第145話 :「《勇者編》まさかの再会が突然に!しかも、最強の援軍として」
まさかのことに、翌日にはエイトソンさんが馬に乗って戻って来られました。しかも驚いたことに、彼らは《負化大地》を通って来たのではなく、私たちの陣の後方から近づいていらしたのです。
そして、その後ろからは救援の本隊が馬車でやって来て……さらにその馬車を守るように、数十名……いえ、百名近い聖騎士さま方が取り囲んでおられました。
「ね、ねえ……オスティンさん。どうしてこんなにたくさんの聖騎士さまがいらっしゃるのですか? 普通は、聖女さまや聖子さまを護衛なさるのに、こんな大規模な人数が必要なのですか?」
あまりの光景に思わず尋ねてしまう私。
「いえ、通常であれば二十名から三十名で充分です。ですが、これほどの動員となると……まさか……!」オスティンさんはそう言うなり、慌ただしく馬車の前へと駆けていき、一膝をついて最敬礼を捧げられました。
私の知る限り、オスティンさんは「自分には特別な才能はない」といつも仰っていて、幾十年努力を続けられても、最終的にたどり着いたのは(聖騎士)という(職業)だけだったそうです。
けれど、その長年にわたる献身と、国への無私の奉仕が認められて、今では騎士団長の地位に就き、そしてこの聖国行きの一行の責任者を務めていらっしゃる……。
そんな方でさえ片膝を折るなんて……これは、ただの聖女さまではないのでは……?
緊張が走る空気の中、聖騎士さま方が二列に整列し、ゆっくりと馬車の扉が開いていきます。その瞬間——まるで聖光が迸ったかのように、眩い輝きがあたりを満たし、私は思わず目を細めてしまいました。
馬車から降りて来られたのは一人の少女。銀白の長髪は極上の絹糸のように柔らかく流れ落ち、その気高い雰囲気と溶け合いながら、ほのかに聖なる光を宿しているように見えました。
その全身から溢れる金白色の輝きは、まるで意図的に放たれているかのようで……。澄んだ碧眼は清らかで深く、俗世の濁りを一切含まぬその眼差しが、静かな威厳と優雅さを漂わせていました。
……この雰囲気。この空気感。どこかで……確かに、私は知っています。やがて目が光に慣れ、その御姿がはっきりと映った瞬間、私は息を呑みました。
——この方は……!
「お久しゅうございます、異世界からの皆さま。しばらくぶりでございますね……勇者澪さま。皆さまは、もう我らが世界の暮らしに馴染まれましたでしょうか?」そう優雅に微笑まれながら、白金の扇を口もとに添えて、私たちに視線を向けてこられました。
「ええ……お久しぶりです、ミレイアさま。……まあ、多少は慣れてまいりましたよ。この絶え間ない争いの日々に。……おかげで、もともと平穏だった生活がずいぶん賑やかになってしまいましたけれど」
私は少しだけ皮肉を込めて、そう答えてしまいました。日本での暮らしは貧しかったとはいえ……少なくとも、三日に一度は死の危機に晒されるようなことはなかったのですから。
そう、まさか……。
この《負化大地》の件で私たちを助けに来られた聖女が、異世界召喚の時に私たちを迎え入れてくださった——あの聖女、ミレイア・ファルシアさまだったなんて。
けれど、さすがは聖女さま。私の少々刺々しい言葉にも、微動だにされることはありませんでした。どう接するべきか分からずに戸惑っていた私の横で、真白さんが先に口を開かれました。
「ほんとに久しぶり。どうしてミレイアさんがここにいるの? 聖国ってすごく広い国だって聞いたし、大陸の三分の一を領地にしてるくらいだって……そんな国の聖女が、どうして辺境なんかに?」
真白さんは、まるで旧友に話しかけるみたいに軽い調子で尋ねられました。……真白さん、本当に自来熟すぎます。たしかに顔見知りではありますけれど、そんなに気安く……。
「真白さん、そんなに気安くしたら失礼ですよ。見てください、周りの聖騎士さまたち、表情がとても険しくなってます……」私は思わず焦って注意してしまいました。
「大丈夫ですよ、澪さん。皆さんが私に親しくしてくださるのは嬉しいことですから。私には同年代の同性の友人がひとりもいませんので……。だから、どうか皆さんとも仲良くしていただきたいのです。異世界から来られた皆さんには、この国の堅苦しい作法に縛られる必要もありませんしね」
ミレイアさんは、少し困ったように、それでも優しく微笑みながらそう言われました。
「い、いえ……でも、ミレイアさんは聖国で最強の聖女さまなんですよね? だからこそ私たちは礼儀を尽くさなきゃ……。それに、女神さまからも『郷に入っては郷に従え』と仰せつかっておりますし……」梨花さんが不安そうに口を挟みました。
するとミレイアさんは、くすっと小さく笑ってから、穏やかに続けられました。
「まあ、皆さんもう耳にされていたのですね? それは世間での私の名声に過ぎませんよ。偉大なるルナリア女神さまの御前では、私など取るに足らぬ凡人に過ぎません。澪さんもまた凡人であると同時に勇者でいらっしゃいます。ですから少なくとも女神さまの御目から見れば、私と澪さんは同じ存在。……だからこそ、ぜひ共に歩む仲間として接していただきたいのです」
そのやわらかな笑顔に、私は胸が温かくなるような、不思議な安堵を覚えました。
「……立場のせいで友達ができないの?その孤独、わかるよ。周りに人がいても、心だけはずっと寂しくて……」
エミリアさんがぽつりと呟かれる声には、切なさが滲んでいました。彼女もまた、同じように縛られてきたからでしょうか。
そんなエミリアさんの言葉を受けて、ミレイアさんは何も言わず、私に向かってそっと手を差し伸べてこられました。――その仕草に、私は思わず息を呑みました。
聖国の女性は、外部の人間に触れられることを極端に嫌うと聞いていました。だからこそ、こちらは軽く会釈するだけで礼を尽くしたことになるはずです。けれど、今、彼女が自ら差し出してくださったこの手は……最大限の歩み寄り。誠意そのもの。
ここまでしていただいて、私が拒むなんてできません。
「その……もし、私たちを拒まれないのなら……ぜひ、友人として。どうぞよろしくお願いいたします」
私はそう言いながら、自分の手をそっと伸ばしました。
その瞬間、指先に触れたのは、柔らかく滑らかなのに、ほんのりと冷たいミレイアさんの手――。
握りしめたその感触に、胸の奥の隔たりが、少しだけ溶けていったように思えました。