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第150話 :「全員クリアの祝杯、だが最後の最後で「違和感」に気づいた」

 美月があの(霊素結晶糖)を受け取った瞬間――その瞳に、やっと光が戻ってきた。さっきまでぐったりしていたのが嘘みたいに、嬉しそうに尻尾まで揺れている。


「これは美月ちゃんにあげるわ。自分の霊素を上手く操れるようになったお祝いよ」ルリエ先生が微笑んで差し出した透明の果実は、淡く光を放っていた。


「こ、これが……《霊素結晶糖》ですか?」


 美月はまるで宝石でも扱うように両手で包み、鼻先にそっと近づけた。一瞬の迷いのあと、俺たちの前で小さくひとかじり――その瞬間、空気にふわりとした波紋が広がった。透明で、優しい熱を帯びた風。まるで心の奥を撫でられるような感覚だった。


「……あ……ん……これ……」美月は言葉を失い、ただ目を見開いた。


「美味しい……すごく甘くて……やさしい味……。子供の頃、お母さんが作ってくれたフルーツヨーグルトの味に似てる……。それに……お父さんと一緒に山で採った野生のブルーベリーの香りまでして……っ」


 言葉が途切れ、彼女の瞳がゆっくり潤む。誰も口を開かない。ただ、俺はそっと手を伸ばして、彼女の小さな頭を撫でた。


 美月は少し照れくさそうに頭を傾けて笑い、その涙の中に、果実のような柔らかい光がきらめいた。

 ……けど、その瞬間。

 振り返った俺の視界に、なんとも言えない顔の凛と梓が飛び込んできた。


「……なんで美月だけお菓子もらえるの?ずるくない?」凛が眉をひそめて言い。


「……キャンディ……キャンディ……」梓は焦点の合わない目でブツブツ繰り返していた。


 ――こりゃ、相当拗ねてるな。俺は思わず苦笑しながらため息をついた。


「よし。じゃあ、君たち二人も座れ。今度は俺が手伝ってやるよ。みんなで成功すればいいだろ」そう言った途端、梓の全身の毛がピンッと逆立った。


「あ、あたしはイヤよ!? いくら趣味が合う友達でも、美月みたいに頭とか胸とか触らせる気はないからねっ!そんな優しく撫でられたって嬉しくないんだから!」ツン全開の梓に、俺は額を押さえて呟いた。


「……まだ言うか。素直になれっての。さっきからずっと美月のキャンディ見ながらヨダレ垂らしてたじゃねぇか」


「凛も一緒にやろうぜ。練習すれば、きっとすぐできるからさ」そう誘うと、凛は腕を組んで少し頬を赤くした。


「……別にいいけど。でも……その、心臓のあたりを触らなきゃいけないの? 僕人間の姿してるけど、その……胸のとこ、ちょっと……」


 なるほど、気にしてるのはそこか――まあ、わかる。凛は……その、いろいろ立派だからな。地球にいた頃と変わらず。


「大丈夫だよ。今度は触る必要ない。もうコツは掴んだし、手を繋ぐだけで十分だ」


「そっか、それなら問題ないね。……じゃ、やろっか」


 凛は安心したように微笑み、手を差し出した。俺は右手で彼女の手を握り、左手を梓へと向ける。


「梓、俺は美月の時みたいに全身撫でたりしないから。さっさとその前足出せよ」


「……美月とは違うんだ……。ずるい……ほんとずるい……」梓がボソッと呟いたが、あまりにも小声で聞き取れなかった。


「ん? なんて言った?」

「な、なんでもないってばっ!! ばっか瑛太!!ほら、これでいいでしょ!? ちゃんと掴みなさいよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴りながら、梓は勢いよく俺の手に前足――いや、手を押しつけてきた。

 ……ああ、ホント。

 俺の周りって、どうしてこんな面倒で可愛い奴ばっかなんだろうな。


 梓の羞恥心が爆発したのを感じて、俺は余計な言葉をかけずに彼女の前足をぎゅっと握った。そして再び(神聖魔法)を発動し、自分の(正霊素)を彼女たちの体内へ流し込み、乱れた霊素を整えていく。


「何か感じるか?」と俺が尋ねると、凛がゆっくり目を閉じて答えた。


「……なんだか耳が温泉に浸かってるみたいな感じ……ぼんやりと、何かが身体の中を走り回ってる」


 梓も目を閉じて、ぼそりと続ける。


「外から何かが入ってくるみたいで……変な感覚だよ」


 俺は自分の霊素で「導きの通路」を円状に作り、そこへ向かって彼女たちの内部の乱流を導いた。二時間ほど、慎重に通路を整えて、タイミングを見計らって手を離すと――


 凛と梓が同時に全身を震わせ、一筋の細い白光が背中からほとばしるように飛び出した。空中で淡く跳ねるその光は、確かに(正霊素)のそれだった。


「よかったわね、凛ちゃん、梓ちゃんも成功したわよ。さあ、これは二人へのご褒美、遠慮なく受け取ってちょうだい!」ルリエ先生は穏やかに言うと、《霊素結晶糖》を二人の手のひらにそっと差し出した。


 二人の目がぱあっと輝く。まるで奇跡を見たかのように。


「僕たち、本当に成功したの!?」「つ、ついにこのキャンディーが食べられるのね!!」感情が弾けるように、二人は歓声を上げた。


「もちろんよ。二人とも本当に頑張ったもの。安心して食べなさい!」とルリエ先生は笑顔で言い、二人は躊躇なく大きくかじりつく。幸福の声を漏らしながら、頬を赤くして噛む音が部屋に満ちる。


 やがて俺たち四人は床に集まって座り、しばしの静けさと満足を分かち合った。


 キャンディーは甘さがくどくなく、口の中で溶けると魂が震えるような――まるで宇宙の星光が蜜となって凝縮されたかのような味だった。俺のような不死者でも、はっきりと「共鳴」を感じ取れた。彼女たちは、もっと多くの味わいを受け取れるに違いない。


 ルリエ先生はそばに座り、本を抱えて静かに歌を口ずさむように言った。


「みんなが成功して本当に嬉しいわ。これで初級カリキュラムは修了ね。だけど、他の三人――あなたたちはもっと霊素を感知する努力を続けるのよ。今の引導は瑛太君の助けがあったからこそ成立したの。これからは君たち自身だけで導けるようにならないと、すぐに壁に当たってしまうからね。しっかり努力しなさい」


「「わかりました!!」」三人は声を揃えて返事をし、先生の表情には安堵が満ちた。


 だけど、その時――俺は訓練中に感じ取った環境の霊素の流れをもっと鮮明に感じ取っていた。何かがおかしい。全体の霊素量が、確実に減少しているように思えたのだ。そこで思い切って先生に尋ねた。


「先生、聞いていいですか。この学院の霊素、だんだん減っている気がするんですけど……俺たちが消費して補充が追いついてないってことはないですか?」ルリエ先生は少し驚いた顔をしてから優しく答えた。


「え? そんなことがあるのかしら……まあ、大丈夫よ。先生が対処しておくから、瑛太君は心配しないで」


 でも、その瞬間、俺は気づいた。先生の映像がわずかにぼやけ始め、ほんの微かな揺らぎが表れた。ほんの一瞬のちらつき――それは明らかに異常な兆候だった。

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