第146話 :「《勇者編》知性を持つアンデッド、彼らは敵か、それとも希望の光か」
ミレイアさんと握手を交わした瞬間――場の空気は柔らかく、穏やかなものになっていました。けれど、その静けさは長く続きませんでした。次の瞬間、空気を震わせるようなざわめきが起きたのです。
なんと、別の馬車の下から……ひとりの《不死者》が姿を現したのです!
「なっ……!? ど、どうしてここに不死者がいるんですかっ!」
思わず声を上げ、私は即座に身構えました。右手が自然と剣の柄に伸び、いつでも抜刀できるように構えを取ります。
その私の動きに反応して、周囲の聖騎士たちが一斉にざわめき、鋭く剣を抜き放ちました。刃先が、一斉に――私へと向けられたのです。
「えっ、ちょっと! なんで澪を警戒してるの!? そっちにいるのは不死者でしょ! 警戒するなら、あっちじゃないの!?」
真白さんがすぐに前に出て、両手を広げ、私をかばうように立ちはだかりました……空気が、ひどく張り詰めていきます。なぜか聖騎士たちは、その不死者を守るような態度を見せていて、状況はますます緊迫していきました。
その不死者は――驚くほど荘厳な装いをしていました。純白の長衣をまとい、手には奇妙な杖を携えています。深い褐色の木の幹に、無数の枝が絡み合い、その先端には漆黒の球体が嵌め込まれていました。
そこからは、圧倒的な魔力の波動が感じられ、距離を取っている今でさえ肌が震えるほどです。不死者はゆっくりとこちらに歩み寄ってきました。
その存在からは常人とは明らかに異なる重圧を感じますが――不思議と、敵意のようなものはありません。むしろ、彼はとても穏やかな声音で話しかけてきたのです。
「……ああ、異世界からの方々ですね。そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私は害意など持っていません。むしろ、こちらに来たのはミレイアさんからの依頼でしてね」
くぐもった低い声。確かに男性の声でした。えっ……不死者なのに、言葉を話せるんですか……!?(負化大地)で遭遇したあの不死者たちは、ただ本能のままに動く“怪物”そのものでした。
目の前の彼はまるで――理性を持つ、ひとりの人のようで。私が混乱していると、ミレイアさんが一歩前に出て、場を落ち着かせるように口を開かれました。
「聖騎士たち、もう警戒を解いてください。彼女たちは知らなかったのです。……この世界には、対話ができる不死者も存在するということを。澪さん、あなたたちも武器を下ろしてくださいね。……魔法の詠唱も、もう止めてください」
――えっ、ば、ばれてたんですか!?私が心の中でこっそり唱えていた防御魔法まで見抜かれていたようで、思わず背筋がぞくりとしました。
「……さすが“最強の聖女”と呼ばれるお方ですね」
私は小さく息を吐き、剣から手を離しました。そして皆に手で合図し、戦闘態勢を解かせます。聖騎士たちも私たちが武器を収めたのを確認して、ようやく刃を下ろしました。どうやら――彼らが警戒していたのは不死者ではなく、むしろ“異世界人である私たち”のほうだったようです。
……なんだか、胸の奥が少しだけ苦しくなりました。
「……すみません、皆さん。私が早とちりしてしまいました。この世界では、いつどんな危険や戦いに巻き込まれるかわかりませんから、つい反射的に“不死者=敵”だと決めつけてしまって……。目の前の状況を冷静に見られなかった、私の短慮です。」
――本当に恥ずかしいです。きっと、前の世界で見ていた漫画や映画の影響なんですよね。“骸骨”といえば敵、“不死者”といえば悪。そんな固定観念に縛られて……。
けれど、そんな私の謝罪に対して、彼――不死者の方は穏やかに笑いました。
「気にしなくていいですよ。異世界の方々なのですから、こういう誤解は当然のことです。むしろ、皆さんはずいぶん落ち着いておられる。普通の人間なら、きっとすぐに魔法を撃ち込んできたでしょうからね。ハハハハ!」
……なんだか、思っていたよりもずっと冗談の通じる方でした。骨の姿をしているのに、どこか温かさを感じてしまうのは、どうしてでしょうか。
「寛大なお心遣い、誠にありがとうございます。私たちの無礼をお許しいただけて、本当に助かりました。」深く頭を下げてそう伝えると、彼はまたも快活に笑いました。
「ハッハッハッ、いいんですよ。誤解というのは、恐怖から生まれるものです。そして恐怖は“知らないこと”から来る。でも、今こうして話をして、お互いが理解できたのなら――それはもう未知ではない。というわけで、改めて自己紹介をさせていただきます。私の名はエルフェスト・フード。数百年を生きるスケルトン族の一人です。どうぞ、よろしくお願いします。」
……不死者なのに、なんて丁寧で理性的な方なんでしょう。下手をすれば、私たち人間よりもずっと落ち着いています。
「へぇ、自己紹介までしてくれるなんて、律儀な人ね。あ、じゃなくて――律儀な不死者さん?でも、どうしてあなたが“負化大地”の処理を?もしかして、大地に不足している負の属性エネルギーを供給して、土地を正常化させるつもりなの?」
真白さんはいつも通りの調子で、屈託なく尋ねました……ほんと、真白さんってすごいです。あんなに気軽に話しかけられるなんて。
もしバイト先でそんな調子で上司に話しかけたら、確実に「空気読めない子」って思われますよ!?私はひやひやしながらエルフェストさんの様子をうかがいました。
でも――彼の表情は、まったく変わりません……そうでした、骸骨に“表情”なんてあるはずがないんですよね。けれど、ふと脳裏に浮かんだのは――藤原さんの顔でした。
あの人も確か、スケルトン族だったはずなのに……夢の中で見た彼の表情は、驚くほど豊かで、人間のように笑ったり、怒ったりしていて……。
(不思議ですね……同じ“スケルトン”なのに、どうしてこんなに違うんでしょう?)
そんなことを考えているうちに、私はまた少しだけ、この世界の「未知」に心を揺らされていました。