第140話 :「予期せぬ出来事、そして見えた俺たちの本心と、この世界の局面」
退屈すぎる。
ルリエ先生はここにはちゃんと霊素があるって保証してたけど、正直言ってまったく何も感じられない。時間だけが虚しく過ぎていく気がする。
「がんばって、瑛太君~。君の中の(負の霊素)は一番活発なのよ~。だから一番察知しやすいの。吐息を吐き出す時に、(負の霊素)が胸の奥から這い出してくるってイメージをしてごらんなさい~。そこに意識を留めれば、きっと出来るはずよ」
ルリエ先生が穏やかな声で励ましてくれる。仕方ねぇな……言われた通りにもっと真剣に感じ取ろうとするしかない。
「お、俺……っ」
額に汗が滲む。完全に瞑想修行してる気分だ。目を閉じ、呼吸を整え、集中する。だけど……何も流れてこねぇ。心から外に零れる感覚なんて、全然だ。
「美月ちゃん~お利口さんね~。優しい心を持つあなたなら(正の霊素)の導きにぴったりよ。さあ、もうひと踏ん張りしましょうね~」
「にゃぁ……でも退屈すぎるにゃ……ここには何もないんだもん。それに瑛太とのリンクも無くなっちゃって、すっごく寂しいにゃ~~」
美月は床の上をだらだら転がりながら不満を洩らす。集中どころじゃねぇな、あれは。
「凛ちゃん~あなたはやる気に満ちた少女でしょう? なら霊素をもっと感じられるはずよ。あなたの力は、落ち着きと熱血の不滅の闘志から来るのだから~」
「ちっとも落ち着きなんてないし! 熱血なんて親父のために頑張ってただけだって! あたしにそんな才能なんて無いんだよ!」凛は頭を抱えて叫んだ。気持ちが乱れてるのか、普段の堂々さも消えてる。
「梓ちゃん~霊素は自分で見出さなくちゃダメよ。他人に頼ってはいけません。たとえ自分の召喚獣だとしても、ね」そう言いながら、ルリエ先生はリニヤナをそっと自分の傍へ移した。
「で、でも二人で努力する方が絶対に効率いいじゃん! 先生、さっさとこの封印を解いてよ! リニヤナと交流させてくれなきゃ! 彼女はまだ人になったばかりで、何も分かってないんだから!」
梓は必死に食い下がる。リニヤナを人質にして先生に揺さぶりかけてるつもりなんだろうが……無駄だろ、それ。
「まあまあ、新しい生徒が増えたと思えばいいじゃない。ふふ……でも観察したところ、この子は霊素を操る潜在力はほとんど無いみたいね。霊素を使うにはスキル頼りになるでしょうし、そもそも基本会話もまだおぼつかない様子。いいわ、みんなが霊素を学んでいる間は、先生が責任を持ってリニヤナちゃんに教えてあげますから~」
ルリエ先生はむしろ楽しそうに言った。やっぱりな。新しい生徒が増えたことを喜んでるだけで、封印を解く気なんてさらさら無い。梓の作戦は見事に失敗し、彼女はしょんぼりして大人しく輪の中に戻って霊素の観察を続けた。
……その後も俺たちは、何も感じられないまま五時間を過ごした。もちろん成果ゼロ。誰ひとりとして霊素を掴めなかった。結局ただの時間の無駄に思えて仕方ねぇ。
「霊素を会得するには、本来とても長い時間がかかるものよ。だから気を落とさないで」そうルリエ先生は俺たちを慰めたが……正直、落胆は隠せなかった。
授業はとうに終わり、先生は今日の講義は終了だと告げる。案内されたのは簡素な部屋。ベッドが数台置かれていて、俺たちはそこで休むことになった。どうやらこれが学院の宿舎らしい。
……それにしても、なんで男女同じ部屋なんだよ。理由は分からねぇが、まあ一緒に話せる時間が増えたのは悪くねぇかもしれねぇな。
「どうやら、しばらくはここから出られそうにねぇな。でも逆にいいかもしれない。俺たちは本当にこの世界のことを何も知らないんだ。知識は力って言うだろ。何も知らねぇままじゃ、いつか必ずやられる」俺がそう口にすると、みんなもそれなりに納得した表情を浮かべる。
「この迷宮の二層だけでも、すでに知恵を持つ悪魔が出てきました。あれは夢を操る強敵……その先にいる敵がどれほど強いか、私たちにはまったく予想できませんね」美月が不安げに呟く。
「そうだな。……でも幸いなのは、ルリエ先生には悪意が無さそうだってことだ。スキルを完全に封印されても、別に危害を加えられたわけじゃない。もしかしたら……先生のことは信じてもいいのかもな」
凛がそう言う。なるほど……最初にあんなに不機嫌だったのは、俺たちが不意を突かれるかもしれないと心配していたからか。
「凛、ありがとな。俺たちがスキルを封じられて不測の事態になったらって……ずっと気にしてくれてたんだな」そう言うと、凛はぱっと頬を赤らめて顔をそむけた。
「わぁ~、凛照れていますね。でもありがとうね、凛。いつもみんなのこと気にしてくれていますね」美月が飛びつくように凛に抱きついて、そう言った。
「べ、別に……。ただ、この危険な迷宮で戦えなくなったら困るだろ。みんなを守れなくなるからさ」
そう言って凛は美月の頭を撫でる……いや、毛を梳くっていうのか。猫姿になった美月は、当たり前のように凛の膝に丸まっていた。
そのやりとりを見ていると、授業が全然進まなかった焦りも少しずつ落ち着いていく。梓はというと、腕を組んで何やら考え込んでいた。
「瑛太。あんた、本当にあの中で何か感じられたか?正直、スキルのリンクが切れてから、あたしは魔力すらほとんど分からなくなった」
梓が不安そうに問いかける。
「うーん……俺も何も感じられなかったな。魔力も全然操作できねぇ。ほんと厄介だよ、あの(霊素干渉磁場)。でもまあ、今のうちに体験できて良かった。もし戦闘中に急に発動されたら……マジで何の反撃もできなかっただろうな」
「……やっぱりこの世界の仕掛けは、あたしたちが思っている以上に多いのね。この機会にルリエ先生からもっと学んでおかないと……ね、瑛太」
梓が真剣な眼差しを向けてくる。
「そうだな。――よし、そろそろ休もうぜ。明日もまた、あの輪っかの中でぼーっとしなきゃいけねぇかもしれねぇし。美月、凛、君たちも休んどけよ」
「うん……」「ああ」
みんな疲れ切ってるようだったから、それぞれ横になる。俺はといえば……本を読むのも飽きたし、結局また霊素観察の訓練を続けることにした。
今度は環境も静かで、集中しやすい。目を閉じ、呼吸に意識を向け、心を空にする。先生の教えと書物にあった通り、自分の内面を見つめ、平穏に保つ。それが霊素を貫く一番の方法らしい。だから俺は、何の変哲もない座禅を組み、呼吸に専念した。
……気付けば、六時間以上も経っていた。




