する。


「──そんなところに隠していようとはな」

 言いながら、広間を仕切る帳の陰から、トーラス卿が現れる。手にした剣は、血に染まっていて──父を惨殺したのは、この男である、と悟る。


「──トーラス」

「トーラス卿と呼べ」

 トーラスは吐き捨てるように返して、俺に相対して剣を構える。

「王命でなければ、一時とはいえ、貴様のような田舎騎士に、十剣の名など与えぬものを」


 なるほど、トーラスは──いや、リメルス王は、理由はわからぬが、この腕輪を欲している。そして、俺を十剣に任命したのは、この城に入り込むための口実であったということであろう。


 十剣のトーラス──またの名を、神速のトーラス。膂力は人並みであるが、その手数の多さは並みいる騎士を寄せつけることなく、瞬く間に相手を斬り刻み、数合も打ち合うことなく勝負がついてしまうことで有名である。対する俺の剣は──自ら評するのであれば、剛剣。一撃にすべてを懸ける剛剣が、奴の神速にどこまで通用するやら。


 俺は曲刀を抜いて、正眼に構える。普段であれば、大上段に構えるのが俺の得意とする型であるが、それではトーラスの神速の突きに対応できまい。


 トーラスは、瞬きする間に、三連の突きを放つ。俺はその技の起こりをとらえて、曲刀でいなして、奴の突きをかわす。しかし──かわしたはずであるというのに、最後の一突きは、俺の腕をかすめている。


「その程度で、十剣を名乗るなど──」

 トーラスは嘲るように笑う。


 トーラスの攻撃のすべてをかわすのは、今の俺には無理である。長期戦になればなるほど、俺の傷は増えることになる──その事実に気づいて、俺は戦法を変える。大上段に構えて、奴の突きを誘う。


 トーラスは、それが誘いであると理解しながら、それでも俺の心臓めがけて突きを放つ。俺は身をよじりながらその突きをかわして──しかし、次に腹を襲う突きはかわせぬことを悟りながらも──そのまま一歩を踏み込む。


 腹はやろう。しかし──貴様の首はもらい受ける!


 俺は大上段から曲刀を振り下ろす。俺の振り下ろしと、トーラスの突き──両者は相打ちになるはずであった──というのに、奴はいつのまにやら突きを引いており、俺の振り下ろしをかわしながら、そのまま下段から斬りあげる。


 左目に激痛が走り、視界が赤く染まる。

「貴様に──剣の才などない」

 トーラスは、片目を失った俺に、そう断じて──俺は思わず苦笑で応える。


 なぜならば、トーラスその意見には、かねてより俺も同感なのであるが──俺の剣の師たる剣聖エヴァリエルだけは、まったく意見を異にしていたからである。


「あんたには剣の才が──天稟がある」

 師匠は、そうでなければ弟子になどせぬ、とうそぶいてみせる。嘘か真か、俺が初めての弟子であるというから、老婆は本当にそう信じているのであろう、と思う。

「なら──なぜ、俺は師匠の言う奥義に至れぬ?」

 俺は当然の疑問を口にする。どれほど剣の修練にはげんでみても、師匠の語る境地には、至る気配すらないのである。

「あんたは、余計なものばかりを見すぎてる。いっそ目でも閉じて剣を振るった方がいいんじゃないのかねえ」


 師匠のその言葉を、今なぜ思い出したものか──わからぬまま、俺は視界の赤く染まった左目を、自ら閉じる。


「──死ね」

 トーラスはつぶやいて──俺に向かって剣を振り下ろす。その剣の中ほどに──()()()()が見える。俺は、その線に引き寄せられるように、かろうじて曲刀を持ちあげて、一撃を受ける。


「なっ──!?」

 トーラスは驚愕の声をあげる。それもそのはず──俺は力なくトーラスの一撃を受けただけであるというのに、奴の剣は線のとおりに折れて、今や宙に舞っているのである。


 トーラスは折れた剣を構えて、俺をきっとにらみつけるのであるが──そこには、先まではなかった狼狽が見て取れる。いや──狼狽だけではない。トーラスの、その肩に、胴に、脚に──幾本もの線が見えて──俺はその線に導かれるまま駆け出して、曲刀で何度も、何度も奴の身体の線をなぞる。


 次の瞬間──何やら、どさり、と床に落ちる音が響いて──見れば、先までトーラスであったものが、無数の肉塊と化して転がっている。奴を斬った感触など、微塵も残っていないのであるが──先に見えた線に沿って、俺が斬ったのであろう、と結果から理解する。


「──師匠」

 俺は、とうにベラトールを去った師匠の、その小憎らしい顔を思い起こす。

「これが──師匠の見ている世界か」


 世界は──無数の線に覆われている。その線は、ものを斬ることのできる部分を示しているのである、と直感的に理解する。すべてのものを、斬れるか否かだけで見ている、狂気の境地である。師匠は、俺であれば──剣に溺れた俺であれば、この狂気に至ることができると見抜いていたのやもしれぬが──それは、人でなしの烙印を押されたようでもあり、どこか寂しくもある。


「なあに、剣で大成する奴なんて、大なり小なりいかれてるもんさね」

 師匠なら、そう言って、笑うであろうな、と考えて──幾分か気が楽になる。



 俺は、父に託された腕輪を懐に入れて、広間を出る。


 どうやら、トーラス軍による蹂躙は、城の宴席から始まり、城下に波及したようで──城内には物言わぬ衛兵が転がるばかり。自らの不覚を思うに、おそらく祝宴の酒に眠り薬でも盛られていたのであろう、と思う。そうでなければ、一騎当千のベラトール兵が、これほどたやすくやられるはずがない。


 俺は兵の屍を越えて、城の裏手に向かう──と、裏門のそばに、見知った顔をみつける。

「──ラフィン」

 手にした剣は、彼が最後まで騎士として戦い抜いたことを示している。多勢に無勢であったことは、その身体の傷跡を見ればわかる。俺はラフィンの骸に近寄って、その目を閉じさせる。いつか立派な騎士になる、と目を輝かせていた少年は、もういない。


 俺はラフィンの骸を越えて、裏門を出て──その光景に絶句する。トーラス軍は、城下に火を放ち、逃げ惑う住人を虐殺している。笑いながら──奴らは笑いながら、民を殺しているのである。噛みしめた唇から、握りしめた拳から、血が滲む。いっそ、ここで死ぬまで戦ってやろうかとも思うのであるが──懐の腕輪が、父の遺言を思い出させる。まったく理由はわからぬが、トーラス軍の狙いは、この腕輪──であれば、奪われぬことこそが、最大の意趣返しとなろう。


 俺は、トーラス軍の群れる大通りを避けて、裏通りに向かう。そこには、俺と同じく、裏通りならば、と逃げ込んだであろう民の骸が、折り重なるようにして転がっている。どれも無残に斬り殺されており──彼らの無念に歯を食いしばりながら、その屍を越えていく。


「──若様」

 と、聞き覚えのある声で呼ばれて──俺は、宿屋の裏口に倒れているハンスの姿をみつける。慌てて、駆け寄り、その身を抱き起こす。


「おい、ハンス、気を確かに持て!」

 大声で呼びかけるのであるが、ハンスの視線はふらふらとさまよって、目の前の俺をすら認識できていない。


「ルシオンを──どうか、ルシオンを」

 血反吐を吐きながら、俺にすがるハンスの背には──彼にかばわれたルシオンの姿がある。ハンスの返り血にまみれてはいるものの、どうやら傷はないようである、と見て取る。


「──任された」

 そう答えると、ハンスは安心したように微笑んで──そのまま息を引き取る。俺は、意識のないルシオンを背負って、再び裏通りを駆ける。


「こっちに生き残りがいるぞ!」

 追手の声が飛んで──その声から逃げるように裏通りを迂回するうちに、知らず水路の縁に追い込まれる。


 振り返れば、民の返り血に染まったトーラス軍の姿がある。その顔つきときたら──まるで、自らが騎士であることを忘れてしまったかのような、下卑た賊のものである。


 俺は、背負っていたルシオンを、そっと石畳に寝かせて──彼女を守るように位置取って、曲刀を構える。


 幸いにして、と言うべきか否か──左目はとうに視力を失っている。ゆっくりと()()()()()()──と、追手の身体に無数の線が浮かびあがる。


 追手のうち、特に血に飢えているものらであろう、三人が勇んで駆けて、三方より同時に襲いくる。俺は、曲刀の一振りで、三人の線をなぞる。それだけで──三人ともに、胴を両断されて、駆ける勢いのまま、水路に落ちる。


 残りの追手は、俺のその業前におののいたものか、足を止める。

「こいつ──ラガンだ! 十剣のラガンだぞ!」

 追手の中に、俺の顔を見知ったものでもいたのであろう、俺を指して声をあげる。そして──残りの追手の顔が、賊から騎士のものに戻る。


「取り囲め! 囲んで討ち取るのだ!」

 誰かが指示を出して、奴らは俺を取り囲む。奴らからすれば、相手は手負いの騎士、囲んでしまえば、どうということはないという算段であろうが──俺は、線をなぞるだけである。


 俺は無心で曲刀を振るう。その剣筋は、無造作に見えて、しかしいっさいの無駄がない、洗練された軌跡である。絶体絶命の危機であるというのに──かつてないほどの剣の冴えに、知らず笑っている自分がいることに気づく。


 一人斬り、二人斬る。三人目以降は、数えていない。俺が剣を振るうたびに血しぶきが舞い、トーラス軍は血だまりに足を取られる。その隙を見逃さず、また一人斬る。曲刀は重く、息も荒い──だというのに、剣はますます冴えていく。


「ば──化物」

 誰かがつぶやいて──トーラス軍の足が止まる。


 気づけば、俺のまわりには、屍山血河が築かれている。自分でも信じられないことであるが、すでに百人は斬っているのではあるまいか、と思う。


「退け! 退け! トーラス卿をお呼びしろ!」

 撤退するトーラス軍を尻目に、ふん、と鼻を鳴らす。


「トーラス卿なら、とっくの昔にくたばってるぜ」

 俺の悪態に、しかし応えるものは誰もいない。


 ()()の代償であろうか、何も見えぬはずの左目に激痛を感じて──俺はその場に力なく倒れる。そして、最後の力を振りしぼり、ルシオンのもとまで這って、その身を抱いて──何とか水路に転がり落ちる。

「十剣」完/次話「折れた剣」

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