第33話 :「《勇者編》救世主を切望する国、そして揺らぐ私」
――リオン王国・王都近郊――
三国視察が決まり、まず最初に訪れることになったのは、私たちが召喚された場所――リオン王国でした。
それは自然な流れで、第三王女のアリシアさんからも「すでに王都では歓迎の準備が整っております」と説明を受け、私たちは用意された馬車に乗って王都へ向かうことになりました。到着までに三日ほどかかるそうです。
正直に言えば、私は異世界の王都のパレードなんて、ゲームやアニメで見るような賑やかな行進程度に考えていました。でも……現実は全然違いました。
馬車から降り、王都の大通りに立った瞬間、目の前に広がった光景に私は思わず息を呑みました。
「……これが、現実……ですか?」
私たち三十六人は、王国の紋章が刻まれた大理石のフロートの上に並び、前には鎧に身を包んだ騎士団、後ろには礼装をまとった楽団や兵士たちが続いていました。
道の両側には、王都の人々がびっしりと並び、手に花束やリボン、自家製の刺繍入りのハンカチを持って、私たちに向かって叫び続けていました。
「勇者様、万歳!」
「救世主よ、どうかこの国をお守りください!」
歓声と拍手の嵐、そして降り注ぐ花々。まるで夢の中のような光景――でも、そこにあるのは純粋な歓迎だけじゃなく、祈りや期待という重さも感じられました。
「ちょ、ちょっとこれは……」
私が呟くと、隣にいたエミリアさんがそっと私の腕を握りました。
「……澪、彼ら……本気で私たちに“救い”を求めてます……」真白さんも不安そうに周囲を見渡しながら、小さく呟きました。 「……ここまでの熱量、正直……ちょっと怖いかも……」
そして、私たちの先頭に立つ存在――王国の第一王女、エレノア・リオン殿下がいました。
純白と金糸で織られたローブをまとい、黄金の髪を太陽の光で輝かせ、気品ある微笑みを絶やさず、ゆったりとした歩調で私たちを導いていました。まさに絵本に出てくるようなお姫様。
けれど――彼女の視線が向けられるのは、ただ一人。
「勇者様、あなたは祖国でもきっと素晴らしい指導者だったのでしょう?その落ち着きと勇気……私も心から敬服しております。機会があれば、ぜひ王国の魔導軍の仕組みをご紹介させてくださいませ」
その言葉は、新田翔太に向けられていました。彼は相変わらず自信に満ちた笑顔で、王女殿下の言葉に対して「俺なんて学校のチームのキャプテンですよ」と軽やかに応えていました。
……でも。
彼女の視線は、私たち女の子にはほとんど向けられていませんでした。 アリシア王女も同様で、彼女たちは主に男子たちと会話を交わし、私たち女子は後列に配置されて、まるで脇役のような扱いを受けていたのです。
「……狙い撃ちって言葉、使ってもいいですよね?」 梨花さんの乾いた笑い混じりの言葉に、私は小さく頷きました。
「……たしかに、王族としては少し露骨すぎるかもしれませんね。淑女たる者、もう少し品位を保つべきかもしれません」 と、エミリアが静かに指摘しました。
彼女はイギリスの名門家系の出身らしく、その言葉には重みがあります。 異世界に来た今、こうして友人として接してくれる彼女の正義感が、私はとても好きです。
そして――そのエレノア殿下が、新田の腕に自ら手を添えた瞬間。
周囲から歓声が沸き上がり、彼がさりげなく殿下のマントを整える姿に、民衆の熱気は最高潮に達していました。
私はただ、その様子を黙って見ていました。 ……なぜなら、少しだけ理解できてしまったから。
新田翔太。 彼は、異世界においても、そして日本においても、「勇者」として完璧な外見と能力、そしてカリスマ性を持っています。
王国が彼に――そして彼の背後にいる優れた男子たちに注目するのは、当然の流れなのかもしれません。
でも。
だからこそ、私は考えなければいけないと思いました。
「……私たちは、どう生きていくべきなんだろう?」
目の前の熱狂を見つめながら、私はそっと胸の前で手を組み、心の中で問いかけました。選ぶべき道はどこにあるのか。 私にしか歩めない未来が、この先に待っているのでしょうか……。
パレードは二時間以上続きました。
商業街、貴族街を抜け、最後には「太陽広場」に到着。
私たち三十六人は、高台に並んで、一人ずつ広場の全王国民に姿を見せなければなりませんでした。
私は顔を上げ、広場中央に輝く太陽の紋章を見つめました。
目に飛び込んでくるのは、人々が放つ熱い視線――そこには「やっと来てくれた!」という切実な期待が込められていて、思わず息が詰まりそうになりました。
「……この国、本当に私たちを“命綱”だと思って……」
私は小さく囁き、胸の奥に重く沈む違和感を感じていました。どうしてみんな、切羽詰まった顔つきで、私たちにすがるような目を向けるのでしょうか。
女神様が「日本より危険」と仰ったのは、この世界全体にもともとある“脅威”のことを指していたのかもしれません――魔物の活性化だけじゃなく、それ以上の何かが、この国を追い詰めているのではないかと。
この期待の重さは、王国から聞いた「危機」のレベルを遥かに超えている気がしました。
ただの魔物活性化で王国が滅ぶなんて、そんな単純な話ではない——そんな予感が、胸にじんわりと迫ってきます。ここでの住民の視線は、“新しい客人を歓迎”するものでも、“どうか滞在してください”というものでも、ありませんでした。
確かなのは——「あなたたちしか来られなかった」という絶望と希望が混ざった、切なる叫びでした。
王国が三大強国の一つだと言われながら、この十年ほどで国力が落ちているのは、地盤強化のための戦争や土地収奪、そして魔物の襲来など、いくつもの理由があるからだと聞きました。
――王国は元々小国だったのに、領地を奪い、資源と人々を統合することで成長してきた。王家だけが扱える「王の魔法」で支配を固めてきた。
でも今、その力がじわじわと削られている――そう聞くと、歓迎の裏にある焦りは想像を超えているように思えます。
エレノア王女殿下やアリシア王女殿下のお優しい言葉に隠れた、本音を読み取ってしまえる自分がいます。たとえば――
連年続く戦争(彼女方は「外国の侵攻」と説明されていましたが)、
「呪われた土地」の中心部への浸食による農地の消失、
一部貴族の私兵化によって国が分裂寸前であること。
真実は霞んで見えるけれど、住民たちが必死に「勇者よ!」と叫ぶ理由は、確かにそこにあるのだと思います。それでも私は、胸のうちがざわついて仕方ありません。
――私は、生涯をかけてこの国のために戦える勇者なんだろうか。
――私の――私たちの命を賭けるべき相手は、本当にこの国の人々なのだろうか。
私は少し俯き、意を決して心の声を紡ぎました。
「……私は元・女子高生で、ついこの前までお弁当のことで悩んでいた普通の子だったんです。家の食費の心配をして、アルバイトして節約して……そんな毎日だったのに。」
他人のために命を懸けて「はい、分かりました」と簡単に言えるわけがありません。たとえ戦うとしても、それは私と大切な仲間の未来を守るためであって、誰か知らない人のためでは……と、私は否定する気持ちでいっぱいでした。
私はそっと、新田を見ました。彼は胸を張って前方の群衆に手を振り、誇らしげに笑っていました。何の迷いも恐怖もない、まっすぐなその姿に、私は正直――羨ましさを覚えました。
――彼は、この国に……いや、この戦いに、本当に向いているのかもしれない。
でも、私たち――私を含め、ここにいる全員が同じに向いているわけではありません。私はそっと目を伏せ、王国の歓声に押されながらも、心の奥で小さな声を立てました。
「……でも、それでも、私たちには、自分に合った場所を選ぶ権利があるはず。まだ、どこにも決めなくていい。私たちは自分の目で見て、感じて、決めるんだ——それが、異世界に来た者の責任なのかもしれない。」
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなったように感じました。
私は勇者としての重圧も、この国への義務感も、一度受け止めるけれど、最終的に歩む道は――自分で選び取るつもりです。